黄昏の後奏曲3
《杉原清人》
「ここは…どこだ?」
幾多もの星々の光が煌めき、上下左右も覚束ない。言うならば銀河。そこに俺は居た。
「お久しぶりです杉原清人。どうです?ゲームを楽しんでいますか?」
星々の煌めきの間の闇からそいつは出てきた。人を食ったような飄々とした態度。
ただ立っているだけでまるで蠢いているかのような威圧感。それでいて自然体で、底知れないとは正にコイツを示す言葉だと思った。まるで沼のようだ。
「ニャルラトホテプ・サーバー」
何時もの悪戯好きそうな笑顔で俺に向かって恭しくお辞儀をした。
「えぇ。私はニャルラトホテプ・サーバーです」
「この空間は何なんだ。ゲームマスターの癖にもう詰ませに来たのか?」
少しの苛立ちを露わにしながら皮肉ると、まさかと彼はー笑する。
そんな事よりもっと楽しいし重要な事だ。とも言った。
「取り敢えず簡易ドリームランドですが如何でしょうか。背景のオブジェクトは割りかし気合い入れてみましたが…。楽しむ余裕は無いと。まあ良いでしょう。ここに貴方を呼んだのはちょっとお話しをしようかと思ったからですよ」
背景のオブジェクト。…星か。
死んだら人はお星様になるって話を両親にされた事があった。幼稚な話だがあの時の俺はそれだけ見るに堪えないくらい酷かったのだろう。本当に、苦い思い出だ。
だが、あくまで俺の得意技はポーカーフェイスなのでそんな事はおくびにも出さない。
ゲームマスター相手に無駄だというのは先刻承知だが。
「で、お話しってなんなんだ?」
おお、そうでしたね♪と楽しげにリボンをウネウネとくねらせる。
気持ち悪い。だが、直々にお話しと言うのも気になる。
何でもアリのゲームマスター様だ。
今更洗脳とか弱体化とか、つまらないことはきっとしないと思う。多分、メイビー。
「まぁ立ち話もアレですから散歩しながらお話しでも。どうせ夢ですし疲労はありませんから」
はぁ、とやる気なく彼について行く。
案外星の間を歩くのは新鮮なものでプラネタリウムに飛び込んだような気分になる。
流星とかこんな感じなのだろうか。
結構楽しんでる自分がいて、何処か負けた気がした。
「あなたはーー高嶋唯さんが本当に好きだったのですか?」
唐突にそう言われて冷や水をかけられたような気がした。
数秒前の浮かれた気分は霧散して、急に現実に引き戻される。
「…ピーピングし放題かよ」
悪態を、つくしかない。
「で、答えは」
「……そうだよ。俺はずっと唯だけが好きだ。今までも、多分これからも」
「でも悲しい話ですよね」
その時、彼の顔が見えなくなった。
泣いていたのかもしれないし、無気力な顔をしたかもしれない。或いは笑っていたとも。
「高嶋唯さんは貴方を憎んでいる」
「…そっ、か」
「おや?あまり傷付かないようですね?理不尽とは頑張ったから起こるものだと私は考えています。正当な行為、努力を踏みにじるから理不尽なんです。にも関わらず貴方はそれを認めた?」
そっか、だけで済むような話ではない。
脳が理解を拒んだのだ。
理不尽を許容したのではない。
決して。
しかし…。
果たして『俺』は高嶋唯の事をどれだけ知っていただろうか。
俺は何故唯に憎まれているのかが分からないのだ。
それは…きっと今まで唯を神聖視して彼女自身を見ていなかったから分からないのかもしれない。
冷静に立ち返れば俺は唯の死後、女の子と一切付き合わなかった。それこそ死ぬまで。
それは何故か。
離婚した人だって再婚はする。
片割れを失った人でも新しい最愛を別に求める。
そんな中俺だけが女々しく停滞してる。
その理由はーーこれは愛とか恋とは明らかに別種のもの、狂信、盲信、熱狂。
そう言った類のものだったからに他ならない。
十字を背負って生きるのが怖いから、逃げに逃げた成れの果て。
それが、俺だ。
いやーーだから憎まれているのかもしれない。
「まあ、私はどちらでも構いません。聖職者だろうが狂信者だろうが。ゲームは楽しむべきものですから♪」
あくまでも快活にニャルラトホテプ・サーバーは笑ってみせた。
「あぁでもーーー」
「主人公なら張り合いのない真似…まさか見せる訳、無いですよね?」
「!!?」
抑揚の無い声が。
それでいて怒気を孕んだ声が俺を突き刺す。
クヨクヨする暇など無いのだと。
結果を出せと。ラスボスが手ずから喝を入れに来た。
馬鹿げてると同時に空っぽになった心がまだまだだと、負けちゃいないと、そう再三叫ぶのだ。
「私はラスボスですから。腑抜けた主人公は嫌いです。私に挑むなら最高の仲間と、磨いた技と、強い心。その全てを用意して下さいよ。貴方はこのゲームを人狼と言いましたが、それは間違いです」
「ニャルラトホテプは常に黒幕、世界を半分渡す側です。ですから貴方が堕ちさえしなければ努力は報われるでしょう。ゲームマスターが保証します」
意外だった。
彼ならば仲間に他のニャルラトホテプ・サーバーを仕込んでオルクィンジェのときみたく裏切りと絶望を与えて楽しもうなどと考えているものだとばかり思っていた。
「俺にとって理不尽じゃない世界…?」
ええ♪と心底楽しそうに肯定した。
「けれど仲間を作ったりする努力。技を磨く努力。努力を怠る理由にはなり得ません。全力で掛かって来なさい」
ニャルラトホテプは俺に挑戦状を叩きつけた。
即ち、殺してみろと。
「まだ色々と整理が付かないけど俺はお前を打ち倒す」
「それでいい」
夢が覚めるーー。
当然だ。覚めない夢は無いし、開けない夜は無いのだ。
だから。
「ありがとよ」
俺は小さく呟いた。
「俺はきっとお前を打ち倒す」
ニャルラトホテプは薄く笑った。
「さぁ、ゲームを楽しみましょう」




