第5話 喧嘩
「終わった?」
小鬼が全ていなくなり、緋鞠は地面にふわりと降り立った。すると、三國はぎっとこちらを睨みつける。
「──隙を見て逃げろ、と言ったはずだが?」
「私はわかったなんて、一言も言ってないけど?」
再びバチバチと、二人の間に火花が散った。
互いに認め合うつもりこれっぽっちもない。緋鞠はこれ以上の共闘は不可能だと感じた。
すぐにでも試験の再開をしたかったが、空から術のものとみられる霊力の欠片が落ちてきたということは、学園の結界が破れたとみていい。その状況で、自分勝手な行動は慎むべきだ。
それに、一応は正式な鬼狩り隊員である三國の考えも聞いておかなければならないだろう。
(……というか、なんで鬼狩り隊員が試験にいるんだろ?)
首を傾げる緋鞠に向かって、三國が手のひらを向けた。
「鬼石は?」
(こいつはこれしか頭にないのだろうか?)
あまりのしつこさに、緋鞠もついには観念することにした。さっき、助けてもらった恩もある。緋鞠は渋々と、三國の手のひらの上に鬼石を乗せた。
鬼石をつまみ上げた三國は、月明かりにかざすと呟いた。
「……これだ」
「ちょっとおおお!?」
鬼石をポケットに入れようとする三國の手を緋鞠は阻んだ。
「ちょっとちょっとちょっと!! なに、自然にポケットにといれようとしてるの!? それ、私のでしょ!?」
「代わりをやる」
別の鬼石を突き出されるが、緋鞠はそれを無視する。
「私は自分が探し当てたやつがいいの! 代わりなんていらない!」
「お前はこれじゃなくても、いいだろ。これは俺のなんだよ!」
「なんで、試験にあんたのものが混ざってんのよ!?」
「取られて混ぜられたんだよ、どっかの馬鹿に!」
「馬鹿に取られるなんて馬鹿!」
ぎゃあぎゃあ言い合っていると、唐突に殺気が割り込んでくる。大きな声で言い争いをしていたのを聞きつけ、集まってきた傀儡が二人に向かって牙を向いた。
「うざい!」
「うるさい!」
二人は半ば八つ当たりぎみに、槍と蹴りで傀儡を粉砕した。
「大体何を好き好んで、一般人が学園を受験するんだよ。陰陽師の家系に生まれた人間でも嫌がる危険な仕事だぞ」
「それは……」
月鬼との戦いは、常に死と隣り合わせだ。
──そうだ。こんな“危険な仕事”に、兄さんは……。
拳を握りしめ、祈るようにもう片方の手のひらで包んだ。
「……行方不明になった兄を探すためよ」
「いつの話だ」
「十年前」
何か知っているのだろうか? 一縷の希望をもって顔をあげた緋鞠の目に、怒りに耐えるような三國の姿が映った。
「十年も経ってたら、とっくに死んでるだろ。死んだ人間のために、自分の命を投げ出すつもりか?」
「なっ……」
「お前が戦う理由を、死人に求めるな」
「っ!!」
何度も言われてきた言葉。
もう、うんざりだ。言い返そうと、口を開いた瞬間だった。
少女の悲鳴が聞こえた。
学園の周りに植えられた茂みで姿は見えないが、そこまで遠くはないところだ。
──助けにいかないと!
「そうやって寄り道をしているから、目的に辿り着かないんじゃないのか? 現にお前はまだ契約も果たせていない」
三國の冷たい声に足を止める。
「何が言いたいのよ」
「自分の面倒も見れないヤツが、他人を助けてる余裕なんかあるのか?」
さすがに堪忍袋の緒が切れた。
緋鞠は三國の胸ぐらを掴み、温度を感じさせない冷たい目に視線を合わせた。
「困っている人がいたら、助けるのが当たり前でしょう!? あんた、何のために鬼狩りになったの? 人を助ける力が持っているからでしょう?」
白夜は──兄は、人を助けるために鬼狩りになったと言っていた。
だから、緋鞠は兄を止めることができなかった。助けられる命を、自分のわがままのために、失わせることになってはいけないと思って……。
兄と同じ鬼狩りなのに人を助けないこの少年は、いったい何のために鬼狩りになったのだ?
緋鞠は目の前の少年の瞳をじっと見つめる。
暗く沈んだ水底のような瞳が初めて揺らぐのを見た。どこか遠い記憶を思い出させるような瞳。
しかし、三國の瞳は閉じられ、掴んだ手を外された。
──明らかな拒絶だった。
「もういい……!」
緋鞠はその場を後にした。
振り返ろうとは思わなかった。




