#3 オーヴァドライヴ
5年経ち、トラキアは変化を遂げていた。
国王が病気で急逝し、王子が国王に即位。
しかし、本質的なことは変わっていない。
絶対的な階級制度が敷かれ、偽りの平和が保たれている。
弱き者は虐げられ、強き者がのさばっている。
ジークが変えようと思った腐った国には変わりなかった。
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「聖剣、ですか。」
ジークは首を傾げる。
聖剣とはこの国に伝わる伝説に出てくるものだ。
エミリアの住んでいる森、トランキルの森出身の若者が神から与えられた聖剣をもって魔を滅ぼし、その聖剣を故郷のトランキルの森の奥に封印したという伝説だ。
実際トランキルの森にはその聖剣を守っているとされる聖獣は実在しており、以前森に立ち入った冒険者に被害を出している。
「そうだ。それを守っている聖獣を倒し、伝説の聖剣を手に入れてこい。」
ジークに話している相手、それは新国王だった。
新国王が聖剣を欲している理由、それは聖剣を蒐集したという功績だとジークは読んだ。
王位が変わって以来、国内の求心力は著しく低下している。何故ならば、前国王とボティスに従っていた勢力が反発し始めたからだ。また、低流階級が住んでいる地域の治安も急激に悪化している。
聖剣の力によってその勢力をまとめて鎮圧しようという魂胆だろう。
「何故、その役目を私が?」
「この任務は極秘任務だ。少数精鋭が求められる中で武闘大会で結果を残したお前が最適だと判断した。それだけだ。」
「...分かりました。」
「そしてジークフリード・アルノーグ、この任務が成功した暁にはお前を新大臣に任命する。」
「!!!」
「お前のこれまでの功績は十分それに値する。健闘を期待する。」
新国王になってから間もない今、大臣の席は空席だった。
思ってもみないチャンスだと思った。だが、少し浮かれてしまっていたのかもしれない。
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ジークは装備を整え、家に伝わる双剣も持って森へと出発した。
道中森小屋に寄り、エミリアに会いに行く。丁度渡すものもあった。
森小屋へ行くと前で掃き掃除をしている年老いた女性がいた。
何年も前からエミリアの世話をしてもらっている。
「こんにちは、ローザおばさん。」
「あらあら。今日はちょっと遅かったですね。服も違うし、お仕事?」
「ええ。今日はついでに寄っただけです。エミリアはいますよね?」
「いますよ。でも昨日から体調を崩されていて今はお休みになられていると思います。」
「そうですか、じゃあ...」
ジークは紙切れと装飾された箱を取り出し、ペンで紙切れに何かを書いてから箱に入れる。
「起きたらこれを渡しておいてください。紙は読めないとは思いますが、一応。」
「わかりました。ではジーク様、気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「ええ。行ってきます。」
ジークは森小屋を後にし、森の奥へと入っていく。
それを見た”何か”はカサカサと少し音を立て、同じく森の奥へと消えて行った。
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森は聖域というだけあって人の手が入っておらず、道は険しかった。道中で魔物にも出くわした。
だが森の奥へ奥へと進むにつれて何故か木々の密度は減っていった。
そして最深部へ来ると、妙に木がない広い空間に出る。
森にぽっかり穴が空いているような。いや、むしろそこだけ木々に囲まれているようなそんな場所。
ジークは気配を感じて立ち止まり、周囲を警戒する。
「「立ち去れ、人の子よ。」」
虚空から声がする。
「僕は聖剣を持ち帰らなければいけないんだ!ここで引き下がるわけにはいかない!」
「「...いい目だ。決意と信念に満ちている。よかろう、ならば我を倒して力を示してみよ!」」
ジークの目の前に双頭の獣が出現する。
片方は悪魔のような黒い羊、もう片方は金色のたてがみを持つ獅子。
その獣の名をキマイラという。
ジークはその姿に若干気圧されながらも、双剣を抜く。
そしてある魔術を唱え始める。それは一族に伝わる高位魔術。
「「凍てつく息吹を受けよ!」」
キマイラの黒い羊の頭は凍てつく息吹を吐いた。
キマイラの目の前を一瞬にして凍てつき、草木の命を確実に奪っていく。
ジークにも凍てつく息吹が襲いかかるが、寸前でジークの姿が消える。
「オーヴァドライヴ!」
魔法が発動し、ジークはキマイラの背後に瞬間移動して凍てつく息吹を避ける。
オーヴァドライヴはアルノーグ家に伝わる魔法で、使用者の時間を加速させる効果を持つ。
時間が加速されたジークの動きはもはや高速を超える。
アルノーグ家が名門であり続けられたのも、この魔術と剣技のおかげだと言っても過言ではない。
そんな反則級な魔術を見せられて流石に動揺したのか、キマイラは慌てて巨大な尻尾を振り回すが、ジークには全く当たらない。
それどころか双剣で身体中をあっという間に斬られていく。
「「小癪な!」」
キマイラの堅牢な体皮は斬撃を通しにくいが、高速で何十回も襲いかかってくる斬撃には流石に耐えきれない。
確実にジークの攻撃はキマイラの体皮を削り、かつ肉を削いでいく。
しかし、高速の世界にいるジークにキマイラの攻撃は擦りもしない。
キマイラの全身が血塗れになり、動きが鈍くなったところでジークは早々にトドメを刺そうとする。
アルノーグ家に伝わる奥義。それは魔法によって魔力を纏わせた双剣をオーヴァドライヴの全力加速によって超高速で敵に叩きこむ技。その名もレイジングペイン。
単純だが、単純ゆえに威力は絶大。
「これで終わりです!レイジングペイン!」
ジークの双剣に光が宿る。
光を纏った双剣はキマイラの身体中をもっと深く斬り裂く。
「うおおおおお!!!!」
そして最後にジークの剣は黒い羊の頭に振り下ろされ、首を切断する。
あまりの速さと光り輝く双剣によって閃光が突き抜けたような、そんな光景がキマイラには見えた。
「「グァァァァァ!!!」」
黒い羊の頭はゴロンと地面に落ち、首から血が吹き出す。
身体中を斬り裂かれた上に片方の首を失ったキマイラは痛みに悲鳴を上げる。
おびただしい量の血が流れたキマイラの周辺はもはや血の海と化している。
しかし、まだキマイラは倒れない。片首を失おうが、膝をつこうとしない。
何かの意地や信念、そんなものが感じられた。
返り血で真っ赤になったジークはキマイラの身体に飛び移り、今度こそトドメを刺そうとする。
その判断が大きなミスを招いた。
バチバチ
何かの音がする。
だが高速の世界にいるジークにはその音は聞こえない。
斬り落とした首が黒い羊のほうであったこと、そしてこの高速の世界では音が変に聞こえることが仇になった。
その何かの音はキマイラの獅子の頭のほうから身体に流れる稲妻の音だったからだ。
寸前、異変に気づいたジークは離れようとしたが一瞬遅い。キマイラの身体が目に見えるほどに帯電し始める。
「ぐああああああ!!!」
ジークの身体に高圧電流が流れ込む。激痛と身体が焼ける感覚が全身に駆け巡る。
キマイラの身体からバランスを崩し、地面に倒れふす。
意識が朦朧とし、身体がピクリとも動かない。伸ばした手の指の1本すらも。
決着。
たった1回のミスが明暗を分けた。
確かにたった1発当たった攻撃は強力だった。しかし、指1本動かせないほどに衰弱したりはしない。
何故ならばオーヴァドライヴには致命的な弱点があったからだ。
それは、魔法の長時間の維持には身体に多大な負担がかかること。
既にトドメを刺そうとしていた時点で身体にガタが来ていたのだ。
視界がぼやけていく。
ジークはこの瞬間初めて死を意識した。
目の前のキマイラが今どうなっているかすらモヤがかかって見えない。
ここで死ぬのか。
こんな所で。
あともうちょっとだったのに。
「ごめん、エミリ...」
そう言いかけたその瞬間、頭の中で声が響いた。
「力が、欲しいか?」




