とくべつになりたい2ー1
欠伸をして体を起こすと盛大に腹が鳴った。
そう言えばと、昼飯と晩飯食い損ねた事を思い出し、厨房に向かった。
昨日の残りがもしかしたら残っているかも知れない、なんて事を考えていると一と鉢合わせした。
「おっす」
「お早うさん、流石に空腹かの?一緒に飯作らん?」
良いぜ、と快諾すると二人で肩を組みながら厨房に入った。
だが、互いに厨房に入った途端に意識して雰囲気を変える。
和気藹々とした雰囲気は一転、重々しいものに変わった。
「…話したそうやったから取り敢えずジャック抜きで話をする場所は提供したる。ほいで?何か話す事、あるんやろ?」
何でも御見通しか…と薄く笑うと。
「いつ、月の晩になる?」
「…それはカガリノマエとドンパチするって事か?」
首を振り否定の意を示す。
「…これは一にも関係がある事だ」
きっと、今の俺はとても残酷だ。
自己中心的で、独善的で、傲慢なのだろう。
「俺はカガリノマエと付き合いたい。だから、協力してくれ」
沈黙。今俺がどれだけ酷な話をしているか、それは理解している。それでも言うべきだと思ったのだ。
「…複雑やな。先ずあんさんが確実にカガリノマエに袖にされるレベルの腕しかない事、あとはワリャの個人的な感情からや。ワリャは今でも篝の影をカガリノマエに見とる…。それが『好き』かは分からん。けんどなーー」
「篝と付き合うのは梶だけでえぇ」
「だから、自分は代わりにお料理の勉強かい?」
皮肉げに言い放つと一は俺の胸ぐらを掴み脅迫する。…手前勝手な理由なのだ、こうなるのも当然の事だとは分かりきった事だった。
だが、一の態度には思うところがないでも無い。
俺の見立てでは十中八九一は篝を今でも好いている。なのに何故篝の側にいるための努力を続けない?
いや、やっていたのだろう。でも結局折れてしまった。
それでは篝はどうなる?ずっと一人で今は亡き人を待ち続けるのか?
冗談じゃない。
「…あんさんは個人的には悪く思うとらん。けんどそれとこれとは話が別や。あんさんの出る幕やない」
冷ややかな声だった。その言葉には感情が篭っており胸に重く突き刺さる。
けれど、俺とて退けないのだ。
それがエゴである事も先刻承知している。
それでも承知の上で俺はやらなければならないと感じたのだ。
「…でも、俺には理由がある」
つまらない、異世界の過去話だ。
…篝が絶望という袋小路に居る以上は踏み込む人が絶対に必要になる。
俺の下卑た思考はこうだ。『一と篝をくっつければ双方とも今よりは幸せになる』。その為の着火剤に俺はなるつもりだった。
何より現在の篝ーーカガリノマエに希望が無いのを俺は良く知っている。
「……あんさん。それは傷の舐め合いと何も変わらんのじゃあないかの?」
一転、苦い物を噛み潰したような顔とチョークの粉を混ぜた水でも飲んだみたいなか細い声だった。
過去の事で同情はされたくない。
一にしてみれば妥協点の模索と言えばそれまででしかないのだが俺とてプライドはある。
「ああそうさ。傷の舐め合いだ。と言うか、到底舐め合ってくれる相手だとは思ってないけどな」
じゃあ何で…と下を向きながら呟く一に。
「結局、誰かが踏み込むしか無いんだ。カガリノマエが現状を望んだとは到底思えない。もう自分からは戻れないんだよ…だから無理矢理にでも誰かが連れ戻してやらなきゃ一生戻って来ないぞ」
「それはーーあんさんが未だに戻って来てないからそう言っとるんか」
きっとーー俺はずっとあの日に縛り付けられている。
「さて、どうだろうな」
「…いや、断言するわ。きっとあんさんはまだ救われとらん。カガリノマエと付き合う前に自分に踏み込んでくれる奴を探した方が堅実や」
「そう言うんだったら一が踏み込めよ」
「悪いけどそりゃ無理やわ」
「だってワリャは篝に踏み込む事を今決めたからの。あんさんにまで踏み込む余力はあらへん。あと、迂遠な手回しするよか、『二人で結婚してまえ』って言ってくれた方が楽やったわ」
「それ言ったらキレるだろ?」
「当たり前やな」
ギャーギャーと二人で言い合う。
それが無性に楽しくなってきてーー。
ぶっ倒れた。驚きの燃費の悪さだ。
「…やっぱ、あんさん梶より篝に似とるんやな…っと飯こさえないとの」
ちゅーか、篝そのものやんな。なんて呟きを耳にした。どうやらヤバい雰囲気を醸し出す謎物体の製作に取り掛かったようだった。
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「うぷっ…でも何か…魔素師のエネルギーチャージ効率が何故か分からないけど良いんだよな…」
「『トゥチャトゥチャの野菜』とは何なんだろうねぇ…」
味覚と引き換えにエネルギーチャージが出来ればまぁ重畳かと思い直しつつ腹を撫でる。
「いやぁ、ワリャの料理も腐したもんやないやろう?」
違いない、と笑えば食卓はほのぼのとした空気に包まれた。
「さて、ワリャは今からダチの墓参りに向かうけんど付いてくるか?」
「おう、勿論だ」
思いっきり寝てた癖に何を言っているのだかと呆れるジャックに拳骨を落としながら一の隣を歩いた。
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「いやぁ、街は変わらんけんどワリャ相当嫌われたみたいやのぅ」
街を再び歩くと一は唐突にそんなことを言い出した。
「梶は街に好かれてた…ね。いや、一が無理やり噂を揉み消したくだりか」
「あんさん意外に聞いとるの…。何処まで起きてたん?」
「最後までだ」
「狸寝入りとは感心せんの…いや…もしかしてあんさん…実は泣いとるのを隠したかった、とかかいな?」
さあな、と気障っぽく前髪を払うと一は微苦笑を浮かべた。
「ま、あんさんの背景も知ってまったしダチの墓参りが終わり次第稽古付けたるよ。恋敵が雑魚いのも風聞が悪かろう?」
「ありがとう」
にしても、と一は口にする。
「蜘蛛子ちゃんも災難やの」
「アニの事か」
そや、と首肯が返ってくる。
そう言えばアニは特別になりたいと言っていたが…。
そう考えるとアニは何て男を好いてしまったのだろうと思わなくもない。自分の事だが。
でも俺は女の子に降りかかる不幸、理不尽、エトセトラを決して見たくはないし、俺の手の届く範囲にいるならば救いたいと思う。…それが傲慢な考えだとしても、だ。
…弱気になる。
これから俺の仕出かす事を思えばこそ心が欠けそうになるのだ。
ジャックには悪いがオルクィンジェの探索以外にも俺には目的がある。
だから退けない。
俺は俺のエゴに殉じるのだから。




