とくべつになりたい2ー3
木がぶつかる乾いた音が響き渡る。
一の庵の剣道場(普通の庵ならないが、そもそもここは鉄打ち御殿だ)は汗でムッとした匂いが立ち込めていた。降り続く雨の湿気が肌に纏わりついて気持ち悪い。
「もう一本…っ」
「声が小さい!!」
「もう一本寄越せッッ!!!」
端的に言えば俺は一にボコボコにされていた。
『無駄な思考は削ぎ落とせ!』
『速度が足りん!もっと早く!!』
『無駄な力が入っとる、はよ木刀拾え!』
気合いを入れて臨まないと一発で伸されて終わる。
痛まない場所はとうに無い。
全身がジクジクと熱く、鉛のように重い。
正眼で構えると『抜刀術』と『納刀術』無しの、素の速度で刃が迫る。
だが、素の速度ですら避けれず木刀で僅かに逸らすのがギリギリだ。
これは基礎の基礎を熱血指導されている訳で前回の模擬戦のように互いにスキルは使わず術理のみの純粋な打ち合いをしている。
もちろん魔素も使わない。
「だから隙は…」
「油断させたいときに、だろ!分かってるよ!」
カウンター。パリィ。
いずれも駄目だった。今の一に油断はない。尤も意識して隙を見せる事など俺には出来ない。ただ力不足を悔いるだけだ。
「いっ…!」
何度目か、マメが練習中に潰れたが一は止まらない。
皮膚一枚隔てなければ言い方は悪いが生肉だ。そこが木刀で擦れたら勿論のたうちまわる程では無いにしろ無視出来ない痛みとなる。
応急処置に一のドクダミから作った薬を塗布したが酷くなる一方だった。
「動きを止めるなや!」
腹部に衝撃。
気持ちが悪くなってそのまま吐く。
荒い息を吐きながら胃の内容物をかき出すようにブチまけた。
「ぅ…すまない。直ぐに片付ける」
「…午前の特訓は仕舞いや。片付けたらあとは自由で良い」
■■■■■■■■
片付けを終えた俺は雨の降る街を一の傘を借りて歩いていた。
午前の記録は九戦九敗。
俺がこの世界に来てからオルクィンジェの入れ替わりを含めれば純粋な負けは無かった。
それがここに来て負け続きで、天狗になっていたとは思わないがそれでも思うところはある。
「クソ…」
どうしてこんなにも弱い。
今回は…俺が昔の一のポジションに変わるのだ。一と篝をくっつけてインスタントにに解決。それで終わり。無責任だとおもう。しかし、篝の待つスタンスの不味さは熟知していた。俺はどうしても篝に同じ轍を踏ませたくないのだ。
と、そんな事を考えながら歩いていたからかまたまた人にぶつかる訳で。
「…悪い」
俯き加減でボソリと呟く。
今、ジャックは一と話すとかで俺に付いていない。完全な一人散歩な訳で、また喧嘩になったらメタな話、シリアス無理矢理ストッパーが居ないから俺が闇落ちするまである。
なんて軽口くらいは叩ける訳で。
とーー、履いた下駄を見て。
「綺麗だ」
下駄が綺麗な繁正だったのだ。木目が詰まっていて履いた姿が一番映えるんだったか。■に夏祭り用にねだられたときは値段が高くて困った事を良く覚えている。
「久しぶり。どう?私綺麗になった?」
…聞き覚えのある声だった。
前に聞いた時は影のある印象だったが今は幾分かマイルドになっている。
安心出来る声だ。
ネジが外れてると形容した出鱈目さはそのままにより洗練され美しくなったように見える。
「ア、二?」
「ん。久しぶり、清人」
薄桃色の髪を搔き上げると沈香の仄かに甘い香りが漂った
和服を着たアニだった。
いや待て、それはおかしい。
だってハザミとデイブレイクでは大陸が違う。鼠人族の隠れ里の『転移門』を経由する以外に大陸を高飛び…。
思い直す。俺は犯罪者扱いされてるから大陸高飛びするのに苦労したが、実際は大陸へ渡る船は定期的に出ているから大陸を超える事自体の難易度はそれほど高くはない。
「お、おう?元気だったか?」
「うん。ふぁいん。それで…清人は一にボコボコにされて気落ちしてる?しかもーー他の女の子の為に」
ゾワリと皮膚が粟立つ。
これは、俗に言うアレではなかろうか。
いや絶対アレだ。先人の言葉を借りるならーー修羅場だと。
「いや、違う。ちょっと待ってくれ!?と言うか何で全部筒抜けなんだ!?」
「ソレの効果」
アニが指差したのは蜘蛛の巣の様な意匠の刻印。
「ソレ付けてると対象が何を話して、何を感じて、何を聞いて、何を食べてたのかとか色々分かる」
プライバシーガン無視の代物だった。
「だから、清人がカガリノマエを口説いた理由についても全部筒抜け」
「マジかよ…」
「ぶい」
勝利のVサインで完全勝利を宣言するアニにすっかり毒気を抜かれてしまった。
「でも浮気は許さない」
「ハイ、御免なさい…」
「罰として今日一日は私に付き合って」
ワタシトツキアッテヨ?
「それってまさか…」
「いえす、雨の日デート。ぶいっ!」
シリアスに紛れての雨の日デートのお誘いだった。
雨は尚も降り続く。




