#8-3「星は眠りて」
里長ディムさんの自宅は、想像よりも質素で過ごしやすいところだった。
「呼吸も拍動も普通でした。ただ」
その客間でお茶を頂いていると、寝室にステラちゃんを寝かせに行ったお姉さんが戻って来た。
「ただ?」
カップにお茶を注ぎながら、ディムさんはお姉さんの言葉に聞き返した。
「その……なんか、おかしいぐらい体が軽いんです。ほんと、風船みたいに」
信じられないんですけど──困ったようにたどたどしい口調で、お姉さんはそう続ける。
「……そう」
「あっ、で、でも、私が力持ちなだけかなー? ほんと、それ以外は全然普通でしたし。じゃあ私、仕事に戻らなきゃなので」
「分かった。いつもお疲れ様」
はいはーい、とディムさんに言い返して、お姉さんはすたすたと家を出て行った。去り際、心配そうな顔で振り返りながら。
「…………」
それを見届けるまで、私達は静まり返っていた。発した言葉といえば、お茶を頂いた時の「ありがとうございます」くらい。何を言えば良いか、何から聞けばいいか、分からなかったから。
だから黙って、ソファの柔らかさに身を任せていた。
「さて……改めて、私が里長のディムです」
ディムさんは私達の向かい側のソファに座ると、私達に頭を下げた。
「いえ、そんな……あっ、ハーティと言います。こちらがフィオさんで、この子がユイナちゃんです」
「ハーティさん、フィオさん、ユイナさん。皆さん、ステラをここまで連れて来てくれてありがとう」
言いながら、再び彼は一礼。大人で目上の方なのに、すごく物腰柔らかで、なんだか少し申し訳なくなってしまう。
その様をじっと見てるわけにもいかず、私は逃げるように視線を斜め奥に逸らした。
彼の背後にある大きな本棚には、厚さも大きさもバラバラな本が立ち並ぶ。"建築""街の防衛に関する""交易による""指導者として"……目に入ったタイトルからして、ジャンルも豊かだ。
「でさ……アンタ、ステラのお兄さんってホント? その、なんかアイツと……」
「歳の差がありすぎる、ですか? はは、構いませんよ。実際、私はもう50近いですしね」
はっきり言いづらそうだったフィオさんの意を汲んだのか、ディムさんはそう言って自虐気味に笑ってみせた。
「ですが、確かにあの子は私の妹だ。何十年経とうが、絶対に見間違えたりはしません」
柔らかい口調で、ちょっと遠慮したような態度を一貫していたディムさんが、唯一力強く言い放った言葉がそれだった。
「あの星降りの日、死んだと思っていましたが……こうしてまた会えるなんて。本当に、生きていて良かった。諦めないで良かった」
亡くなったと思っていた。30年もの間ずっと。そんな人が突然目の前に帰って来たら、きっと。
「……フィオさん、ユイナちゃん」
「ええ」
私が小声で呼びかけると、フィオさんはすぐに頷いて立ち上がった。
「すみません。私達、先に今日泊まる場所を探して来ます」
「ああ、皆さんっ」
「ユイナ、行くわよ」
申し訳なさそうにするディムさんの傍ら、フィオさんはユイナちゃんをつついて立つように促した。
「でも、ステラが」
「体は大丈夫って言ってたでしょ。良いから、ほら」
ユイナちゃんは心配そうに寝室の方を見ていたけれど、やがて立ち上がって、フィオさんとともに歩きだした。
「えっと……それじゃあ、しばらく外にいますね。ごゆっくりどうぞ、ディムさん」
ごゆっくり、なんて。客人が家主さんにそう言うのは、あべこべというか、言葉選びを間違えたような。
「…………ありがとうございます」
意図が伝わったのか、ディムさんも立ち上がる。そして私達が玄関から出ていくと同時に、ステラちゃんが眠る寝室へと向かって行った。
「30年ぶりですもんね。邪魔するわけにはいきません」
ガチャンと玄関の戸が閉まった音を聞いてから、私はそう言った。私が姉様やお母様と何十年も会えなかったら、とふと想像したら、途端に寂しさが込み上げて来た。だから、こうして2人の時間を作ってあげるのが正解だと思ったのだ。
「むー……そーだね」
「しっかし、死んだヤツが生き返った、ね……めでたいことだけど、正直何が何だかって感じよ」
フィオさんの言う通り、情報が多すぎて卒倒してしまいそうだ。
えーっと……ステラちゃんは、30年の時を経て突然生き返った。ディムさんが50歳近いそうだから、本来ならステラちゃんも40歳ちょっとのはずだ。そんな彼女が、今も私達と同世代ということは……30年前の10代の姿のまま、現代になって蘇ったと考えれば辻褄が合う。
ともかく、ステラちゃんが30年の時を超え、(これは確定してないけれど)死も乗り越えて私達の元にやって来た、と考えて問題は無さそうだ。
だけど、本当に重要なのはそこじゃないと思う。本当に大事なのは、"今まで"よりも"この先"で。
「……ステラちゃん、これからどうしたら良いんでしょう」
「どうするって……どうしよう」
「珍し。フィオが迷うなんて」
「そりゃ迷うわよ……何が何だか分かんないのに、これからどうするかなんて思いつかないわ」
フィオさんはそう言って、ため息をついた。
おっしゃる通り、ステラちゃんの現状は、とてつもなくイレギュラーだ。今は問題なくぐっすり寝ているようだけれど、この先彼女の身に何が起こるかは予想できない。
一緒に旅をする約束だったけれど、それも無事に叶えられるかどうか。そもそも、ステラちゃんがまた目を覚ましてくれるかも分からな──
「あのー……なにかお困りかな?」
「あっ」
その一言で、夢から覚めるかのように、私は長い物思いから帰って来た。ふと振り返ると、そこには先ほど別れたばかりの門番のお姉さんが、微笑みながら立っていた。
「やっぱ、ステラ姉のこと?」
「はい……えっ? ステラ"姉"って……?」
「さっき急に思い出しちゃってね。仕事なんかしてる場合じゃないと思って、バックれてあなた達を探しに来たのよ」
短い黒髪を揺らしながら、お姉さんは顔を私の元に寄せて指をさしてきた。
「私、レイユ。お嬢さん達、良かったらちょっと付き合って」
ステラ姉のこと、教えてあげる──私達が待ち侘びていた言葉を、レイユさんはあっさりと言ってくれた。




