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事件編7:モンスター

 ファイヤーピークは丘の上に立つ、塀で囲われた大きな邸宅だった。一行は邸宅の玄関に入る。


「シャイニーはここに来るのは初めてだから、軽く案内しよう。それから調理に取り掛かるよ。みんなは適当に寛いで待ってて」


 ケイジの発言にベルたんとフランクが反応する。

「あら、私も行こうかしら」

「待っていてもヒマだしな」


 二人の発言にオカジマも便乗する。

「乗るしかない。このビッグウェーブに」


「みんなで雁首揃えて、館内散歩かよ。邪魔じゃねえ?」

 オプティガンは冷ややかだ。


「まあ、親睦を深めるのが目的だからね。みんな付いてくるなら、それも良いと思うよ」

 こうして一行は観光客よろしくケイジに先導されることになった。結局、オプティガンも無言で付いてきた。文句は言うが一人になるのは嫌だという、中々面倒くさい性分のようだ。


「この館は、この村に最初から建っていたものの一つでね。俺たち現代人が生活しやすいように、MODでいくつか設備を足して使っているんだよ。さっきベルたんが言ったピザ窯もその一つだね」


 ファイヤーピーク館は中央にある大きな中庭と、さらにその中央にある温室、中庭を取り囲む回廊から成り立っている。一階の回廊は大型の館内設備へ、二階の回廊は小規模な館内設備と客室へ繋がる。


「ここは浴場だよ。元々は大きい浴槽があっただけだけど、MODでシャワー、ジャグジーと、サウナルーム、水風呂、休憩室を追加している。脱衣場と休憩室には冷蔵庫もあって、中の飲み物は自由に飲めるよ」


 大理石でできた豪華な浴場に、至れり尽くせりな追加設備。至れり尽くせり過ぎて、ラグジュアリーなムードが削ぎ落とされ、スーパー銭湯化している感は否めない。


 とりあえず脱衣場の冷蔵庫を開けてみた。中には定番のミネラルウォーターから、コーヒー牛乳、スポーツドリンク、お茶、いずれも元居た世界で馴染みのメーカーのものだ。ここが異世界である事を忘れそうになる。


「あー、コーヒー牛乳見たら飲みたくなってきた」

 そう言ってオカジマは冷蔵庫の中に手を伸ばすと、コーヒー牛乳を取り出した。クラシカルな瓶の上蓋を取ってゴクゴクと飲み干す。


 そんなオカジマを見て、ベルたんやフランクも飲み物に手を伸ばす。そして私も結局緑茶を飲み干した。一行は満足げなムードで浴場を後にした。



「ここは、厨房。あれがピザ窯。まあ、ここを使うのは俺ぐらいかな」


 ケイジの言うように奥には煉瓦造りの窯がある。中央にはステンレスの調理台。壁際には大型の冷蔵庫。電子レンジやフードプロセッサーといった現代の調理家電も備えられている。壁には乾燥ハーブや生ハムの原木が吊り下げられ、見るからに美味しそうだ。ここで作られるであろうピザに思いを馳せるだけで、唾液が分泌されるのを感じる。楽しみだ。


「あら、私だって使うわよ。小腹が減った時に」

 言われてみれば、棚にはドライフルーツや、ナッツ類もある。手軽につまめそうだ。私も小腹が減ったらここに来よう。



「ここがメインホール。でもこの人数だからね、正直大き過ぎて使いづらい。代わりに食堂や二階の談話室を使うことが殆どだね」


 確かに広い。舞踏会でも開催されそうな広さだ。端にはバーカウンターがある。スポーツなんかに使えそうだ。



 一同は回廊から中庭へ出た。中庭は色とりどりの花やハーブが地植えされており、風が吹くたびに爽やかな香りを放っていた。日は暮れかかり、空をオレンジ色に染めている。


「ここは中庭だよ。向こうが温室」


 半透明のガラスに覆われた大型の温室は、中庭を区切る小道の先にあった。小道の両脇は、低木が壁のように植えられている。


 温室へたどり着いたケイジが扉を開けて中に入ると、異変が起こった。彼の髪の毛が一瞬揺らぎ、次の瞬間に消失した。


 いや、ケイジだけではない。常の私の視界の端に見えていた髪の毛が見えないのだ。念のため手で頭に触れると、そこに期待した毛髪の感触は無い。つるりとした、地肌の感触があるだけだった。


 振り返ると、他のみんなも髪の毛が消失している。変わっていないのは、元々スキンヘッドのフランクだけだ。


()が居るんだな」

 オカジマが声をひそめて呟いた。


 最前列のケイジも異変に気付き、確認するように自らの頭に触れた。

「ああ、間違いなく居る」


 その名前を口にすることさえ憚られるようなムードだ。それなのに全員ハゲという、不思議な光景である。


 ケイジやベルたん、オカジマのような人間離れした美しさを持つハゲというのは製造途中の人形のように見えて、その美貌の無機質さが強調される。一方、彼らよりは人間的なオプティガンは、何らかの事情によって禿げてしまったような悲壮感があった。おそらく私もオプティガンと似たような状態になっているだろう。


 張り詰めた頭皮のテンションがそのまま空気に伝わっているような、緊張感が温室内に満ちていた。オカジマの手にはいつの間にかクォータースタッフが現れていた。ベルたんやフランクもそれぞれ武器を手にしている。


「彼は出会い頭に召喚モンスターをけしかけてくることもある。いつ戦闘になっても良いよう、心の準備はしておいてくれ」


 そうして一同は慎重に温室の中を進んだ。温室の中には椿が植えられていて、見通しが悪い。居るはずの人物の姿は、なかなか見えてこない。


 温室中央に差し掛かった。中央にある簡素な東屋に()は居た。ベンチの脇に、仰向けに倒れていたのだ。


 私たちと同様に髪の毛は消失。目につく特徴はグレーのパラシュートシャツ、鋭い顔立ち、そして大きく開かれた目と、あの独特な三白眼。確かに彼はオナルだ。開かれた目は周囲の動きに対して何の反応も示さない。呼吸による胸の上下も無い。


 間違いない。彼は死んでいる。


 そして彼の首にはっきりと残る索条痕と吉川線が、殺意を持った何者かの関与を明確に示していた。


「どういうことだ、これは」

 怒気をはらんだ低い声で、ケイジは言った。


「他プレイヤーの殺害は禁止だと、全員に伝えたはずだ! 誰だ!」

 強い口調で、ケイジが怒りを露わにする。そんな彼に気圧されて、他の面々は少し引いてしまった様子だ。


「ケイジの考え方は分かるけど、奴はどうしようもねえクソだ。あいつが今までやってきた事を思えば、殺されてもしょうがないんじゃねーの?」

 空気を読まないDTオプティガンは、みんなが引いている事などお構い無しだ。


「殺される側に非があったとしても、殺していい理由にはならないだろう!」


 ケイジとオプティガンが睨み合う中、私はオナルの死体を見下ろした。


 首の索条痕と吉川線以外に、目に見える外傷は無し。周囲にロープで吊り下げられるような梁やフックの類は無し。現場にひも状のものは見当たらない。コンソールコマンドで武器や物品を自由に取り出し、そして消すことも出来る世界だ。犯人がミスでもやらかさない限り、凶器の特定は無意味だろう。


 ふとオナルの膝付近で、何かが微かに揺れるのが見えた。毛だった。光の加減で金色にも茶色にも見える毛が、彼の履いているスキニーパンツの膝に付着していた。犯人のものだろうか?


 着衣に乱れや汚れは無い。周囲の地面や植物の状態を見るに、引きずられたような痕跡も無い。立っていたか、ベンチに座った状態のところを襲われたのだろう。


 おもむろに、オナルの姿が発光し、そのまま空気に溶けるように消えた。何の痕跡も残さず、死体が完全に無くなったのだ。


 そして、頭や耳、首に柔らかな感触が有った。まさかと思い手で触れてみると、消失していた頭髪が戻っていた。私だけではない。見回すと全員の頭髪が元の状態に戻っている。描画リソースを浪費していたオナルの描画が不要になり、髪の毛の描画が可能になったという事だろう。


 オナルの膝に付いていた毛髪は、そのまま地面に落ちていた。それに気づいたのは私だけではなかったようだ。オカジマが無言でその毛髪を拾い上げ、ポケットから取り出したハンカチに包み、そのままそっとポケットにしまい込んだ。


「クエスト必須属性の無い名前有り(ネームド)のキャラクターが死んだ場合、その死体は八時間後に消失する。つまり、犯行時刻は今から丁度八時間前ってこった」

 オカジマがそっと呟いた。ミステリ要素のあるクエストMODを作っている彼の事だ。ゲームのそういう仕様には詳しいのだろう。


 念のためコンソールコマンドで、現在時を確認する。


 —— NOW↩︎

 Wed. 18:14:56.730


 今から八時間前となると十時過ぎ。私がこの村に到着した時には既に死んでいたことになる。


「皆、今日の十時に何をしていたか、教えてくれ。アリバイを実証できるなら、それも合わせてだ。ちなみに俺は自宅で作業中。それを証明する手段は残念ながら無い」

 ケイジからは、答えることを拒ませないような気迫が感じられた。心なしか、ピンク色の髪の毛が怒った猫のように逆立っているようにも見える。


「その時間、俺は自宅でトレーニングだ。残念ながらアリバイを実証することは出来ない」

 みんなの頭髪が消えたり現れたりしても、ただ一人変わらない男、フランクが最初に答えた。


「俺も自宅で作業中だった。オプティガンはまだ来ていなかったから、アリバイは不成立だな」

 オカジマは朝からずっとあの状態だったのか。


「俺は家でぼんやり。証人ナシ。以上」

 答えるのも面倒くさいという風情で、オプティガンが答えた。


「私は九時からずっとカフェに居たわよ。十時頃も一人ね。十一時頃にフランクがやって来て、そのすぐ後にオプティガンが来たわね。三人で居たのは三十分ぐらいだったかしら?」

 つまりオプティガンはカフェに三十分滞在した後オカジマ宅へ向かい、その後私とケイジがオカジマ邸を訪ねるまでそのままの状態だったという事か。


「私はその時間、元の世界に居ました。多分」

 念のため私も一応答えておく。


「誰一人アリバイ成立しねーじゃん」

 オプティガンがバカにしたような口調でぼやいた。この村の住人の数を思えば、アリバイ成立が困難なのは仕方ない。


 場は微妙な空気になっていた。特にケイジは機嫌が悪い。どう見ても、この後ピザ作りに取り掛かれるような状態ではない。結局今日はその場で解散となり、明日改めて歓迎会を行うという事になった。


次回、オールナイトロング

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