0025暗殺者たちと孤高の王
ガドニスが溜め息をついた。
「やれやれ、仕方ない。じゃあ暗殺者同士、団結して運び出すか。墓穴の場所を教えてくれ」
その後、俺たち男連中はダルゲゾンの重たい遺体を外へと運び出した。不気味なことに、敷地外から少し離れた場所に、既に7つの墓穴が掘られている。ブロニッカが気味悪がった。
「あのグランザルが掘ったのかな? 僕らを殺す気満々じゃん」
俺はどれも等しい大きさの穴と、『岩躯』の遺体を見比べる。
「ダルゲゾンの巨体を納めるにはどの穴も小さ過ぎないか?」
ラフィークが気を利かせた。
「くわを借りてきましょうかねぇ。少しその場でお待ちください」
彼は奴隷の少年と共に元来た道を引き返す。俺とブロニッカ、ガドニスの3人は、手持ち無沙汰になって銘々草をいじったり、木に寄りかかって空を見たり、暇を潰すのに苦労した。ダルゲゾンの無残な死体を前に、軽々しく世間話をするわけにもいかなかったのだ。
やがて『蟷螂』とその奴隷が3本のくわとバケツを抱いて戻ってきた。
「じゃあ端っこの穴を拡張しましょうかねぇ。エスロビ、貴方も手伝うのですよ」
「はぁい」
こうして午後は墓穴の拡張作業に追われた。ブロニッカは横幅がでかいので参加せず、俺とガドニス、ラフィークとエスロビが農具でもって交代で土を掻き出していく。日が傾き始めた頃、ようやく『岩躯』の埋葬が終わった。手近にあった綺麗な花を摘んで、墓所に手向ける。
「ダルゲゾンに安らかな眠りを……」
全員それぞれ両手を組んで、信じてもいない神に祈った。秋の静謐が暫時訪れる。やがて、長い溜め息と共に俺たちは肩を落とした。
「ああ、疲れた」
俺はそんな正直な感想を漏らした。共同作業をこなすうちに少し親睦が深まったか、ラフィークが割と気楽に発言する。
「どうやらグランザル氏は、7人全員を返り討ちにする気で満々のようですねぇ。彼はあまりにも強い、強過ぎる。あのダルゲゾンをまるで子ども扱いでしたからねぇ。……どうでしょうか」
ラフィークが気持ち声量を落とした。
「ここは一つ、残った6人で一致団結して、グランザル氏を強襲・殺害しませんかねぇ? そうしてダルゲゾン氏の仇を討って、財宝の方はチャベス氏を拷問してありかを吐かせる、と……」
ガドニスは明快に首を振った。その顔に嫌悪感が滲み出ている。
「僕が最初にした提案だろう? 今となっては僕は嫌だ。それでは正々堂々闘ったダルゲゾンを冒涜するようなものだからな。奴とてそんな方法で仇を取られても嬉しくはないだろう」
俺はその意見に同調した。
「俺も断る。やるなら一対一だ。それ以外は受け付けないな」
それほど強そうに見えないブロニッカも、しかし提案を撥ねつける。
「僕も反対だね。グランザルのじいさんを殺すにしても、もう少しここでチャベスの料理を堪能してからにしたいし」
皆に拒否されたラフィークは、全然困ってなさそうに言った。
「あらあら。これは困りましたねぇ」
エスロビが農具を手にして紐でまとめる。
「ラフィーク様、館に帰りましょう」
「仕方ありませんねぇ。今の話はなかったことにしておいてください、皆さん」
俺たちは埋葬作業で腕が泥だらけになっていた。汗もかいている。そこで、館の敷地内に戻ると、まずは井戸に寄って汚れを洗い落とそうということになった。
俺やガドニス、エスロビが次々と上衣を脱いだ。俺はガドニスはともかく、エスロビも意外と筋肉質なところがあるのに少々驚く。汲み上げたやや冷たい水でそれぞれ腕を洗った。濡らした手拭いで胸元を拭う。
そんな中、俺はラフィークだけがブリオーを脱がず、袖をまくって腕を洗っていることに気がついた。
「ん? どうしたラフィーク。脱がないのか?」
俺の感じた違和感に、答えたのは奴隷のエスロビだ。
「ラフィーク様は腕の正確な長さを知られたくないんです。ね、ラフィーク様」
『蟷螂』は薄っすらと笑った。
「その通りですねぇ」
ガドニスが服を着直す。ラフィークの説明などどうでもよさそうだった。
「さあ、帰るか。太っちょの食いしん坊はもう行っちまったのか? しょうがない奴だな……」
そういえばブロニッカの姿が見えない。あいつも結構汗をかいていたように思うが……。清潔さより食欲を優先させて、今頃館の厨房でつまみ食いでもしているのだろうか。
(五)
男どもはダルゲゾンの埋葬に手こずっているらしく、なかなか帰ってこない。オレは自室に閉じこもり、短剣3本を検めていた。瞑目すれば、グランザルの超人的な殺しの手並みがまざまざと脳裏に蘇ってくる。そうして自分が彼に相対したとして、どうなるかを予想した。
自分の投擲3回のうち、彼に致命傷を負わせられるのは何回だろうか。あの力、あの速度。異常なまでの反応力、対応力。一切の無駄がない体捌き。頭の中の決闘場で自分と老人との戦闘を何度も構築していく。
だがどう突き詰めても、館主にただの1回も命中させられないという結果しか見い出せなかった。酷く心細さが募る。
ダルゲゾンのことは好きでも嫌いでもなかった。しかしこうして目の前で惨殺されると、ズールを通した同じ暗殺者仲間として同情を禁じえない。グランザルの、死者を汚すような最後の頭蓋破壊はいかにもやり過ぎだった。
オレがもう少し強ければ、仇を討とうとするところだが――オレはあのとき、老人の強さにすっかり震え上がっていた。心底怯えていた。絶対に勝てないと、暗殺者としての本能が警鐘を鳴らしていた。多少落ち着いた今でも、やはりその残滓が胸底にこびりついている。
オレは短剣を改めて腰紐に差した。まあいい、まだ時間はある。あれこれ思案しているうちに喉が渇いた。チャベスに水でももらおうと部屋を出る。
暗い堂内に一個の輝きがあった。ロウソクのともし火だ。手にしているのは、太っちょで赤いおかっぱ頭のブロニッカだ。建物の中は薄暗いから、明かりを持っていても何の不自然もない。それにしても男連中、いつの間にか帰って来たのか? オレは呼びかけた。
「おいブロニッカ、他の奴らは?」
しかし二重顎は豪快に無視し、8号室への扉を叩いた。あれ、あそこはグランザルの寝室兼武器庫じゃないか。主は居たらしく、扉が開かれる。肥満体が内部へ入っていった――
と思っていたら。
開け放たれたドアの奥から、鮮烈で強烈な光が溢れ出す。それは列柱回廊のみならず元聖堂さえ照らし出し、一瞬にして弱まった。直後――
「ぐわあああぁっ!」
閃光に取って代わるように、断末魔の悲鳴が8号室内部から響き渡る。それがブロニッカのものだと、オレは認めざるを得なかった。泡を食って問題の部屋へ駆けつける。
ドアから覗けば、グランザルが肥えた暗殺者を殺したまさにその瞬間だった。ブロニッカは仰向けに倒れており、その心臓近辺に墓標のように長剣が突き刺さっている。そこから血が次から次へと流れ出ているのに、太っちょはもはや微動だにしなかった。眼球が固定され、半目の視線は何もない空間を凝視し続けている。奥のベッドおよび床に転がる盾が燃えており、その明かりで老人の鬼気迫る表情が明滅を繰り返していた。




