3-2「炸裂グーパンチ」
□Side Hearty□
襲ってきたのは、私たちよりも歳下の女の子だった。
「痛ったあ……」
倒れたままの状態で、女の子が声を漏らす。
1番気掛かりなのは、彼女の右腕。黒くて太くて……まるで、モンスターの腕みたいな『それ』。
「あんた、その腕……」
「! 見るなよ!」
フィオさんが尋ねようとした瞬間、彼女は怒りながら言い、右腕の体の下に隠した。
「触るな! 見るな! 僕に近寄るな!」
吠えるように良い、私たちに威嚇するような眼差しを向ける。
「あのねえ……先に襲ってきたのはあんたでしょ」
「うるさい! いいから早く帰れよ!」
「なっ……あんたが居なければ、とっくに帰ってたわよ!」
フィオさんも怒り出し、お互いに強く言葉をぶつけ合い始めた。
どうしよう……。
『いいか、ハーティ? 母様が怒った時はな……』
……そうだ!
「2人とも! 落ち着きましょう、これ飲んで!」
私はカバンから水筒を取り出して、言った。
『母様が怒った時はな、おいしいミルクティー淹れてあげると、ちょっとだけ機嫌良くなるんだぜ。紅茶とか飲むとリラックス出来るもんさ』
水筒の蓋を開け、中身の紅茶をカップに注ぐ。湯気をあげる赤いお湯が、カップの中で香ばしく揺れている。
「ささ、どうぞ!」
「え、ええ……」
「……うん」
フィオさんと、ロープを解いてあげた女の子(フィオさんが解いちゃダメって言ったから、右足だけまだ縛ってるけど)がカップを取った。小さな岩に座り、2人一緒に口に入れる。
「……おいしい」
女の子が声を漏らした。フィオさんもこくりと頷く。
成功した! 姉様の教え、『怒ってる人にはティータイム』!
「落ち着きましたか?」
「んん……まあ、ね」
「僕も」
そう言う女の子の右腕は、いつのまにか普通の腕に戻っていた。自分の意思で変化させられるみたいだ。
私も紅茶をひとくち、口にした。あったかくて甘い味が、口に広がる。思わずほっ、と小さな声が漏れた。
「ふぅ……それじゃ、お話しましょう!」
「お話ししましょうって……なんか変なカンジね」
フィオさんは一息ついた後、女の子の方を向き直した。
「さて……じゃ、とりあえず、あんた名前は?」
「なっ……言うわけないだろ、そんなの!」
「そうですよフィオさん! こう言う時は自分から名乗らないとダメ、です!」
「いやあんたどっちの味方よ……」
「私はハーティ・コロコと言います! この人はフィオ……さん!」
「あ、上の名前知らないの誤魔化した」
「……それでさあ、ぷふっ……そのオッサンが言ったわけだよ」
「はい……くすっ」
「……ちょっとお!!」
「わわっ!?」
フィオさんが突然、話に入り込んで怒号をあげた。
「名前とかその辺の話は!? あたしたちが名乗ったからあんたも名乗れって話ししてたのに、なんでいつのまにか『ハラマキ重ね着おじさん』の話で盛り上がってるのよ!」
……ハッ! そうだった!
「ハッ、って顔してんじゃないの! アンタも何普通におしゃべり盛り上げてんのよ!」
フィオさんの容赦ないツッコミが、女の子にも襲いかかった。
「……ハッ! いや、全然盛り上げてないし! 人間と話なんてしたくないし」
「嘘つかないの。ハーティとおんなじ反応してるし」
「うっ……て言うか!」
女の子は言うと、縛られていた右足に力を入れて__
「やああっ!!」
ズシュッ!
「ウソ……切られた!?」
「今気づいた! これ簡単に切れるじゃん! もう人間の罠なんか引っかからないぞ!」
「あわわ……」
「やっぱりね」
「やっぱりって……切られるの分かってたんですか、フィオさん!?」
「そうじゃないわよ。あんた……人間じゃないでしょ?」
フィオさんは女の子を指差しながら言った。
「なっ……!?」
「理由は二つ。見た感じほぼ確実に15歳未満の、神授を授かってるわけがないあんたが、そんな特殊な腕を持ってることが一つで……二つ目は、あんたが人間を軽蔑するような発言を頻繁にしていること。当たりかしら?」
「それは……」
「ご名答。その通りです」
どこからか突然、女の人の声がした。私たちよりも大人びて落ち着いた声。
「姉ちゃん!」
現れた人影を見て、女の子が言った。
彼女の後ろには、海みたいに鮮やかな髪の女の人がやって来ていた。やっぱり、私たちより歳上みたい。
「姉ちゃん、こいつら人間だ。下がって!」
女の子はそう言うと、お姉さんを庇うように立ち、右腕を再び黒い腕に変えた。
「そう……人間相手に竜の力使ったのね、あんた?」
「いやそうだけど……あだっ!?」
「このバカっ!」
優しそうだったお姉さんが一変し、女の子の頭を強く殴った。女の子は苦しそうに呻きながら、頭を抑えている。
「人に竜の力使うなって、あれほど言っておいたでしょうが! 怪我させたらどうすんのよ!」
「でも姉ちゃん、こいつら……!」
「言い訳しない!」
「ぎゃふっ!?」
パワフルな拳が、再び頭に振り下ろされた。うう、見てるだけで痛い……。
「はあ……どうも、ご迷惑をおかけしました」
「いえ。大丈夫で……」
「ホンット迷惑よ迷惑! どうしてくれんだか」
私の言葉を遮って、フィオさんが強気に言う。
「すみません、本当に……お詫びに、私たちの里にご案内します。どうぞ、ごゆっくりして行ってください」
「そうね、案内しなさい。そうでもされないと気が済まないわ」
「何だよ偉そうに! お前に案内なんてしな……あだだだっ!?」
「どうぞ、こちらへいらしてください」
女の子の髪を引っ張りながら、お姉さんは私たちを手招きし、歩き出した。
「フィオさん、言い過ぎじゃないですか?」
「良いのよ、実際大迷惑したんだから。ホントに悪く思ってるんなら、お金いっぱい頂いてこうかしら」
「だっ……ダメです、無理やりお金もらうのは!」
「違う違う、バイトめっちゃ紹介させてさ?」
「あ、バイトで資金集めルールはちゃんと守るんですね」
-竜の里-
「なんか、不思議な景観ねえ……」
空を見上げながら、フィオさんが言う。
彼女の言う通り、普段は絶対に見かけない天気だ。周りを高い山と濃い霧に囲まれていて、空のてっぺんから太い陽が射し、里を照らしている。逆さのコップの上に、太陽を乗っけたような形の空だ。
「あれ、人間か……?」
辺りから、里の人たちの声がする。気のせいかな? みんな、女の子とちょっと似た服装だ。そういえば、前を歩くお姉さんも。周りの人やお姉さんも、女の子みたいなあの腕が使えるのかな?
「さてと、長は……」
「長?」
呟いたお姉さんに、フィオさんが尋ねた。
「そうです。ちょっと厳ついですけど、悪い人じゃ……あ、いたいた! 長ー!」
お姉さんが、遠くの人影に手を振った。手を振った相手は、彼女に気づくと、こっちに歩いてきた。
お髭の生えたお爺さん……あれ? 何かおかしいような……?
「……何者だ?」
「この辺りに迷い込んだようです。とりあえず、客人としておきます」
「ほう……この小娘たちがか」
お爺さんはしゃがみこむと、私とフィオさんの顔を交互に見た。
あれ? しゃがんだ時に、私たちと同じ顔の高さって……。
おっきくない?
「なるほどのう……」
そう言って立ち上がったお爺さんの姿は、とてつもなく大きく見えた、というか大きかった。
ど……どうなっちゃうの、私たち……?