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解決編:ゲームエンジンは知っている

 二階の談話室には、私以外の全員が集まっていた。それぞれ適当な椅子に腰掛けたり、壁にもたれかかっていたり、好きなようにくつろいでいる。


 私がとりあえず空いているチェアに腰掛けると、二人がけソファの中心に座っていたオカジマが立ち上がった。

 彼はまるで演説でも始めるような勿体ぶった物腰で宣言する。


「こうして集まってもらったのは他でもない、昨日のオナル殺害の犯人が分かったからだ。ただ、大事な前提として分かってほしいのは、俺は犯人を断罪しようというつもりはこれっぽっちも無いって事だ。オナルは知っての通り、どうしようもないゴミクズ野郎だからな。これは退屈と停滞を恐れる俺たちの、暇つぶしの推理ゲームだと思ってくれ」


 皆の視線がオカジマに注がれる。ケイジは機嫌が悪そうだ。そんな空気の中、オカジマはポケットからジッパー付きのビニール袋を取り出した。


「まずこれを見てほしい。中身は毛髪。色は茶から金。もちろんオナル本人のものではない。こいつがオナルの左膝に付着していた」


 オカジマはビニール袋をベルたんに手渡した。ベルたんはそれをひとしきり観察した後、ケイジに手渡した。


「つまりこれは犯人の遺留品という訳だ。しかし知っての通り、遮蔽物の無い状態でオナルから二十メートル以内に近寄ると、頭髪は消失する。つまり普通ならば、落とすべき髪の毛は存在しないはずだ」


 オカジマは確信に満ちた表情でオプティガンを見据える。


「ここで思い出して欲しいのは、四十週ほど前にみんなでトライした『オナルとツーショットチャレンジ』だ。オナルに近づいて頭髪が消失しなかったのはオプティガンただ一人。フランクは当時まだ居なかったけど、彼は元々頭髪が無いから除外して良いだろう。シャイニーはオナルが殺されてからこの世界に来ているし、俺やケイジより描画コストが低いようには見えない。よって答えは一つ。オプティガン以外にはあり得ない」


 オカジマはオプティガンが犯人だと断定した。オプティガンも黙ってはいない。


「あぁ!? 俺が犯人だって? ふざけんなよ! 言いがかりじゃねーか!」

 オプティガンの抗議に、オカジマは全く動じない。


「オプティガン。反論するなら、根拠を示してもらおうか」

「根拠って、だって俺はやってねーし! 身に覚えがない!」


 オプティガンは怒りで顔を真っ赤にしてオカジマと睨み合っている。今にも掴みかかりそうな一触即発状態だ。そんな中、ベルたんがやれやれといった風に溜息を吐いた。


「オカジマの話は面白かったけど、残念ながらオプティガンが犯人だとは断定できないわよ」


 ベルたんに自身の推理を否定されても、オカジマは怒るでも取り乱すでもなく、それを楽しんでいるような雰囲気だ。

「ふん、面白いね。ベルたんの推理を聞こうか」


 ベルたんが立ち上がった。たっぷりとしたスカートがふわりと揺れる。まるで舞台に上がった女優のような、華麗で堂々とした佇まいだった。


「オナルに近づいて頭髪が消失する条件は、『遮蔽物の無い状態で二十メートル以内』よ。つまり遮蔽物があればどんなに近寄っても問題は無いの。例えばオナルの頭に袋やカゴを被せてやれば、オナルの髪の毛は描画不要になって、問題なくこちらの頭髪は描画されるのよ。オプティガンの容疑が晴れるわけじゃないけれど、犯人の範囲は広がる事になるわね」


 ベルたんは髪型を自作しているし、複雑な構造のドレスを作っている。描画周りの仕様に対する理解は、他のMOD開発者(モッダー)よりも深いのだろう。


「この毛が、オナルの頭部に付着していたというならば、犯行時オナルの頭部が晒されていた訳だから、オカジマの言う通りって事になるわね。でも膝に付着していたのなら、犯行時にオナルの頭が何かに覆われた状況下でならば付着する可能性は十分あるわ」

 そう言ってベルたんはちょっと意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「そうなれば毛の色的に、あんたも容疑者よ。オカジマ」


 それ見たことか、とオプティガンは得意げな顔になった。一方オカジマは困り顔でベルたんの推理を否定する。

「いやいやいや、俺が犯人とか無いって。だってわざわざ自分の髪の毛が描画されるよう、手間暇かける意味無いし」

「あくまで可能性の話よ。あるいは、オプティガンが容疑者になるよう仕向けたとか。実は仲悪いんじゃないの?」


 ベルたんの言葉に、今まで沈黙していたケイジが反応した。

「人間関係を悪化させるような憶測は控えてもらおうか。俺たちは閉鎖的な環境で、一緒に暮らしていかなくちゃならないんだぞ」


 ケイジに言われて、ベルたんはやや芝居がかったオーバーアクションで、肩をすくめてみせた。そこへここぞとばかりにオカジマが乗ってくる。


「そもそも、ベルたんの説を採用するなら、毛の色的にベルたんも有りだろうよ。それを否定できるエビデンスはあるのか?」

「はぁ? 私の髪はそんな茶色かどうかの微妙な色じゃなくて、もっと明るいプラチナブロンドですう! 苦し紛れの言いがかりは見苦しいわよ!」


 事態は華麗な推理合戦とは程遠い、泥仕合の様相を呈してきた。ケイジは眉間に皺を寄せて黙りこくっている。フランクに至っては、少し離れて壁にもたれかかり、我関せずのポーズだ。


 私は意を決して言葉を発した。


「私の話を聞いてください。私は犯人を特定できています」

 私は緊張を悟られないよう、ゆっくりと深呼吸をした。


「ほほう、第三の探偵登場か。面白いじゃないか」

 オカジマはベルたんとのいがみ合いをやめて、こちらに注目した。


「まず、オナルの膝に付着していたものは、頭髪ではありません。陰毛です。まずこの付着物はオナルの死体が消える前から、明確に存在していました。オカジマもそれは見ていましたね?」


「間違いない」

 オカジマは頷いた。


「付着物の毛が頭髪であるならば、オナルの死体が存在している間は消えていて、死体消失後に現れるはずです。でも、実際はオナルの死体有無に関わらず存在していました。つまり頭髪よりも高い描画優先度(プライオリティ)を持っています。そこから導き出される毛の正体は、頭髪とは完全に別カテゴリのオブジェクト、すなわち陰毛です。厳密に言うならば、ボディテクスチャの欠片という事になります」


 皆が静かに聞き入る中、ベルたんが手を上げた。

「説得力のある意見よ。でもね、陰毛は黒か無毛の二択なの。茶色い陰毛は有り得ないわ」


 予想できた反論に、私は落ち着いて答えた。

「拙作のオチンチンMODは隠し機能により、下半身に関するあらゆる事を可能にします。隠しオプションを設定する事により、ボディテクスチャ付属の隠毛を、頭髪と同色のものにリプレイスする機能は初期から実装されていました。犯人は隠し機能を知っていたのです」


 これまでの皆の言動から、隠し機能を知り得た人物は一人に特定できた。さらに動かぬ証拠も抑えてある。


「みなさん。既にご存知でしょうが、私は昨夜この場にいる全員とヤりました。つまり全員の隠毛を確認できています」


 場は騒然となった。ケイジは無言で、頭を抱えている。その表情は見えない。


「タフだな」

 フランクは小声で呟いた。まあ、四回結婚離婚を繰り返したヴァンデルアーほどではないと思っている。


「クッソ、やられた」

 オカジマは悔しげな顔をしていた。見た目は子供、下半身はアラサーでしたね。


「ひどいわ! そんな理由で私の童貞を奪ったのね!」

 ベルたんは動揺していた。何はともあれ、ご卒業おめでとうございます。


「てゆーか、俺結局入れてねーし」

 唯一無二のDTキャラも悪くないと思うよ。


 それぞれの人柄が滲み出るリアクション大会がひと段落した頃を見計らって、私は背筋を伸ばし、真っ直ぐに茶色い隠毛の持ち主を見据えた。


「フランク。あなたが犯人です」


 そう、彼だけが隠し機能を知り得たのだ。


 私はオカジマが作ったMODの隠し要素を知るために、オカジマのブログをチェックしていた。そこから彼らが三十歳の男性二人組という事を知る。同様にオチンチンMODの隠し機能を知り得る人物は、私のブログをチェックしている人間であり、私の性別を知っているはずなのだ。


 この村の住人は、基本的に私を「女性キャラクターを使用する男性プレイヤー」として認識していたのだ、ヤるまでは。そんな中で、最初から明確に私を女性と認識していたのは、フランクのみだ。


 一同の視線がフランクに集中する。全員が無言になり、ピリリとした緊張が場を支配していた。そんな空気の中、入り口近くの壁にもたれかかったフランクは、眉ひとつ動かさない。鋼のメンタルなのか、あるいは本心を隠すのがよほど上手いのか。彼はポケットからタバコを取り出して、口に咥えた。


「洞察力がある。おまけに豪胆だ」


 次にフランクはスーツの内ポケットから、ダイナマイトの束を取り出した。しかしどう考えても内ポケットに収納できるサイズではない。実際はコンソールコマンドで取り出したのだろう。ダイナマイトの導火線は既に点火済みだった。フランクは咥えたタバコに導火線で火をつける。


「だが、おしゃべりな女は好きじゃない」


 フランクはダイナマイトをこちらに投げつけた。投げつけられたダイナマイトは、ジリジリと導火線を焼き減らしながら、足元に転がる。


 落ち着け。落ち着いて投げ返せば良い。そう思って手を伸ばした瞬間、閃光と爆風に包まれた。強い衝撃に晒され、自分自身の肉が千切れ飛び、骨が砕かれるのを感じた。フランクはタバコに火をつける動作で、ダイナマイトが爆発するまでの時間を調整し、投げ返す猶予を与えなかったのだ。


 焼け付くような痛みの中、意識が薄れていく。最後に目に映ったのは、テーブルを盾にしてどうにか生存を勝ち取ったフランクの姿だった。


 私は完全に敗北した。


次回、就職エンド

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