とくべつになりたい2ー5
アニに終始押し切られた俺はおでん屋を後にして空き地に出た。
「強くなったよね、清人」
唐突にそう言われた。
耳に心地よく響くが実際は違う。俺は弱い。
ずっと負け続きで伸されている。
アニは買い被り過ぎだ。
「さすがにそれは無いな。確かに第二魔素は使えるようになったけど他にスキルは増えてないし、それに…」
人差し指でその先を制された。
「卑下しちゃダメ。清人は強くなった。私が保証する」
そんな台詞を喜ぶ自分がいてーー。
それを酷く俗だと非難する俺もいる。
それに『攻略されている』とも。
俺は…矛盾するようだが誰とも付き合わない状態を絶対に守り通したい。特に恋愛感情とかは遠ざけたい筆頭だ。
だが、その理由を知って尚も付きまとわれては困ってしまう。
俺には償わないといけない事が沢山あるのに。
「それは本当に?」
「…何がだ?」
「清人は本当に償わないといけない事をした?」
「それは、清人が罪悪感からそう思い込もうとしてるだけ。違う?」
「!?」
図星だった。
だが、何にしろ俺は救われない。
だって俺はーー。
「二重ーー」
「言わないでくれ…頼む」
罪悪感がずっと消えないのだ。
だから誰かを無理矢理助けて、恩着せがましくして悦に浸っていたかった。
ーー背負うべき十字架が欲しかった。
最低だろう?だって俺は…俺は何も出来なかったのだ。■が死んだ日だって、猫を殺した日だって、■■■■が死んだ日だって俺は何もしていない!
そうだ、いつも駄目だった!
この手はいつも助けたい何かに届かない!!
だからせめても償いをしたいのだ。
それがどれだけ歪で俗であっても俺はそれしか選べない。
「…悪い」
「良い。のーぷろぐれむ」
アニは何ともないような顔でサムズアップしてみせる。
その顔に救われーー?
近い。
今気付いた。
距離が異様に近い。
「私は…清人は自分を大切にしなさ過ぎるように見える」
ゾクリと形容し難い恐怖が背中を駆けた。
「……」
「自分を変えるって大事な事。例えそれが現状に対しての逃げに見えても指針は変わる。でも…それはとても難しい」
耳元で蕩かすように囁く。
その声は甘く、痺れるようで動悸が早まる。
「だから。私が清人を少しだけ変える。…今じゃないけど清人は私がきっと助ける。約束する」
「うっ…」
右腕が熱い。
いや、それより。
首元が熱い。
沈香に混ざるこっちに来てから嗅ぎ慣れた血の匂い。
『『女郎蜘蛛』、『男殺し』、…んで『一方的略奪愛』分かるか?全部そいつの二つ名だ。奴はシッパーレ・アモーレ・ニードに育てられた…モンスターなんだ。奴は理想の番いを探し求めて人間にも関わらずシッパーレ・アモーレ・ニードと同じように行動するんだよ』
『『シッパーレ・アモーレ・ニード』は雌型の蜘蛛のモンスターだ。雌しか存在しないその生態はゴブリンとは真逆、男性を見繕っては殺し見繕っては殺し、生涯に一人だけの本物…生き餌兼繁殖相手を探すんだそうだ』
アニと出会う前にエンゲルが言っていた事を遅まきながら思い出す。
生き餌。
アニはシッパーレ・アモーレ・ニードと同じ行動理念があるのは分かっている。
では、まさか?
俺が生き餌?
「や…め」
白い喉が俺の血を嚥下していく。
口元から微かに垂れる紅い色彩は白い肌と相まって背徳的だ。
女の子に殺されるならば本望ではあるが、目的を果たせずしておちおちと死ぬ何て許し難い。
だが、俺は制止出来ない。
禁断の果実を齧ってしまったような快楽が、生き餌になる悦びが制止をさせない。
「!?」
とーー今度は抜かれる感覚とは真逆の感覚が身体中に走った。
何かが首筋から入れられたような。
血の代わりにナニカが体の中に…?
それが延命させる目的のものか、それとも生き餌にする為のものかは判別がつかない。
けれど決定的に俺が今までの俺ではなくなる気がした。
「ぅ…ぐぅ」
声にならない呻きは雨音に掻き消される。
「……」
「私は清人に多分苦痛を強いる…けど、きっと私が助けるから」
チロチロと蛇のように首筋を舐めあげる。
「何を…した?」
「…刻印を広げた」
恐る恐る右手を見るとーー、手の甲にあった蜘蛛の巣の刻印が肘まで広がっていた。
「なっ…」
「落ち着いて。この刻印は対象を生き餌に変える効果がある。けど、恩恵は色々ある。回復力が向上したり打たれ強くなったり…交感が楽になる」
「交感?交感って…」
紅い瞳に俺が映っている。
「これで清人をずっと見れるようになる。清人の苦悩も飢餓も、私が一緒に背負う」
「………」
「…カガリノマエと戦うのは良いけど…清人は私が助ける。絶対に逃がさない」
傘を持ちながらひらりふわりと雨の街へアニは消えて行く。
その光景は現実味が無いくらい軽やかで。
一帯を蝕む女郎蜘蛛の影を見た気がした。




