事件編8:満月の宴
結局今日はその場で解散となり、明日改めて歓迎会を行うという事になった。皆はそれぞれ、館の二階にある客室で適当に過ごしている。
私も同様に、紅茶を飲みながら一休みしていた。今日一日に起こった色々な事……異世界に転移し、外見が激変し、肉体が不滅でありながら、精神は少しずつ確実に死へと向かう事を知らされ、シャドウランナーのエンディングがチャネリングのオープニングと似ているのはそれなりの事情があって、ベルたんは股間がブラブラしている、と思いきや、殺人事件という無節操なまでにめまぐるしい出来事の数々を思い返していた。
少し体が温まると、疲労感が軽くなる。心が安らぎ、このまま眠ってしまいたい気持ちになるが、その思いを心の端に追いやって、自分が何をするべきなのかを考えた。服を脱ぎ、キャミソールの上に部屋に備えられていたシルクのナイトガウンを着る。やるべき事をやろう。
自室を出て、とりあえず隣のドアをノックする。中から「どうぞ」と声がした。ケイジの声だ。ドアを開けて中に入る。部屋の主はベッドに寝転んで読書中だった。彼は手にしていた本をサイドテーブルに置き、上体を起こしてこちらを見た。
「シャイニー、どうかしたのかい?」
ベッドに近づいた私は彼の両肩に手を置いて、顔を近づけた。
「ケイジ、私は怖い。怖くて耐えられない」
そう言い終わらないうちに、渾身の力を込めてそのまま彼を押し倒し、強引にキスをした。彼の唇は普通の人間と同様に、柔らかさと湿度があった。
そのまま舌を入れようとしたが、彼の腕で押し戻された。唇が離れ、唾液が唇の端を伝った。
「俺、そういう趣味は……って! 落ち着け! シャイニー・アイアンバー! まず話をしよう。テクノロジーと合理主義の現代人同士、理性的に解決しよう」
そう言って私の肩をガッチリと掴んだ。これ以上距離を詰めさせないよう、力を込めているのが分かる。意外と手ごわい。
「シャイニー、教えてくれ。どうしてこんな事をするんだ?」
「だって、私たちの中に人を殺した人間が居るって事でしょう? 今日一日出会った人たちの友好的な態度が嘘だなんて。何を信じれば良いのかわからない、誰も信じられない。お願い、私を抱いて。何もかも忘れさせてほしいの」
そう言って、再び顔を近づけようとするものの、残念ながら力が及ばない。スニーク遠距離攻撃を主な戦闘スタイルにしている私は、腕力がそう高いわけではないのだ。ケイジは私の接近を許すことなく、私の上体を横にそらして私とベッドに押し付けた。彼は私をベッドに押し付けたまま、私の上に乗り上げる。私とケイジの位置は完全に入れ替わった。
「気持ちは分かるけど、だからって手当たり次第にこんなことしなくても良いだろう。これまでも不安やストレスを受けるたびにこんなことをしてきたのか?」
私はひどく傷ついたような顔をしてみせた。
「少なくとも今までは……手当たり次第じゃない。彼氏以外の人間にこんなことをしたことは無い……」
私の言葉を聞いてケイジはハッとしたような顔をした。
「もしかしてこの世界に来たことで彼氏と離れ離れになってしまったのか?」
ケイジの質問に首を横に振って答えた。
「彼と別れたのは半年前で……彼はよく私のことを、生意気な女だって言っていた。そして……お前は強い女だから一人でもやっていけるだろうって、私の友人と付き合うようになった。二人が付き合い始めた翌日には、共通の友人全員からSNSのフレンド登録を解除された」
そう言って私は顔を横に向けた。目から涙がこぼれ落ちる。
「私は皆が思っているような、強い女じゃない……」
ケイジが私の両肩から手を離したのが分かった。彼はその手を私の顔に近づけ、そっと私の頬を撫でた。
「シャイニー、俺は……君のことを誤解していたようだ……」
そう言って彼は顔を近づけた。
「嫌になったら言ってくれ」
彼は食らいつくように唇を重ねてきた。
ふと、彼の肩越しに部屋の入り口が見えた。ドアがわずかに開いている。ドアの隙間からは輝きを放つ青い瞳が見えた。オプティガンだ。細く開いた隙間から、オプティガンがこちらを凝視している。しっかりと目が合った。私がオプティガンに指で軽く手招きをすると、興奮した様子の彼は躊躇なく部屋へと入ってくる。
私の視線の先を追ったケイジもオプティガンに気づいたようだ。彼は不満げな物言いたげな視線を私に送る。私はそんな彼の唇を人差し指でそっと封じた。
私たち三人はただ本能が命じるままに、荒々しい行為に没頭した。言葉もなく、互いを貪りあった。
やがて欲望はピークを越えて、波が引くように穏やかに収束していく。事が終わった後、ケイジは私の汗を拭き、そのまま二人でベッドに横になった。オプティガンは勝手にソファの上で寝息を立てている。
ベッドに横たわると、丁度天窓から空が見える。満月が真上に差し掛かり、他の星々を圧倒する強い光を放っていた。
ケイジは隣で穏やかな寝息を立てている。私はそっと立ち上がり、ナイトガウンを羽織った。
「シャイニー、ここで眠っていかないのか?」
背後からケイジの声がした。目を覚ましたのだろう。振り返ると、真上から降り注ぐ月光が、彼の髪に反射して、けぶるようなピンク色の光を放っていた。彼の美貌と、穏やかな表情も相まって、神秘的な光景だった。
「少し、落ち着きました。見苦しいところを見せてしまって、恥ずかしいですね。ケイジ、ありがとう」
「送っていこうか?」
「ありがとう。じゃあ浴場までお願いします」
一階の浴場は、人気がなく静まりかえっていた。しっかりと湯船に浸かって温まるには疲れすぎている。眠気に沈んでしまいそうな意識を、熱いシャワーでどうにか現実に繋ぎ止める。ハーブの香りがする備え付けの石けんで体を洗うと、少し血行が良くなった気がする。
全てをさっぱりと洗い流した私は、浴場の冷蔵庫にあったミネラルウォーターを飲み干すと、自室へと向かった。窓から見える空はもう明るくなっている。音を立てないように部屋に入ると、そのままベッドに直行した。眠気を自覚する間も無く、私の意識は眠りに落ちた。
深い眠りはドアをノックする音で、強制的に中断された。こんな朝に誰だろう。
「シャイニー、俺だよ。ケイジだ。オカジマちゃんがみんなを談話室に呼んでいる。一緒に行こう」
残念ながら裸に近い姿で眠っていた私は、とても人前に出られる状態ではない。ケイジには先に行ってもらって、私は身支度を整えた。
指でコンソールウィンドウを呼び出して、現在時間を確認する。
—— NOW↩︎
Thu. 09:35:07.284
部屋を出た私は二階の談話室へと向かった。
次回、解決編




