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0032暗殺者たちと孤高の王

 ガドニスは苦笑して手を振った。


「いや、もう金的はごめんだからな。ともかくあのときは悪かった。寝る前に一言()びておこうと思ったんだ。それで引き返してきたってわけさ。……すまなかったな、クラネア」


 オレはガドニスの瞳を真っ直ぐ見つめる。そこに率直な気持ちを読み取ると、やがてオレの方から視線を外した。


「足音も気配も感じなかったぞ。さすがだな。やはりお前は、オレの師匠だ」


『飛燕』は目をしばたたいた。


「許してくれるのか?」


 ずっと引きずっていても仕方がない。何より暗殺の先輩が素直に謝ってきてるのに、仲たがいしたままではこちらが悪いことになる。オレは頬を人差し指で掻いた。


「……もうしないならそのつもりだ」


 彼は手放しで喜んだ。


「助かる」


 ガドニスは周囲を見回し、オレと2人きりだと確認してから小声でささやく。


「ハイドロに言われた。俺が『迅雷』を、クラネアが『水蜘蛛』を演じるようにな。話は聞いているんだろう?」


 すぐにぴんときた。


「ああ、あのことか」


 オレは適当な椅子に腰掛けた。肩の烙印を見られたくなくて、そちらをガドニスの奥側に向ける。


「さっきは断ったんだがな。今となっては別にいいぞ。その方が、オレが単独で仕掛けることになったときにも都合がいいと、後になって気付いたからな。まあハイドロが信用できる奴かどうかが問題だが」


 ガドニスは数瞬考え込んでから口を開いた。


「……僕は大丈夫だと思う」


「根拠は?」


 彼は天井を見上げた。


「僕たち同様、ズールの暗殺者だからだ。それにあいつの目は澄んでいる。修羅場を潜り抜けてきた殺し屋なのにな、不思議と魅力がある」


 視線を下ろした。


「僕は誓ってもいいが、あいつは人を裏切らない。何だかそんな直感(ちょっかん)が働くんだ」


 オレはふっと笑った。


「よし。ではグランザルをあざむこう。もっとも、奴が嘘をついていて、ズールから異名と名前の一致を聞かされていたなら何の効果もないがな」


 そこへチャベスが戻ってきた。裁縫道具を手に載せている。


「おや、ガドニス様。お眠りになれませんか? お酒をご用意いたしましょうか?」


「いや、結構だ。それじゃな、クラネア」


「ああ」


 オレは『飛燕』が食堂から出て行くのを見守った。相変わらず気配も音も感じさせない、見事な動きだった。




 4日目の朝、オレはチャベスの声と扉を叩く音とで目が覚めた。だいぶ深く眠っていたようだ。昨日の酒はまだ少し体内に残っていた。


「クラネア様、ご朝食はどうされますか?」


「いらない。今朝は欠席する」


「承知いたしました」


 足音が遠ざかってから、オレは起きてベッドに座った。裂けたチュニックを脱いで(つくろ)い始める。我ながら酷く破ってしまったものだ。しかしズールに裁縫を教えられていた昔を思い出し、何となくいい気分になる。彼は奴隷だったオレを買い取り、一人前に育ててくれた最愛の人だ。早く、早く会いたい。


 服が直った頃にはだいぶ日が昇っていた。オレはそれを着ると、1号室を出て広間に(おもむ)く。ステンドグラスを透過する日光の下、『妖美』ベルサリオが毛皮の上着に向かってひざまずき、祈りを捧げていた。何となく馬鹿っぽい光景だった。


「何やってるんだ、ベルサリオ」


「見て分からない? 神様に祈願しているのよ」


 神様? この謎の上着が?


「それは十字架じゃなくてグランザルの私物だろう」


「うるさいわね。他にないんだから仕方ないじゃない。それともあんた、十字架持ってるの?」


「あるわけないだろ。暗殺稼業やってて持つわけがない」


「役に立たないわね」


 オレは腰に()いている剣を軽く叩いた。


「この長剣を使えばいいだろう。(つば)と握りで十字になってるし」


「戦いの道具に祈るのは違うと思うのよね」


「細かい奴だな」


 美女が立ち上がった。うなじで()われた腰までの金髪が揺れて輝く。彼女はわずらわしそうに耳にかかる髪をかき上げた。


「ちょっと女同士、話しておきたいことがあるのよね。ついてきなさい、クラネア」


「はあ?」


 何でオレがお前と話さなきゃいけないんだ? 理解不能だった。


「いいから黙って来るのよ」


「やれやれ……」


 オレたちは囲壁の出入り口から陽光振り注ぐ森の中へと歩いて行った。しばらく進むと川のせせらぎが聞こえてくる。周囲に警戒の視線を配りつつ、ベルサリオが立ち止まった。


 誰もいないことを確認してから、用心深そうに低く切り出す。


「実は私、グランザルさんを殺そうと思っているのよね」


 オレはさすがに驚いた。大声が出そうになって、慌てて口を押さえる。


「正気か?」


「ええ」


「作戦は?」


 ベルサリオは得意気に笑った。


閨事(ねやごと)での彼ったら凄いのよね。それでも行為を終えた後はさすがに少し疲れるみたい。その隙を突いてこれ……」


 ベルサリオは袖口の小物入れから何かを取り出した。指輪に(かぎ)のついた暗器(あんき)だ。


「これを指にはめて、彼の無防備な首筋を一掻きするの。ひときわ太い血管をぶった切るのね。これで確実に殺せるわ。血の雨と共にお宝獲得。いい計画でしょ?」


 オレは首を傾げた。


「何だ、紐で縛り上げるんじゃないのか? 今までは相手の男を絞殺してきたんだろ?」


「もちろんそれも行なうわ。並行(へいこう)でやるのよ」


 何だか危うい気がする。


「相手はあのダルゲゾンを無傷で殺した男だぞ。成功する見込みはあるのか?」


「大丈夫よ。体を重ねる毎に、彼、だんだん私に気を許してきてるもの。男なんてそんなものよ。私はもう十分だと見たわ」


 オレは深々と溜め息して腕を組んだ。当然の疑問を舌に乗せる。


「何でオレにそんなことを話した?」


 ベルサリオは悲しげに微笑んだ。


「だって館の中で同じ女性っていったら、あんたしかいないもの」


「男女は別に関係ないだろ」


「――私、実は子供が生めない体なんだ」


 いきなりの告白にオレは瞠目(どうもく)する。ベルサリオはそれをおかしげに見つめた。


「私は貴族の三女として生まれたわ。そして14歳で政略結婚。その相手から10年間、私は色々な男と一夜を共にしてきたの。でもどれだけ寝ても、私は誰の子供も授からなかった。死別した夫だけでなく、その後の色んな男たちも軒並み駄目。暗殺者になってから、情を交わした直後に殺した標的の男でさえ、私に子供をくれなかった」


 はかなげな笑みを絶やさない。


「ここまで来て、私はようやく思い知ったの。問題があったのは男の方ではない、私の方。私に子供を産む能力がなかったんだって、ね」


 オレは何となしに同情した。


「おい、まだ分からないだろ。たまたま授からなかっただけ、という可能性も……」


「ありがとう。でももうそんなこと言ってられないのよ。私を愛人にしてくれてる貴族レイアム様には、正妻アンナ――私より6つ年下の20歳――がいるの。そのアンナが、つい先日身ごもってね。レイアム様待望の子供が、彼女のお腹の中ですくすく育ち始めたの。このままじゃ来年にも無事出産、となるわ」

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