とくべつになりたい3ー2
《アニ》
唯が来てから数日が過ぎて唯は篝の反感を買いながらもスキルの優秀さでデバッファーとしての地位を確立していった。
立ち回りの拙さは清人の指示で修正しているから被弾率も少ない。総じて危なげなく戦闘しており唯が参加するだけで安定性がグンと上がっていた。
「………」
私は試練の洞窟のキスの一件から直接胸に杭を打たれたような…激しい胸の痛みに見舞われた。
心が強張って、締め付けると言うより握り潰すような閉塞感を伴って本当にどうしようもなくなる。
…それは、いい。
ただ、戦闘では役に立とうとしても任されるのはジャックのお守りだけ。
全体に幻覚のデバフを掛ける唯には遠く及ばない。
……それも、いい。
けれど…。
視線を右手に向ける。
ーー刻印。
刻印の刻まれた清人の右手から様々な情報を取得している。だから分かってしまう。清人は唯といて快く感じている事を。
清人にとっては以前からーー転生前からの恋人。唯だけを拠り所にして生きてきたから唯に強い思いを抱くのも道理だ。無理も無い事だし、納得出来る。
清人からの視点では唯はツンケンしてこそいるけれど真面目で、好感が持てる人物だ。
私にとってもそう。
唯はツンケンしているが根は働き者だし、綺麗好きでもある。女性像として非の打ち所がない、とまでは言わないがとても魅力的だ。
一緒に居れば良い所は沢山見つかる。
それに比べて自分はどうなのだろう?
戦闘で活躍した経験は最近ではすっかりご無沙汰で任されるのはジャックの護衛くらいしかない。もっと清人を守れる自分でありたかった。だから、現状と理想に押し潰されそうになる。
私はハザミで清人が一に唯の事を話しているのを刻印を通じて知った。
だから、離れたくない、離したくない一心で清人を生き餌に…人を少しだけ辞めさせた。
全ては私に繫ぎ止める為に。
私は『とくべつ』を得る事を命題に生きてきた。
その為なら虐殺だって厭わない。幾多の屍の上に『とくべつ』があるならば、幾らでも殺す。そういうスタンスで今までを過ごして来た。
しかし、振り返れば。私の求めた『とくべつ』の正体を未だに私は知らないままでいる。
『いい?アンタは捨てられたのよ。『とくべつ』になれなかったから捨てられたの』
かつて、『女郎蜘蛛』ししょーはそう言って憐れみながら私を蔑んだ。よく分からないヒトだった。
『『とくべつ』ってなに?わたしはしらないよ?』
あの時、ししょーは餌であると答えた。
それが種族的な特徴なのか、将又ししょーの得た解なのかは分からなかった。
けれど、真に迫るものを感じていた。その真に迫るものがきっと『とくべつ』なんだろう。そう何となく思っていた。
…ムカムカする。
時は深夜、起きているのは篝と一くらいなものでやっている事がやっている事なだけあって宿から抜け出しても気付かれはしないと思う。
気晴らしに散歩でもしようか。
護身用に愛用している二本の短剣、ペインオブノーリターンだけを引っ掴むと寝巻き姿のまま宿を抜けて一人で夜の闇に紛れる。
暗い、けれども月明かりのお陰で案外視界は良好。絶好のシチュエーション。
とーー、夜の散歩の途中、無粋にも一匹のゴブリンが現れた。
生存戦略を第一に考えていた昼のそれと違い獣欲に目を血走らせている。
「犯したいの?」
ゴブリンは当然答えない。けれど鼻息の荒さだけで返答は察せた。
汚らしい。穢らわしい。
「そう、じゃあ」
「その前に体をバラさなきゃ…ダメ」
意識をお散歩から虐待にシフトする。
第二魔素の初手は『水球』一択。
理由はその操作性にある。
座標を固定すれば浮かんでそのまま静止させる事が出来るし、ーー直接頭に被せて窒息させる事も出来る。
清人のように高速で振り切るか、一達の様に先に術者を殲滅しないとまず対処出来ない。
ゴブリンは自身の頭部から取れない水の球に焦り空気を吐き出す。
そうすると今度は酸素が足りない、焦る、もがく、酸素が足りない。
一連の流れをしゃがみながらじぃっと観察する。自分からは手を加えない。
「あれ、もう動かない」
四肢が痙攣して、ピクピクと小刻みに震えている。
嗜虐性が刺激される、綺麗な死体。
手はダラリとして動かず目は苦悶を訴えるようだ。
無垢な子供の残酷な悪戯、例えばカエルのお尻に空気をいれて爆発させたり蜻蛉の羽根を千切ったり。何の必然性もないのにそれをする。ーーその時は、楽しいから。
そんな感じで爪を丁寧に一枚一枚剥いで行く。
けれど、爪なんて四肢合わせて二十枚しかない。
渇きは癒えない。
「もっと弄りたいな」
今度は指を切り落としてみる。
何の感慨もない。無感動だ。
また二十本。
今度は性器を削ぎ落としてみよう、案外気が晴れるかも知れない。
「ん、汚い…」
二十一本。
そうだ、肉を全部剥いで臓物を抉り出して張り付けにでもしてやろう。異端審問ゴッコだ。
短剣を腹部に突き刺そうとした瞬間。
「何やってるんだ、アニ」
声がした。知ってる声だ。毎日聞いている声だ。
私はその声の主を知っている。知っているからこそ脳が理解を拒んだ。
浅ましい自分を見られたくない、私を嫌わないで欲しい。利己的で傲慢な思考が脳にNOを突き付ける。
「い、ゃ」
喉からか細い声が漏れた。
「……大丈夫、じゃないよな。ジャックを起こすってのもな…取り敢えず返り血を拭いたらどうだ?ホラ、ハンカチ」
清人がハンカチを手渡すが、私はそれを取る気力がなかった。生きる気力すら、無かった。
見られた、その後悔だけが今は胸を満たすだけ。
「分かった、拭いてもらいたいんだろ。拭いてやんよ、この甘えん坊さんめ」
キザに、芝居掛かった所作でそんな事を言う。その裏には羞恥とそれを超える心配があった。
『ハンカチを渡すにしろ人気も無いけど柄じゃないし、恥ずかしい。けれど血濡れの私は放っておくには不安だ』そんな感情が刻印を通じて伝わる。
布が頬に当たった。
ハンカチを隔てて清人の手のひらの熱を感じる。
ーー不意に体が熱を帯びた。
ドクンと、一際強く鼓動する。
頭を真っ赤に染めるような吸血衝動。
罪悪感や、背徳感を塗りつぶしたいが為の代替衝動、生存意欲の為のシステム。
ーー快楽が欲しい。
「欲しい…」
無様に強請る。
今は、今だけは血が飲みたい。
清人の身体が干からびる位に。
清人を押し倒す。
そして獣じみた動きで首元に齧り付いた。
ーー甘い。砂糖で出来たお菓子みたいに甘くて優しい味。きっと母親の作ったクッキーとかはこんな優しい味がするのだろう。
いつまでも、幾らでも飲んでいたい。
うっとりと夢心地で清人を眺める。
とーー、背に手が落ちた。
一度冷静になる。
手が落ちた?違う。突き放す為に伸ばした手が血を吸い過ぎて突き放すに突き放せなくなって、力なく重力に従って背中に触れたのだ。
急激に頭が冷える。
清人を見る、顔は蒼白で死人みたいだ。
「ぁ、…ぇ」
ーー血を吸い過ぎた?
清人が、死ぬ?
焦燥とパニックのまま私は半狂乱で清人を抱えてジャックの元へと急いだ。
…私は満足だ。
だが、これがピークだと誰が言えようか。
(いや、言えない)(反語表現)(タッチで差をつけろ)(止まるんじゃねぇぞ)




