0001暗殺者たちと孤高の王
(プロローグ)
わしは信じていた。もしこの世に神がいるならば、今回の宴を成功裏に終わらせてくれるだろうと。こちらに力を貸してくれるだろうと。
7人全員、集まってくれるだろうと……
人里離れたこの館は、既に召し使いの手で準備万端整っている。後は獲物がかかりに来るのを待つのみとなった。
大海賊『骸骨』の財宝――
それを巡ってわしと来客者たちの間で起こるに違いない、激しい闘い。それを思うだけで血沸き肉躍ってくる。昔の荒くれ者だった頃の名残が、心を覆う厚い表皮となって胸を圧迫してくる。
わしは腕を撫しながら、そのときを待った。元聖堂の広間に掲げられた、毛皮の上着を横目に見つつ……
(一)
どうやらこんな辺境でも季節の順番は変わらないらしい。オレは生き物が命を謳歌する夏が好きだった。それは暑いし虫も出る。汗が噴きでて気持ち悪い。だが過ぎ去って振り返れば、やはり熱気と活気に満ち溢れた数十日の季節を恋しく思う。初秋の到来と共に、その実感は顕著となって、オレの胸を塞ぐのだった。
そんなある日のこと。オレが自宅のベッドで午睡していると、扉を叩くものがあった。もちろん確認するまでもなく、召し使いのドシア夫妻だ。オレはかんぬきを外してドアを開けた。ドシア――今年58歳になるという――は何かの巻物を手に、オレへうやうやしく頭を下げる。
「クラネア様、お手紙です。先ほどふもとの村に届けられたのを、私が受け取って持ってまいりました」
「ああ、ありがとう。差出人は?」
「それが、記載がありません。ただクラネア様を宛名としているだけです」
「へえ……。下がっていいよ」
「はい」
擦過音さえ立てず、静かに扉は閉じられた。オレは羊皮紙の巻き物を検める。やがてその封蝋印を目にし、思わず叫びだしそうになった。
「これは……ズールの封蝋印!」
オレは落雷に遭ったがごとく、残っていた眠気を一辺に失った。興奮のあまり手で口元を押さえ、ベッドに座ったり立ったりを繰り返す。
ズール! ズール! 仕事仲間であり恋人でもある彼からの2年半ぶりの音沙汰に、オレは歓喜で有頂天になった。何なら埃だらけの床で転げ回りたい。それでも足りないぐらいだった。
早速開いてみる。中にはあの懐かしいズールの筆跡で――間違いない、このとめはねは彼の手業だ――こんな文章と地図が書かれていた。
『また一仕事頼みたいと思っている。危険性は全くない。それどころか巨万の富を得られる好機会だ。以下の場所に立つ館を速やかに訪問せよ。仔細はそこで聞くとよい』
オレの気分は少し落ち着いた。恋人同士の甘い文言はなく、純粋な仕事の依頼だった。一瞬、これは何者かがオレを捕らえるために仕掛けた罠ではないか、と猜疑の念が湧き起こる。しかし封蝋印も文章もズールのものだ。もし彼に裏切られて殺されるとしても、それはそれで本望だった。
ズールに会えるかもしれない。その一点で、こちらが動かないわけにはいかなかった。気付けばオレは、いつの間にか部屋を出て、ドシア夫妻に旅の準備をしてくれるようお願いしていた。
オレは近くの森に来ている。腰に佩いた5本の細長い短剣を指で撫でつつ、手頃な標的を探した。明け方の、陽光と冷えが目立つ時間である。
オレの得手は短剣の投擲だ。異名は『迅雷』。仲介人のズールが名付けてくれた。
2年半もの間、オレはこの田舎に引きこもっている。現役時代――まあ、今でも現役だが――にもらった巨額な報酬で悠々自適の生活を送ってきた。それがここに来て仕事の依頼。オレは腕がなまっていないか不安になり、それを試すため、この場所にやってきたというわけだ。
曲がりくねった、いい木が見つかって、オレはそこに縄をかける。そして十分に距離を取ると、深呼吸して軽く体を揺らした。全身に活力が行き届く。早朝の呼気がしなやかな蛇となって体中にまとわりついた。
「……よし」
オレは心持ち腰を落とし、枝から垂れた縄を――標的を見つめた。そして刹那の間を置いて、短剣を次々に撃ち出した。5本の凶器は、縄をほとんど揺らすことなく縦一列に突き刺さる。最後の一本、一番下の箇所に投げたそれさえ、綱に弾かれることなく貫通した。
文句なしの成功だ。
オレは久しぶりに充実感を覚えた。これなら今度の仕事にも自信を持って取り組める。何をやるのかは知らないが……
その後、オレは短剣を回収すると、今度は生きた獲物を狙った。野鳥の類を仕留めて落とし、ズタ袋に入れる。本当は領主の許可なく狩猟を行なうのは厳禁なのだが、景気づけにたまにはいいだろう。オレは十分な戦利品を抱えると、一路帰宅の途についた。
その晩は鳥肉で一杯やりながら、オレはドシア夫妻に明日の出立を告げた。
「ちょっと遠い場所だ。往復の旅路と滞在とでいつ帰って来られるか分からない。ともかく元気で留守を守ってくれ」
ドシア夫妻は低頭だ。涙さえ浮かべている。
「危険な目に遭われませんよう、この家で祈りながらお待ちしております」
「どうか無事な姿でお帰りください」
オレは大笑した。
「大丈夫、大丈夫。そんなしみったれた顔をするな。オレはそう簡単にくたばったりしないから」
翌日、荷物を収めた袋を背負い、ドシア夫妻の見送る中馬に乗って――騎手は金で雇った老人フォルガーで、オレ自身は女らしく横座りだ――、いよいよ旅に出た。ドシア夫妻はずっと手を振り続けてくれる。オレも振り返した。
順調に進んでも1週間はかかる道のりだ。宿場町を経由しながら、時に雨に降られ時に獣に襲われつつ、それでも順調に旅程を潰していった。最初に立ち寄った教会で、大枚はたいて作ってもらった巡礼の札が、どの場面でも役に立った。
そうして、問題の館まであともう少しという場所まで来た。ここでも金の力にものを言わせて、宿屋の個室に泊まることが出来た。ベッドに横になりながら、オレはロウソクの明かりを頼りに、ズールの手紙を何度も読み返す。それが旅立ってから毎夜の作業と化していた。
ズールと自分との、確かな繋がり――
そうして思い起こされたのは、これまでのオレの半生だった。
オレは名前さえ思い出せないような、貧しい領主が治める貧しい農村で生まれた。親父は既にどこかへ消えていた。オレはお袋のもとで他の農民と共に、毎日の野良仕事に精を出していた。オレには他に兄弟姉妹がいたはずだが、彼らはある日ふっつりと姿を消し、二度とオレの前に現れなかった。
親父がいないのに子沢山だったのは、お袋が男にだらしないということではなかった。生きるために必要なわずかな金を、身をひさいで獲得していた――その結果の不幸らしかった。オレも、消えた家族も、望まれて生まれてきたわけではなかったのだ。
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