クリフォ・カイツール1
俺は椅子に座っている。
真っ黒な背景を背に項垂れていた。
「最低、だな」
「そうだな」
気付けば目の前に幼い俺ーーいや、『杉原清人』がいた。
「打算で未来を開こうなんてゾッとするよな。浅ましいとは思わなかったのか?」
ソイツはそんな事を言うのだ。
「あぁ、常々そう思ってるよ…諭されないと分からないくらい鈍感じゃない」
「だと良いけどな」
そう言うと座る俺の膝の上にヒョイと乗ってきた。
重い。我ながらよくもここまで育ったものだ。
「失敗だったろ?やっぱり唯を選ぶべきだった」
「いいや違う。あれで良かったんだよきっと。ほら……きっと俺はまた唯を傷付けるから」
「それは逃げだろ?」
見透かしたような目が俺を真っ直ぐに射抜いた。
「要するにお前は逃げたいんだ。唯って重責を取っ払って自分は他の女の子とイチャイチャ。唯のアフターケアなんて転嫁して放り出すんだ。そうだろう?お前はずっと唯の家庭事情を知りながら目を瞑った。そのツケがコレなんだよ。お前は自分の事しか考えてない。だから唯が怒るのは当たり前だろ?」
『杉原清人』はこんな目をしていたのか。
カラカラに干からびて、スレた目をしている。
「……」
…違わない。
俺の掲げたモノは逃避で、自分本位のエゴでしかない。そんなものは紛い物、贋作。総じて唾棄すべきものだ。
では、その集積物たる自分は。
「なぁ、男見せろよ。分かってるんだろ?世界を敵に回そうと、世界を滅ぼそうと、それ以外の全てを棄てる選択でもお前は選べた筈だ。それともお前の愛はそんなものか?世界を滅ぼす気概がなくてどうする。唯と同じ秤にかけられるものがあるのかよ。馬鹿」
恋って、何だろう。
「でも、さ。それはダメだ。この世界にだって他人がいる。数億…いや数十億の生の営みと愛のカタチがある筈なんだ。それを切り捨てるのは…」
傲慢だと言おうとした。
「知った事じゃないな。大体、俺を傷付ける他人が不幸になろうが知った事じゃないだろ?大体、お前に唯以外に愛するべきものがあるか?」
ある。…いや、違うな。
あった。
「…お前さ」
「何だよ、唯の以外に何もないだろ」
「ーー馬鹿だろ」
ソイツの言う事は正しい。
けれど短絡的で一本道、視野が狭い。
だから言葉が強く見える。それだけだ。
「あるだろ。両親ーー、ずっと引き篭もる俺を見限らずに精神科に連れて行ってくれた、俺の為に自己啓発本だって買ってくれた。大学の金を出してくれた。学びたい事を学ばせてくれる時間もくれた」
「何を言って…」
「大学の悪友ーー、いつでも相談に乗るって言ってくれた。合コンで馬鹿な事やって笑わせてくれた。日常を、俺にくれた」
「そんな事俺は知らない…」
知らないのも当然だ。
俺は唯が死んでから唯の死を背負って生きる事を誓い、立ち上がれた。
幼い俺には知らない世界だろう。
「旅の仲間ーー、俺にはさ、まだ罪悪感があったんだよ。けど、案外旅ってまだまだ序盤だけど楽しくてさ。やっぱ良いだろ?一緒に猥談したり風呂覗きを計画したりガチで訓練する仲間。背中だって預けられるんだぜ?だから、罪悪感なんて薄らいできてな…」
「この薄情者!!変態!!こんな変態が俺の成れの果てか!巫山戯るのも大概にしろ!!!」
「あぁ、そうだ。けどさ、旅は楽しいぞ」
喧嘩した、戦った、勝った、負けた、逃げた、走った、笑った、泣いた。
酒を飲んで、酔って、吐いて、野球拳してまた飲んで、食って、寝て、クソして。
思えばこんなにも濃い時間を俺は今まで体験した事が無かった。
兎に角楽しかったんだ。
「じゃあ唯はどうなる!?お前は棄てるんだろ!?じゃあ…じゃあッ!!?」
「あー、いや。その件なんだけど、さ」
完全に除外した可能性。
人道的にアリか、ナシかで言ったら圧倒的にナシなアイデア。
「どれだけ詰っても良いんだけどさ」
「……ハーレムって知ってるか?」
静寂が訪れた。
耳朶を響かせるのは俺の心音だけ。
「は?」
遅れて幼い俺は心底呆れたように吐き捨てた。
「…旅を続けつつ、唯を救済する事を考えるとこうするしか無いだろ」
「まさか俺がこんな事を言うなんてな…見損なった。クズ。それに何だよ救済って、何様のつもりだよ。唯は『私だけ』を見てって言っただろ。それじゃ、まるで救いにならない」
「かもな」
「じゃあッ!!」
「ーーきっと答えは無いんだ」
その言葉は気付いたら口から漏れていた。
「きっと何が正しいとか無いんだ。あっちが立てばこっちが立たない。そんな物ばかりだ…でもここは異世界。ゲームでもありリアルでもある。だから、体裁とか外聞とか気にしないで一歩を踏み出せるんじゃないかって俺は思うんだ」
「何なんだよ!!ワケ分かんねー!!」
「俺はこっちで人を殺した。猫じゃ無いんだ。地球とは通すべき筋が…ルールが違う世界なんだよ。それに適応出来なきゃ死だ」
「んだよ!!フザケンナ!」
「それに……やっぱ俺、唯も仲間も大好きなんだわ」
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「幻覚は、それで終わりか?」
唯の瞳が驚愕に見開かれる。
「嘘…私の幻覚から抜け出すなんて」
全く、いじらしいものだ。
俺の答えに満足いかないから満足できる答えを押し付けた。その結果があの幻覚。
「ま、そんなもんだよ。夢オチだって異世界だしザラだと思わないか?」
「…そう」
「その手で仲間を殺さないと分からないみたいね」
「殺さない。唯も、仲間も」
「…私、清人のそういう飄々としたトコロ嫌いよ。それを見ると憎くて仕方なくなって心がドス黒く染まって」
憎憎しげな目を俺に向ける。それは自己防衛の為か、それともーー。
「それもこれで終わり。不均衡外殻の醜態」




