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0003暗殺者たちと孤高の王

「ズール、いい加減はっきりさせてほしい」


「何をだ?」


「今までオレに隠してきたこと全てだ。そもそもなぜオレを救い上げたのか。一体何の仕事をしているのか。あの大量の金はどうやって手に入れるのか。それから、それから……」


 ズールは手を振り、「ドシアたちが起きてしまう」と小声で指摘した。


「中で話そう。入れ、クラネア」


 オレは少したじろいだ。


「いいのか? オレをこの7年間、一度たりとてここに――ズールの個室に入れさせはしなかったのに」


「話が聞きたいんだろう?」


 ズールは疲れたように笑った。実際、こんな深更(しんこう)までかかる仕事をこなしてきたわけで、疲労していない方が嘘だといえたが。


 オレは胸をドキドキさせながら、後退したズールの目の前、ドアの向こうへと足を進めた。


「わあ……本ばっかりだな」


 壁際に置かれた複数の本棚は、それぞれ大小厚薄(こうはく)の書物でぎっしり埋まっている。ズールが誇らしげに胸を張った。


「これでも読書家なんでね。修道院から買い取ったりもらったりしたものや、自分で書き上げたものもある。ちょっとしたもんだろう?」


「これ全部読んだってのか……」


 その他はベッドに机、椅子、長剣や燭台(しょくだい)、衣類が詰まった(かご)、手紙を放り込んだ木の筒などがある。机の上には書きかけらしい本と羽根ペンが置かれていた。


 ズールが椅子をすすめてくる。自身はベッドに腰掛けた。


「ここがズール様秘密の書斎ってわけだ。どうだ、驚いたろ」


「何で立ち入り禁止だったんだ? 別に見つかって困るようなものは何も見受けられないけど」


「その手紙さ。適当なのを一つ取って読み上げてみな」


 オレは言われた通り、筒から巻物を取り出した。燭台にかざして文章を読み上げる。


『遅まきながら仕事の成功を確認せり。我、約定(やくじょう)通り金貨20枚を報酬として(なんじ)に与えるものなり。今後とも御友誼(ごゆうぎ)のほどを』


 オレは大声を出しそうになるのをこらえる。


「金貨20枚! えらい大金だな。ガーロに換算したら6桁いくぞ。……でもこれじゃ、仕事が何なのか分からないが……」


「そうなんだけどな。そういう手紙を見られるのが嫌だったんだ。後ろ暗いことだから」


 オレは椅子から乗り出した。強い好奇心が湧いてくるのは、目の前の人間がかけがえのない存在だから。


「教えてくれ」


 ズールは座り直した。いよいよこのときが来た、とばかりに観念したような口調で話す。


「実は俺は、暗殺者たちの仲介人なんだ」


「暗殺者?」


「そうさ。俺はまず得意先の人物や組織などから依頼を受け、金を受け取る。そしてその仕事を暗殺者たちに回す。彼らが標的殺害に成功したら、大体半額を――難易度次第で変わるが――渡し、一件落着というわけだ」


 自嘲の影がロウソクの明かりに揺らめいた。オレはそれを凝視しながら、静かに耳を傾ける。ズールは続けた。


「俺は18歳のときからこの仲介人を始めて、今までに幾人もの暗殺者たちと信頼関係、仕事関係を築いてきた。奴らは凄腕(すごうで)だ。時間がかかる場合もあるが、必ず半年以内には結果を出す――標的たる人物の息の根を止める。今年で俺の仲介業もまる14年になるが、特に最近の暗殺者はすこぶる技術があるんだ」


 オレはさっきの手紙の内容を思い浮かべた。あの仕事とは暗殺のことだったのだ。中身を一読しただけではそうだとばれないようになっている。危険回避のためなのだろう。


 ズールがうなだれて力ない。(おのれ)への嘲笑がその顔に見えた。


「まあそういったことが俺の仕事だ。裏も裏、闇稼業って奴だな。……どうだクラネア。軽蔑したか?」


 オレは急いで首を振る。椅子から身を起こすと、ズールの手を取って両手で抱え込んだ。


「オレが地獄から救われたのはズールのおかげだ。今日まで生きてこられたのもズールの保護があったからだし、読み書きや裁縫の喜びも教えてくれたのもズールの手腕だ。そのズールがやる仕事を汚いなんて思わない」


「クラネア……」


 オレはもう一つの問いを投げかけた。


「何でオレを奴隷商人から買ったんだ? どうして奴隷として扱わず、オレをまるで実の娘のように立派に育てようとしたんだ?」


 答えは返ってこない。オレは辛抱強く待った。どれくらい経っただろう。やがて、ズールは吐き出した。


「俺は三男坊だったので親の扱いも悪かった。それで他の貴族に出されたのを(しお)に、色々な悪事に手を染め始めたんだ。盗んだり、奪ったり。追っ手の官憲を斬り殺したこともあった。そして流れた先が暗殺者たちの仲介業だ。俺はこれまで、何らの善行も積まずに生きてきたってわけさ」


 独白するズールの顔に苦渋が見える。俺はそれを追い払うように、握る手に力を込めた。彼はまるですがりつくように俺の手を握り返す。


「そうして7年前、25歳のときだ。俺は一仕事終えて、ぶらりと()りの――奴隷売買の市場に赴いた。初めは面白そうだから見物していこうと、ただそれだけのつもりだった。でも、そこで売り買いされる奴隷たちを見るうち、急に頭をもたげてきた誘惑があった。それは『誰かへの無償の施し』というものだった」


 ズールが(おもて)を上げた。その相貌が白い。


「笑えるだろう? そんな資格もないくせに、俺は誰か一人でもいいから、他人を幸せにしてやりたい、と思ったんだ。それで罪深い自分自身を浄化し、清らかな心身に戻れるかもしれない――そう考えて、な。だから俺はクラネアを買った。お前を18歳になるまで立派に育ててみよう、と決意して……」


 オレはこんなに塞ぎ込むズールを見たことがなかった。


「クラネアを助けたかったんじゃない。俺は俺自身を助けたかっただけなんだ。生き続ける限り、暗殺仕事を斡旋(あっせん)するであろう自分自身を、な。……幻滅しただろう、クラネア。俺はこんなくだらない人間なのさ。今まですまなかった……」


 オレは無言で立ち上がり、ズールの脇に座った。彼の腕に身を預ける。驚くズールに、オレはきっぱり言った。


「それが理由でもいい。いや、どんな理由でもいい。結果としてズールはオレの一番大切な人になったんだから……」


 ズールの動揺は激しかった。周章狼狽(しゅうしょうろうばい)の極みに達し、しかし身じろぎ一つせず俺を見つめる。視線が交錯し、オレは微笑んだ。


「好きだ、ズール。オレを愛してほしい」


「いや、駄目だクラネア。それはいけない。それでは俺はただの奴隷商人と一緒になる」


「いいや、ならない。あの市場で『他人を幸せにしてやりたい』って思ったんだろう? ならオレを幸せにしてくれ。これはオレが望むことなんだ……」


 ズールは観念した。




 そうして時が過ぎた後、オレはベッドに寝ながら、隣のズールに頼み込んだ。


「オレもズールの役に立ちたい。オレを暗殺者として雇ってくれ」


 ズールは額に腕を載せて答えた。さすがに疲れ切っているようだ。


「それも頭にはあったよ、クラネア。お前を買い上げたとき――まだ恋愛対象になっていないときには、将来暗殺者にまで育成しようと考えていた。でも最近は、クラネアの両手を血で汚してしまうことが正しいかどうか、決断しかねていたんだ。しかし今、ようやく決心がついたよ」

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