クリフォ・シェリダン2★
「俺もだよ、全く。本日も良いお日柄で」
相変わらず唯の姿は見えない。
けれど確かにその存在を感じる。
「月が綺麗ね」
夏目漱石はかつてI love youをこう訳したとか。しかし、今回のニュアンスは正反対で。
まるでーー無理心中をするかのような悲痛な覚悟が滲み出ていた。
「で、見た目はどうにもならないか?」
するとつま先から徐々に背景を引き裂く様に可視化された。
華奢な足に似合う黒いパンプス。
チェック柄の制服を年相応の胸が押し上げているのを見ると性的な部分を意識してしまいそこから暴行に思考が飛ぶ様で罪悪感が生まれた。
首元からチョーカーが覗くのが艶めかしくもある。
彼女は背徳感の塊のようだ、とも一瞬だけ頭をよぎった。
「久しぶり、唯。相変わらずだな」
形の良い卵形の輪郭、ほっそりとした白い指。
その面差しーー。
間違いなく彼女だ。生まれ変わっても彼女は彼女だった。
「ありがとう清人」
喜色を浮かべるその顔の瞳だけが何も映さないみたいで。
胸が、痛い。
「で、復讐だったか。俺になら好きにしろ。ただ、仲間には手を出すなよ。自分の事は自分で。それがケジメってヤツだろ?」
「ヤダ」
「だって、清人は今ですら自分が傷付こうが他人事じゃない。いいえ寧ろ罰を受けていると思って受け入れてる。タチ悪いと思わない?そんな奴をいたぶっても私は楽しくないわ」
ーー他人事。
ゲーム感覚とも似ているか、将又同一視しているだけか。
一度死んでも現実感がまだ無いと、そう言うのか。
「いやいや、それは誤解。痛いものは嫌いだし、避けたいと思ってる。他人事は無いと思うぞ?」
「はぁ…だから清人は痛々しいのよ…壊すならあなたより仲間。これは半ば確定事項だからね
俺には元より彼女を止める術を持たない。
だからスキルを使われる前に唯ごと一緒に吹き飛ぶしか手が無い。
再び体を壁に打つけた。
肺の中の空気が掻き出されるような不快感に顔を顰める。
唯を抱き込む形で加速をしたため唯の顔がとても近い。
吐息は僅かに耳に掛かり、心音すら聞こえそうなくらいだ。
所謂ーー壁ドン。
「…ねぇ清人。仲間を裏切って」
蕩かすような甘い声だった。
「なっ!?」
「私と一緒に居たいから生き続けたんでしょう?…私が生まれ変わる可能性を信じたから無理矢理生きたんでしょう?……私を探すために多数の女の子と付き合ったんでしょう?」
悪魔のような甘い囁きについつい耳を傾けてしまう。
「清人の後半の人生は私の生まれ変わりを信じてなければ破綻してる。それでもずっと探してくれたんでしょ…?面倒に巻き込まれても、人が死んでも、自分が不幸の遠因になってもそれだけを頼りに笑ってたんでしょう?」
「な、に…を」
泣きたかった。
俺は確かに生前は唯の為に生きた。
唯を探す為に生きて、他の女の子が唯のような言動を取る度に少しだけ救われた気分になって…それ以上の自己嫌悪に陥った。
唯だけを見て、考えて、想って、探して、悔やんで。
唯との写真を見なかった日は無いし、毎日の合掌を忘れた事はない。
誓いがあったのだ…。
でも…。
それでもッ…!
これは二者択一、二者選一、二つに一つ。両方という驕傲も、強欲も介入する余地の無い究極の選択。
しかもやり直しの効かない一度きりの問い。
「ぐっ…」
動悸が早まる。
確かに生前はそうだった。
でも今は違うはずだ。
ジャックがいる、アニがいる、一がいる、篝がいる。
頼れる仲間達と旅をした大切な記憶。
そしてーーオルクィンジェを救いたいという願いーー使命がある。
誓いか、願いか。
昔か、今か。
俺は今までの出来事で変わりつつある。
けれど、それは果たして正解なのか。
俺は今でも…唯が忘れられない。
俺はやはり唯が好きだし一緒に居たいとも思っている。
「清人、私と居たく、ない?」
居たいに決まってる。
だけど俺には…俺は…。
「俺は、仲間を裏切れない。だってそんな男、唯の隣に立つには不足だろう?」
「じゃあ私を選ばないのね…?」
「憎んでも構わない。でも俺さ、今の感じ気に入ってるんだ。多分その中には唯は混ぜれない。混ぜたら多分…壊れてしまうから。微温湯みたいな今が気持ち良いんだ」
肝心な事を忘れていた。前提を間違えている。
俺は誰だ、杉原清人だ。
大甘ちゃんでハッピーエンド至上主義者だ。
これまでの状況で大団円で終わる結末はもう思い付いた。
それが痛みを伴っても構わない。
それが俺の最善、…エゴだから。
「旅に出ると、さ。沢山色んなモノを見れるんだ。新しい飯に新しい景色。本当に色々な」
「……」
「俺は唯が好きだよ。でも、仲間の方が大切だった。何故だかわかるか?」
「……」
「旅だよ。旅が俺を変えたんだ。共にいる時間は短くても尊重し合える関係性ってさ、実は奇跡みたいなもんじゃないかなって」
「ふぅん」
「俺たちは此処から出て旅を続ける。復讐したいなら必然的に旅をするしかないよな?」
俺は未練の一切を棄てる選択をした。
理屈では、口では棄てるとしながらも胸の内は切なさで満ちていた。
自分の恋愛を裏切り、挙句彼女を放棄したのだ。
「それに」
こんな台詞、言いたくない。
「唯にだって仲間は居るだろ?」
断腸の思いだった。
ジョイド。
転生者の少年。
唯の事を少なからず好ましく思っているのは感じていた。ならばインスタントにくっ付ければ良い。どれだけ俺の心が痛むとしても結果は最良になる。
ーー俺は最低だ。
「はっ、ははっ…」
「はーー、冗談じゃない」
「なっ!?」
「あなたの言った事は綺麗事よ。自己保身に過ぎない。本当、つまらない」




