決意と試練のアステリズム1★
…鬱回。
唯が清人を憎む理由が分かります…。
《杉原清人》
「……」
「……」
遂に会話が消えた。
あれから俺たちは幾度となく腐乱死体を杖で殴り殴り、殴った。
けれど一向に先には進めず、ひもじさと疲労感からかパフォーマンスも右肩下がりで被弾率も飛躍的に増加。止血が出来ないから傷口を焼いたらあら不思議、俺は完全に痛々しい皮膚になってしまった。
水泡をつけながら戦闘をすれば当然潰れて跡が残る。
俺はボロボロだった。
ジャックもこの半監禁生活に萎えてきたのか蔦がしなびてきた。動きは一層重々しく、俺なしではほとんど動かない。
どれだけの日数をここで過ごしたのだろう。魔素師の過食傾向のせいで日数感覚も当てにならない。
残りのメンバーは無事だろうか。一がいるからある程度は安心だが、残りは強いとは言え女の子だ。これよりも酷い物量や他人の悪意に晒されれば最悪死ぬ。
いや…十八禁的な展開すらもあり得る。一は妻帯者になったばかりだ、新婚気分でそんな事に遭遇すればきっと道を踏み外す。
どうにか先に進まねば。
こんな死に体の俺だが小癪にも走り回る事位は出来るはずだ。
「……」
機械的に死体を処理していく。
肉。
目の前に肉がある。腐った生肉。それも人の。
焼けば食えるだろうか。最近のジャックは水以外口にしていない。
腐った人肉でも炭化する位焦がせばジャックも口にするだろうか。
焦げは発がん性だった気がするが相手は神だ、多分大丈夫だろう。
ジュウジュウと腐肉を焼く。
臭い。
臭いは焼肉ではなく火葬場のソレだ。食欲も無くなるどころか吐き気すら覚える。
変化が欲しい。
出口のない迷路ほど苦しいものはない。
「ジャック、また鼠を狩って来るよ」
シキミの匂いがする一角を後にして戦地に独り身を投じる。
そこには性懲りもなく腐乱死体が群れていた。
「…『単一加速』」
節約気味の加速で杖を振るえばどこかから臓物が零れる音がした。
煩い。
幾ら杖を振るっても耳障りなノイズが消えてくれない。
だからもっと杖を振るうけれどノイズは増すばかりだ。
虚しくなって腐乱死体の腹部を蹴り飛ばす。
あの感覚が近づく感覚があった。かつて『暗いドア』と、そう呼んだ物だ。
体が火照る。蹴った足先の感覚が鋭敏になってジンジンジンジン、ジクジクジクジク。
爛れるよりも熱く、研ぎ澄まされていく。
倒れろと何度も蹴り飛ばし、何度も打擲を受けた。ステゴロなど御免被ると思っていたが熱に浮かされるがまま素手でも殴り続ける。
…楽しくないな。
溜息が漏れる。パンチングマシーンはストレスを解消する為にあるのであってストレスを溜める為には無いのだ。
だがーー腐乱死体を減らした先に見えた少しの光明は見えた。
腐乱死体のその先に敵がいない一角をようやく目視出来たのだ。ジャックを担いで走れば二人でも到達は可能だろう。
下見を兼ねて行く以外に選択肢は、無い。
■■■■■■
「賽の河原か…こりゃまた随分と悪趣味だ」
その他一角には石が積まれていた。相変わらず暗いがヤケにそれだけ鮮明に目に焼き付いて仕方がない。
心なしか赤ん坊の声さえ聞こえてくるようで一層気味が悪い。
不意に頭がズキリと痛んだ。
何か大切な事を忘れている気がする。それも、生前の事柄で。
ここに来てから何かがオカシイ。もしかして知らぬ間に何かしら地雷を踏み抜いてしまったのだろうか。
「…魔獣」
とーーどうやら先ほどの泣き声は幻聴ではなかったらしい。
赤子のような見た目の怪物がそこにいた。
その怪物には杭が…否、スプーンのような…何だろう。棒と輪っかがくっついたような奇妙な意匠が施されているものが四肢を縫い付けていた。
名称は…ジャックが居ないと分からない。性質も同様。やはり現地語はジャックに限る。
「でも見た目は明らかにジャック案件だよな」
それは断続的に血を流していた。
その姿は嫌悪感と同情を表しているようで気分がささくれ立った。
おぎゃあと泣けば何故かいら立ちが募る。
オカシイ、俺は知らない筈なのだ。見ていない筈なのだ。
ならば、どうしてこんなにも憤怒が止めどなく溢れるんだ?
誰か教えて欲しい。
無知を嘲笑うように赤子は笑う。
思い出せ!
引きずり出せ!
「…キュレット?」
知っている、知らない。相反する二つがせめぎ合う。
キュレット、って何だよ。
いや、一度だけ親に聞いたことがある。
見たこともある。
そう、赤子に突き刺さる杭は正にソレだ。
『お母さん』
『何、清人』
『キュレットって何』
俺はこの先の展開をハッキリと覚えている。
『どこでそんなことを覚えて来たの!!』と母さんに怒られたんだ。
記憶の奥底に封印していた『杉原清人』の記憶。
キュレット、それは…人工中絶手術で用いられる道具だ。
他にも歯科で用いられるが…母さんは真っ先に人工中絶を連想した。だから俺の頬を叩いた…んだと思う。
思い出すな、思い出すな。
そこから先は闇だ。
あれだけ厳重に仕舞ったはずなのに、とんとんとんって釘を打って開かないようにしたのに。
けれども意思に反して脳は思い出してしまう。
何故母さんが真っ先にそれを連想したのか。
もしかしてそんな知人がいたのかも知れないがーー。でも違う。
その晩。俺はトイレに起きて、リビングに煌々と灯る明かりを見て何となく盗み聞きをした。
『あの家とお付き合いは絶対に反対だわ。清人の為にならないもの』
『…でも清人は友達がいないんだ。仕方がない。児童相談所にも連絡はしたが…』
当時は意味が分からなくって、漠然とした不安だけがあった。
けれど今の俺は理解している。
『あの家』がどの家を指すのかも。
児童相談所に態々連絡を取った理由を、俺が彼女の死後に酷く詰られた理由を。
俺は全部を知っていた。
時系列を整理しよう。
俺の転校から彼女ーー高嶋唯との出会い、これが小学五年生。
この時点で彼女は不思議…違う。空虚だった。虚ろな目で空を見ていたボンヤリと。まるで空に何かを思い描くみたいに。
中学に入学した。
彼女は虐められた。内容は?
悪口を中心に殴る蹴る…見てはいないがアザからそう判断した。
でも悪口の内容は良く覚えている。
『この淫売!!』『メス豚!!』『性悪猫!!』
決まってそう詰られていた。その場を俺は何度も止めて、先生に相談もした。
けれど、一向に良くならなくって歯がゆい思いをした。
ジャックには唯の家庭内暴力についても言及した。
けれど、家庭内暴力が始まった時期については。
俺 も し ら な い 。
もし仮に。
性的虐待を幼い頃から受けていたならば?
幼い頃の性交は死の危険すらあるし、妊娠するなんてあれば…。
その上…ああ!!忌々しいッ!!!
キュレットは唯の家にあった!!!
望まぬ妊娠を強いられ、人口中絶手術をあろうことか素人が行い!!
死を恐れない蛮行!!
まるで正気の沙汰じゃない。
推測でしかないが辻褄は合う。
「そっか、それは恨んで当然だよな」
唯が俺を恨み、憎む原因はごまんとある。
何も知らないで隣にくっついてニコニコと笑う男。
ただそれだけでどれだけ罪深いのだろうか。
普通の親がいて、当たり前の生活がある。
それがどれだけ妬ましかった事だろう。
眼前の魔獣を見据える。
敵意も殺意も無い。そこには怯えがあった。
「…悪い。お前には何もしてやれない。俺はここを去るから。それで勘弁して…せめて幸福な夢でも見てくれ」
「あっれれー!!まあまあ、貧弱な勇者サマだことさ」
「誰だ」
「ボクだよボク、ボク。分からないさ?」
「ボクは墓守のジョイドさ。ところで杉原清人、ここで死んでくれない?」
「この、ボクの為にさ!!」




