黄昏の後奏曲2
《杉原清人》
『何を見ているの?』
その女の子はずっと上を向いていた。
俺は上を向いても青空しかないからつい尋ねてしまった。
『空。だって綺麗じゃない』
夏の暑い日に茶色みがかった髪がふわりと靡いて、焦げ茶色のアーモンド形の瞳が露わになった。その顔は一生…今でも忘れた事はない。本当に綺麗だと思った。
多分これが『杉原清人』と高嶋唯との最初の出会いだったと思う。
同時に苦い初恋の始まりでもあった。
俺は東海地方の半ば田舎みたいな所に住んでいた。とは言えコンビニは近いし、本屋もゲーセンもある。
けど家を一歩出れば真っ先に見えるのは田んぼな訳で。やっぱり田舎なのだと思った。
けれど、元からここに住んでた訳ではなく父の転勤に合わせて引っ越してきたのだ。
それでご近所にご挨拶に行った時に唯と出逢った。
唯は不思議な女の子だった。
小学校ではツンケンした態度で浮いていたし、時々凄く怖い顔を見せたからクラスでも孤立していた。
俺も転校したばかりで友達が居なかったから同じようにひとりぼっちの唯と過ごした。
他の男子には散々冷やかされたけど、冷やかす事は悪い事だと思ってたし離れる事は唯に失礼だと思ったから。
だから俺は唯とずっと一緒に居た。
『私の事は唯って呼んで。私も清人って呼ぶから』
『良いよ。何か親友っぽいし!宜しくね、唯』
『宜しく、清人』
あの時は良かった。
唯がいつも一緒に居てくれたから。
『ねぇ清人。私の事…好き?』
『…うん。何だか恥かしいね』
『そっか…』
中学の頃から段々俺たちは彼氏彼女みたいな感じになった。
唯のファンシーショップに付き合ったり、カラオケ行ったり、お昼を一緒に食べたり。
正直、俺は唯に惚れてた。
初めて会った日からずっと唯が好きだった。
唯から貰った手編みの赤いマフラーは死ぬ直前まで使ってたくらいだ。
それは置いとくか。
唯は同時に女子の付き合いがなくなっていった。当然だよな。
ツンケンしてて、彼氏持ちで。他の女子も嫉妬してたんだ。
実は俺モテたからな。文系だけど動けるタイプの文系だったし、頭も悪くない上に見た目は見ての通り極端に良くも無いけどそれ程悪くないだろ?
だからかな。
いや、見た目の話じゃなくてさ。
唯は女子に虐められた。
本当、一の話した事があんまりにも似てたから驚いたよ。
だから、さ。
一が話してる最中に共感して目を背けたくなった。寝たフリも辛いんだぞ?
ただな。
唯は強い女の子で虐めには屈しなかった。勿論、俺も陰ながらアシストしたよ。
問題は別にあった。
…唯の家庭には家庭内暴力があってな。
唯の両親が酷かったんだ。
『私は家族と戦ってるんだ』
唯は度々怖い顔でそんな事を口にしてた。そんな事を口にする彼女を俺は痛ましく感じていた。だからせめて家にいる時間を減らそうと外に連れ出したりした。
独りで辛いなら、傍にいて二人になれた方が良いと思ってたからな。弓矢だって一本なら簡単に折れるけど二本同時なら折るの難しいだろう?そう言う理屈だ。
でも、結果論それは間違いだった。
何時も通り俺は夕暮れの公園で唯と猫で遊んでたんだ。真っ黒な猫でみゃあみゃあ鳴くいてるのを聞くと何だか癒されてな。その頃は俺も猫派だったし沢山遊んだよ。『クロ』って名前付けて可愛がったさ。
でも、クロが唐突に道路に飛び出してーー。
「轢かれたのかい?『クロ』を庇って彼女が」
…そうだ。
『クロ』を庇って唯が轢かれた。
当時携帯を持ってなかったから近くの人に泣きながら救急車を呼んでくれって頼んだ。頼んだけど…唯は轢かれた拍子に後頭部を強打して搬送した時にはもう手遅れだったよ。
その日を悔やまなかったときは無い。
多分『暗いドア』…『門』に魅入られたのはその時から…だと思う。
あれから吐け口のない憎悪は止めどなく溢れたんだ。だから…唯が死んだ遠因になったクロを吐け口にしたんだ。
分かってる、原因は連れ出した俺にあるって事ぐらい。
クロに向かって蹴ったよ。何度も何度も何度も。鳴いても、ヨロヨロになっても蹴ったよ。
でもさ…それでもクロは俺にすり寄って来たんだ。
けれど、俺は憎悪のままにクロを殺した。
名前付けてたんだぞ…?
可愛がってた俺たちの親友なんだぞ?
それをこの手で殺したんだ。狂ったように泣いたさ。
唯の親からは人でなしって詰られたよ。でも俺に反論の余地は無かった。当たり前だよな。
俺が原因で唯は死んだ、クロは俺が殺した。これを人でなしと言わずして何て言うんだ?
もう嫌だった。好きな人はいないし、友人もいない。俺を非難する言葉で溢れて死にたくなったさ。
結局俺は自殺せずに安易に…インスタントに引き籠った。
けど…多分死ぬのは唯が許さない気がしたんだ。だから無様に生きて、生まれ変わった唯にまた出会えるように女の子を愛し続けようって決めた。だから、泣きながら暴力を振るって、そんな俺を最低だと笑いながら遮二無二生きた。
唯と同じ女の子のために。
女の子のふとした所作に唯っぽさが見える気がしてな。
多分…女の子に備わる普遍性ってやつを俺は求め続けてるんだろうな。きっと。
「そっか…」
「……」
「あ、興味本意の質問良いかな?」
「何だ?」
「それを踏まえた上で君はを蜘蛛をどう思ってるんだい?」
「それは…」




