#2 決意
貧民街に逃げ込んだ3人は追っ手を撒く為に廃屋に隠れていた。
囚人の格好に番号が付いた首輪を付けられているディルは疲労困憊した表情で今までの経緯を話す。
「娘がお世話になりました。私はディルと申します。ジークフリード・アルノーグ君。」
「何故僕の名を!?」
「いえ、昔は国の幹部の位置に居ましたから幼い頃の貴方に会っているのですよ。フードを取ったら一目で分かりました。」
アルノーグ家はトラキアの中でも有力な家系だ。その中でもジークは特に有名だった。幹部クラスならジークと会っていてもおかしくはない。
「色々と事情がおありのようですね...とりあえず今回のことをお聞かせいただけますか?あの処刑のことについて。」
「はい。私は商店街に食料を買いに行ったのですが、いきなり兵士に周りを囲まれて、金を要求されました。そんな大金は払えないと言ったら牢屋に連れていかれまして。そうしたらあの処刑です。他の方も同じようなものでしょう。」
「ボディスは一体何をしたかったのでしょうか?」
「貧しい低流階級の人々のみ連れていかれていましたから、たぶん目的は金ではないでしょう。私が思うにボディスは貧民を大量に処分し、同時に自分に逆らえばこうなるという見せしめが目的でしょう。ボディスはそういう男です。」
ボディスは人の命を何とも思っていない。
大臣という権限を利用した圧力政治。それがこの国の現状だった。
廃屋で隠れること二時間。日が暮れて暗くなってきたので暗がりに紛れてディルとエミリアは森小屋へと帰ることにした。
「ジーク君。私達は森へ帰ることにします。今日は本当にありがとう。」
「いえ、当然のことをしたまでです。今日の事件を上に報告しておきます。」
「はい。たぶんもうこの国には近づかないと思いますが、気を付けることにします。エミリア、ジーク君にお礼を言いなさい。」
「ジークおにいちゃん、おとうさんを助けてくれて本当にありがとう!また森に遊びに来てね!」
「うん、また森に遊びにいくね。では私はこれで。」
「ばいばい!」
ジークは2人に背を向けて廃屋を後にした。
他に捕まっていた人達はどうなったのだろうか...
ジークもこの事件を上流階級の貴族達に報告しなければならない。これ以上の犠牲を出さないためにも。
次の日、ジークはまた森へ。
湖に近い場所に小屋を見つけ、ノックしたが返事が返ってこない。
扉を開けて小屋の中に入るが誰も居る様子はなかった。どうやら留守のようだ。
ジークは不審に思ってトラキアへ戻り、昨日の廃屋へ行った。
そこにあったのは無惨な姿のディルと隅で虚ろな目をしたエミリアだった。
「なっ...ディルさん!エミリアちゃん!」
ディルは全身が破裂したようになっている。まるで内側から何かが爆発したような不自然な死に方。
そこら中に血が飛び散り、見るに絶えない光景となっている。
ジークはその惨状を見て急いでエミリアに近寄っていって声を掛ける。
「エミリアちゃん!何があったの!」
「......あ」
「どうしたの!」
「ジークおにいちゃん、ここどこ?真っ暗で何も見えないんだけど...」
「!!!」
声が聞こえてこちら側に反応するが、きょろきょろ見回して視線が定まらない。目が見えてない。
父親がこんな惨い死に方をしたショックだろうか。無理もない。
とにかく、森小屋にエミリアを連れていこう。ディルさんはどうしようもない。
森小屋へ戻り、エミリアをベッドに寝かせるとよほど疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
「...一体、何が起こってるんだ。」
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豪華な椅子にふんぞり返る男。
男は様々な根回しをし、汚い手段を平気で選び、ついに国の大臣という地位まで上り詰めた。
その男の名はボティス。
「ふふふ...あの老いぼれがしねばこの国は完全に俺のものとなる...」
国王はもう齢50を超える。そろそろ王子に王位を譲る頃合いだ。
しかし、王子は周囲から無能と称される程の問題児で王の頭を悩ませている。
ボディスはその王子を傀儡として操り、国を自分のものにしようと企んでいる。
ボディスの配下の兵士が慌ててボディスの元にやってくる。
「何の騒ぎだ。」
「屋敷が何者かに襲撃されました!奴がここに来るのも時間の問題です!早くお逃げを!」
そう兵士が言うと同時に扉が開かれ、フードを被った男が入ってくる。
男の両手には細身の剣。
兵士が慌てて腰から剣を抜いて応戦しようとするが、動く前に男に双剣で斬り裂かれる。
「貴様!前に処刑を邪魔した奴か!」
「ご名答。」
そう言って男はフードを脱ぐ。
「き、貴様!アルノーグ家の!大臣のこの俺に逆らうとどうなるか分かっているんだろうな!?」
「大臣?知らないな。僕は国王の命令で貴様を始末しに来た。お前はもう大臣ではない。」
「こ...国王!?あの老いぼれが俺を始末だと!?」
ジークの双剣がボティスを腹部を貫く。
ボティスは口から大量の血を吐きながら叫ぶ。
「くそがああああああああああ!!!この俺があああああ!!!こんなところで!!!」
「お前の罪を数えろ!ボティス!」
ジークは双剣を抜き、トドメの袈裟斬りを放つ。
ボティスは苦悶の表情で床に倒れ伏し、絶命した。
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「ジーク君はここに居るだろうか?」
森小屋に1人の老人が訪ねてくる。
険しい表情をしており、顔に刻まれた皺や傷がその老人の数奇な人生を思わせる。
「へ、陛下!?」
「いかにも。久しぶりだね、ジークフリート・アルノーグ君。」
「どうして陛下がこんな森に!?」
「君に頼みがあってね。私の部下に君をつけさせてもらった。あんな細身の剣を使う武人はアルノーグ家だけだろう。」
ボディスの処刑の騒ぎからつけられていたようだ。
ジークは家に伝わる剣を咄嗟に使ってしまったことを後悔した。
「陛下、頼みとは一体...?」
「私の旧友、ディルが変死した理由を知っているかね?」
「い、いえ...」
「ボディスは首輪にある仕掛けを施していたのだよ。時間が来たら魔力を首に注入し、内部で暴走させる仕掛けを。」
ジークはディルが付けていた番号付きの首輪を思い出す。
あれにそんな仕掛けが...
「ジーク君、君にボティスを始末してほしい。」
「...」
「言いたいことはわかる。本来私がやらなければならないことだが、私にはもう力がない。君の力を貸して欲しいのだ。」
「...分かりました。」
「ありがとう。ある程度根回しはしておくし、屋敷の警備を減らしておく。どうか、よろしく頼む。」
国王はそれだけ言って森小屋を去った。
ジークはしばらく無言になったあと、エミリアのほうを見た。
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ジークは血塗れのボティスを見る。
「僕が、」
罪のないこの国の人々を、エミリアを、
僕が、
自分が、
守らなきゃ。
こんな奴から。
エミリアを。
青年は決意した。自分が人々の上に立ってこの国を変えることを。