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コレが私のダイヤグラム。On Time‼  作者: ちとせ鶫
来6章 On Time の理由

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第25話 コレが私のダイヤグラム

 今日は、朝から空気が違った。


 指令センターのドアをくぐった瞬間にわかった。モニターの配色が、いつもより赤かった。信号異常が、複数点灯していた。


 西崎がすでに来ていた。顔が少し硬かった。


「おはようございます。今朝から——」

「見てるわ」


 ヘッドセットをつけた。


 画面に向かいながら、今日の全体像を掴んだ。昨夜からの強風。複数路線で速度規制が入り始めている。TR線の都心部で信号系の不具合が発生していた。相中は南部で一部運休。NR東の在来線が軒並み遅れていた。そこへ朝のラッシュが重なっていた。


 今日は、全部が同時に起きている。


     * * *


 電話が鳴り始めた。


 大沼から「相中、南部で運転見合わせに入ります」。榎本から「TR信号系、都心部二区間で速度規制に移行します」。桐島から「NR東在来線、全線で五分から十五分の遅れが出ています」。浜田から「湾急、横風で羽田方面を速度規制に入れます」。


 四社からほぼ同時だった。


 西崎が「どこから手をつけますか」と言った。


「全部、同時に」

「同時に——」

「TR都心部の信号が通れば、SR中央が流れる。SR中央が流れれば、相中の振替客が分散する。NR東の遅れが波及する前に、SR東部の余裕枠を確保する。湾急は後回し——浜田さんは自分で対応できる」


 手が動いていた。


 頭の中で路線図が展開していた。昭和五十三年の廃線路線は、そこにはなかった。今日の路線だけがあった。動いている列車と、止まっている列車と、詰まっている区間と、空いている区間。


 全部が見えていた。


     * * *


 二時間、電話をかけ続けた。


 榎本との調整で、TR都心部の信号系のうち一区間を手動に切り替えて乗り越える方法を確認した。大沼との調整で、相中南部の振替ルートを三本用意した。桐島への確認で、NR東の波及を吸収するためのSR東部の待機枠を設定した。


 浜田は、連絡してくる前に自分で対応していた。


 ラッシュのピークが過ぎた頃、遅延が収まり始めた。


 十時四十分、SR全線が通常ダイヤに近い状態に戻った。TR都心部はまだ速度規制が残っていたが、乗客への影響は限定的だった。


 西崎が大きく息を吐いた。


「......終わりましたね」

「まだよ。まだ気を抜かないで」

「あ、はい——でも、山は越えましたよね」

「そうね」


 西崎がモニターを確認しながら、少し間を置いた。


「......時刻さん」

「はい」

「前に、聞きましたよね」


 何を、とは聞かなかった。わかっていた。


「なぜOn Timeにこだわるんですか、って」

「覚えてる」

「今も、答えはわからないですか」


 結衣は少し止まった。


 頭の中に、昨夜のことがあった。


 昭和五十三年版の時刻表。廃線のページ。終着駅の名前。標が持ってきた写真。小さなホーム。帰りの列車が来たとき、七歳の私が泣いていた。


 なぜ泣いたのか、まだわからない。


 しかし。


「……列車は、約束だから」


 西崎が振り返った。


「......約束ですか?」


「列車が時刻通りに来れば、その人は誰かに会える。仕事に間に合える。帰れる。——列車が約束を運んでいる。その約束が守られないと、誰かが困る。誰かが、間に合わなくなる」


 西崎が黙っていた。


「それが嫌だ、というだけかもしれない。理由になってないかもしれない」

「......なってますよ」


 西崎が静かに言った。


「十分、なってます」


 結衣はモニターに向き直った。


 答えになっているかどうか、自分ではまだわからなかった。しかし、言葉にしたら、少し軽くなった気がした。


「コレが私のダイヤグラム。On Time‼」


     * * *


 昼過ぎ、榎本から内線が来た。


「TR線、速度規制を解除しました。今日の対応、記録しました」

「ありがとうございます」

「......一点だけ」

「はい」

「今日の対応、SR側の判断が速かった。どうして、そこまで速く動けるんですか」


 少し考えた。


「路線図が頭の中にあるからです。全部が見えていると、どこが詰まるか、次に何が起きるか、少し先が読める」

「......路線図が、頭の中に」

「すべての路線が。今走っている列車が。それが重なって見えます」


 長い沈黙があった。


「......うちのデータを共有して、よかったと思っています」

「こちらこそ」


 電話が切れた。


 大沼からも電話が来た。


「時刻さん。今日も、SRに助けてもらいました」

「お互い様です」

「お互い様、とは言えないくらい助けてもらいましたよ、今日は」


 大沼が少し笑った。声に出て聞こえた。初めてだった。


「次の台風も、よろしくお願いします」

「もちろん」


 電話が切れた。


 西崎が「大沼さん、笑いましたね」と言った。


「うん」

「初めてじゃないですか」

「そうね」


     * * *


 帰り際、西崎が言った。


「時刻さん、今日の答え——ありがとうございました」

「答えになってたかどうか」

「なってましたよ。俺には十分」


 西崎がコートを手に取りながら続けた。


「......俺、最初は時刻さんのことが怖かったです。何でもわかって、何でも先に動いて。人間っぽくなかった」

「そんなこと思ってたの。それで、今はどうなの?」

「今は——人間っぽいと思ってます。すごく、人間っぽい」


 結衣は何も言わなかった。


 言葉が出なかったのではなく、言わなくていいと思ったのだった。


 西崎が先に帰った。


 指令センターに一人になった。


 モニターの中で、列車が走り続けていた。時刻通りに。約束通りに。


     * * *


 帰宅すると、標がいた。


「おかえり」


「ただいま」


 標が夕食の準備をしていた。振り返らなかった。しかし今日は何かが違った。


「......今日、よかった?」


 私は少し考えた。


「よかった」


「仕事が?」


「仕事も。あと——言えた」


「何を」


「……西崎に、聞かれてたことの答え」


 標が手を止めた。振り返った。


「なんて言ったの」


「列車は、約束だから、って」


 標が少し間を置いた。


「......そうだね」


 それだけ言って、また夕食の準備を続けた。


 「そうだね」だった。


 標は、知っていた。


 外の鉄路を、最終電車が走り抜けた。

 始発まで、あと六時間四十一分。


     * * *


〔次話 第26話「改札の外へ」〕

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