ダンジョンを攻略しよう3
息をゆっくりと吐き、膝から崩れ落ちる。
「また会おうではないか、蘇りし魔王よ。次には私を前に震えぬと良いな」
そう言われて自覚してしまった。
足がどうしようもなく震えている事に。
あの瞬間、俺は死ぬかと思って恐怖に震えた。心臓は未だにドクドクと激しく波打っている。
「清人…?」
ジャックが心配そうに声を掛ける。だが、返事すら出来ない。シュヴェルチェが去っても尚余裕が無いのだ。
ハアハアと荒い息遣いだけが重苦しく場を支配する。
一も篝も一言も発しない。
彼らも感じたのだろうか。…あの『死』の恐怖を。
「清人、取り敢えず進まない?」
「あ、ああ…」
アニがへたり込む俺の手を引いて先へ促す。
「…すまないの」
「別に一が謝るような事じゃ無いだろ」
「…こう言うのは傲慢やろうけんど、ワリャはあんさんが弱いことを十分知っとったつもりや。別に守るべき対象とは見とらんけど脆さは理解しとった。せやからワリャが手助けをして行こうと思っとった。けんどな…」
「すまんのぅ…。言葉が見つからん。けんど…。けんど…。あんさんが生きとってくれて嬉しかったわ。また親友を失うのは怖い…」
「一…」
「…湿っぽいのはここまでや。さっさと目当てのものを見つけて、酒飲んで忘れよう。な?」
「だな…どっかにお神酒でもあったらくすねるか」
「神としては非常に複雑なんだけどねぇ…神の前でお神酒を盗もうとする馬鹿がいるとは思わなかったよ…」
冗談だ、と笑えば雰囲気も払拭されていつもの空気に戻った。
これがリアル。
ゲームの戦闘で瀕死になってもどうせ回復出来る、ゲームだから一回一回の戦闘に集中をしなくても良い。
だけど、ゲームマスター兼ラスボスは遊戯だと言った。
俺は多分認識を間違えたのだろう。思えばゲームではないというヒントはそこかしこにあった。ゲームで手のマメが潰れて動き難いことがあっただろうか。
だからきっとこの世界は現実なのだ。
あいつが本当に言いたかった事は現実を楽しめと言う事だったのだろう。少しだけ意地が悪いと思う。
強くなりたい。
もう、震えるのは嫌だ。かっこ悪いし、何よりーー。
アニをちらりと覗き見る。戦いが終わってもまだ凛とした横顔が視界に広がり自然と頬が熱くなる。
…男なら女の子を守れるくらい強くならないとな。
「うっし、改めて気合い入れないとな」
だからせめて今は笑顔を繕おう。
負けてしまったが次はボコボコにするのだと意気込んで。
そう考えると今回の敗北は良い薬だった。まだ見ぬ強敵。新しい仲間。新しい武器。新しいスキル。
気恥ずかしいけど。
これもロマンだと思えば案外面白いのかもしれない。
「さあ、入るか…サマタグに!!」
意気込みながら門を開け、足を踏み入れた瞬間ーー視界が暗転する。
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「痛いな…ここどこだよ」
「僕の上からどいて欲しいねぇ」
尻の下にゴツゴツとした硬い感触があった。よくよく見ると見慣れたカボチャ頭ーージャックが俺の下敷きになっていて呻き声を上げていた。
「悪い悪い」
急いでどいてやるとジャックは首をコキコキと鳴らしながら骨の腕を伸ばした。
「うーん、分断されたみたいだねぇ。でも内訳が僕、君。で、あっちが一、篝、アニなのかな?これ戦力偏ってるよねぇ明らかに」
「取り敢えずは合流目指して探索か。なんかひと昔前のB級アクション映画らしい展開になって来たな」
「案内するよ、僕は案内人だからねこういうシチュエーションには滅法強いんだ」
周囲は薄暗いが真っ暗ではないのは幸いだった。
死者の楽園、墓守の領域で真っ暗など御免だ。流石に怖いし。
とは言え、岩の壁に一面を囲まれており目立つのもは墓ばかりで気味の悪い事には変わりない。
「気味が悪いな…。あんまり長居はしたくない。早くここから出ないと」
それに墓場特有の臭いがするのだ。
ーー仏前に備える物の臭いにも似ている。
「ん?何でこんなところに八角があるんだ?」
臭いの元を辿ると八角に似た形の実を見つけた。流石に地球とよく似た世界だ、配置場所は解せないがよくよく再現されている。若干形が違うかもしれないがそこは異世界補正と言うものだろう。
「八角…?あ!清人待って!」
慌ててジャックが八角を取り上げてしげしげと眺め始めーー溜息をついた。
「やっぱりそんなことだろうと思ったよ!」
かと思えばいきなり怒鳴り始めた。
「清人、これ八角じゃなくてシキミだよ!」
「シキミ…?」
「コレ、多分転生者メタのつもりなんだろうね…。シキミはアニサチンを含む毒物だよ。八角と間違えて食べたら最悪死ぬし、この世界で八角は高価っぽいからコレで金儲けと考えたら中毒者を大量に出す事になるよ」
「えげつないな…けど毒なら毒で使いようはありそうだ。途中でトリカブトとか採取してそいつで戦えないかとか考えてたからなぁ…毒物の知識が偏ってるから止めたけど」
「そうだね。この世界は理不尽なデストラップが無い代わりに地雷があることを念頭に置いて堅実に探索すべきだって事かな」
認識の甘さを再認識しつつ、そこはかとなく不安を感じながらも俺達は先へ進む…。




