#6-8「繋いだ心音」
□Side Hearty□
「良いぞー!! 旅の子達ー!!」
「また来年も来てくれよー!!」
感性が湧き上がる中、演奏を終えた私達は挨拶してステージを去った。そして。
「………………はぁぁ〜〜……」
私は大きなため息をひとつ。
「な、なんとか……なりました……」
「ふぃーー。おつかれー」
ドラムを全部抱えながらステージを降りたユイナちゃんが、服の袖で額の汗を拭った。
そしてステージ裏でスタッフさんの指示を受け、楽器屋さんに3人の楽器を返却していく。三日間お疲れ様。
「…………」
「フィオさんも! お疲れ様ですっ」
奥でギターを下ろして一息ついていたフィオさんに、私は声をかけた。
「ああ……おづがゔぉっ」
吐血!?
「フィオさん!?」
「ごほっ……ちょっと、声の出し方ミスったかも」
「だからってそうなります!?」
ハンカチを取り出して彼女の口元を拭きながらも、私は困惑を隠せなかった。
「んっ、ありがと。やっぱ緊張しちゃうわね……全部練習通りとはいかないわ」
「でも見てみ? 大盛り上がりだぜ」
ユイナちゃんが指差した観客席は、たくさんの拍手と「トリオ・ザ・ロック」を讃える声に溢れていた。嬉しさ半分、「例の作戦」の最初の段階が上手くいったことへの安心半分、という感じだ。
「前の人達のが上手かったのに……結構勢いで押し切れちゃうのね」
「ですね。これなら、本当に優勝しちゃったり──」
「へー。自信満々じゃん、人を裏切っといて?」
「っ!?」
その物言いはもしや……恐る恐る振り返ると、カナタさんが笑顔で立っていた。笑顔のまま、拳をガッチリと、それはもうガチガチ、ガッチガチ、怒りに震えるほど握りしめたカナタさんが。
「あ……いえ、それはですね……」
「ははっ、冗談。でも優勝はあげないよ。だって──」
自身ありげに語るカナタさんの後ろから、ひょいっともう1人の人影が顔を出した。
「ミソラさん!」
(ふりふり)
カナタさんの背中から現れたミソラさんが、私達に手を振った。マスクをしているけど、その表情が少し柔らかくなっているのが、目元を見て分かった。
そして、その背中には。
「ミソラさん、ギター……!」
(こくり)
青い6弦の楽器が背負われていた。
「はい! "OH!OH!オーガスト"の皆さん、"ヘブンダイバー"の皆さん、"クレイトス"の皆さん、ありがとうございましたー!」
大会も大詰め。みんな実力派揃いで、さっきから鳥肌が止まらない。だけど、本番はきっとここから。
「続きまして、サポーター付きでソロ出場致します"カナタ・エルト"さん……えっ、何スタッフ? 違う?」
ステージ横で、MCの男性はスタッフさんと何やらヒソヒソ話。
「カナタさんじゃなくて……え!? "ソラカナタ"が!?」
どっ、ざわっ。そう形容するべきざわめきが、一瞬にして会場全体を包み込む。熱くたぎっていた会場は一転して、静寂に包まれる。だけど観客は冷めたわけではなかった。むしろ、それは花火が弾ける前の一瞬の静寂。
「落ち着いてください皆さん! えー…………はい、確認いたしました! 続いての出場者は……"ソラカナタ"のお二人です!!」
「やっほーっ!!」
『ワアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
ジャンプで勢いよく現れる二人。会場のボルテージは一気に爆発し、今までで一番の熱狂を巻き起こした。
「何よ、これ……まだ演ってないのに」
「こりゃすごいや」
狂乱にあてられながら、フィオさんとユイナちゃんがぼーっとそんな言葉を漏らした。私は、何かを呟くことすらままならなかった。
「みんな、長い間待たせてごめん! この通り、ミソラが帰ってきたよーっ!!」
カナタさんの紹介を受け、ミソラさんはマスクを外して空へ投げ捨てた。
『うおおおおおおおおおおおおっ!!!』
さらに湧き上がる会場。カナタさんの白いフードとミソラさんの黒いパーカー、コントラストの二人がスポットライトに照らされて輝く。後ろでドラムとベースを携えて待機するサポートメンバーさん達も、嬉しそうな笑みを隠せていない。こんなにも愛されていたんだ、二人は。
「じゃ、例によって他に話すこと無いんで……いくよっ! 『ヨゾラノカナタ』!」
タイトルを高らかに宣言して、カナタさんはミソラさんと顔を見合わせた。
ドラムの4カウント、そして一節のギターイントロのあと。
「『星のカナタ 抱いた願いは
ソラへと紡ぎ出す 愛のストーリー!』」
カナタさんが歌って、ミソラさんが弾いた。一寸の狂いもないのに、熱く込み上げるものを感じさせるダイナミックな演奏。しかもよく聞いたら、サポーターの人達は決まったフレーズをずっと繰り返しているだけ。この曲を使っているのは、カナタさんの歌とミソラさんのギターだ。
「かなちゃん!」
「うんっ! ミソラ!」
何より、二人がこの場所で一番楽しそうにしていた。歌唱のないパートになるたび、二人が名前を呼び合う。声を交わして、笑顔で目を見合わせて。その度二人の息がさらに合っていく。
「…………!」
私は息を呑みながら、その奇跡を見届けた。
あぁ、良かった。こんなの、勝てっこないって思わせてくれた。
歓声と涙に溢れた奇跡の大会、その翌朝。
「──、────!!」
「おっ、朝から盛り上がってんなあ! "ビブラートのジョージ"のゲリラライブかい」
「昨日、寝坊して大会出れなかったのがキてるみてえだな。どれ、盛り上げてやろうぜ」
街は相変わらずの賑わい。小鳥の歌で1日が始まり、道行く人々の歌で1日を彩り、お母さんの子守唄で1日が終わる。そんな日々が、これからも続いていくのだろう。
「なんやかんやで大団円って感じだし……そろそろ出発しましょうか」
その様子を宿の部屋の窓から見て、フィオさんは満足げにそう言った。
「そうですね。ユイナちゃん、行きますよー」
「ぐぬぬ……」
私達が荷物をまとめ終えても、まだユイナちゃんは寝巻きでベッドに三角座りしていた。
「"天命の弓"欲じがっだ……ドラゴンアーチャーになれだのにぃ゛……」
「あー、優勝賞品ね……仕方ないでしょ。流石に"ソラカナタ"のあの演奏には勝てっこないわよ」
「ゆ、ユイナちゃんっ。弓は無いかもしれませんが、私はいますよっ!」
「それ何のフォロー?」
「確かに! じゃあいいや」
「いいの? 腑に落ちてるのそれで?」
ユイナちゃんが納得(?)して腰を上げ、身支度を終えた。3人で宿屋の皆さんに一礼して、ドアを開ける。
「……でも、カナタさんはこれでお別れなんですね。ミソラさんと」
「あー……そっか」
私がそう言ったのを聞いて、ユイナちゃんも思い出したようだ。カナタさんはもうすぐ、引っ越してこの街を去ると。仲直りできたのが嬉しかった反面、やっぱり私にはそれが心残りで。
「あーっ、いたいた! おはよー!」
今やもう聴き慣れた声。カナタさんが走ってきた方へ、私達は振り向いた。
「昨日、ちゃんとお礼言えなかったからさ。ありがと! みんなのお陰で、ミソラとまた音楽出来たよ!」
「そんな……私達は何もしてませんよ。むしろちょっと危険な作戦に巻き込んじゃってごめんなさい。仲直りできたのは、カナタさんとミソラさんの絆のお陰だと思います」
「いえいえそんな! 皆さんの助力あってこそでございます!」
「えっ?」
今度は聴き慣れない声がした。よく見ると、カナタさんの後ろに、彼女に似た金髪の大柄な男性がいた。
「あぁ、申し遅れました。私、カナタの父でございます」
「はっ、初めましてっ」
私達はぺこりと一礼した。
「いやはや、感謝してもしきれませんよ……なにせ私の単身赴任の前に、娘が親友と仲直りするのを見届けられましたから。唯一の心残りが無くなりました」
「あっ、そうなんですね。それは良かっ……え?」
単身赴任? 引っ越しではなく?
「「え?」」
「は?」
え? は? 困惑の嵐。四人で"嵐"と言って良いのだろうか。いや、今の私達のこの困惑ぶりは、嵐と表現して差し支えないはず。
「え、パパ……アタシ達、引っ越してミュスカ出てくんじゃ……」
「えっ、説明してなかったか? 俺はただ、俺が単身赴任で数ヶ月引っ越すから手伝ってくれって、お前に──」
「はぁ!? はあああぁぁぁ!?」
「ちょ、蹴るな蹴るな!」
「うっさい! バカッ! ちゃんとハッキリ伝えてよっ!!」
「あだっ!? こいつスネを的確に!?」
何やら盛大な勘違いがあったらしい。ゴリッ、ゴリッとカナタさんの蹴りで痛ましげな効果音が響いている。大丈夫かなあれ。
「もう、どんな勘違いよ……あんなに憂いてたのがバカみたいじゃん」
(とん、とん)
そこへもう一つ人影が。綺麗な銀髪をたなびかせる女の子が、カナタさんの肩を叩いた。
「あっミソラ!」
痛そうにスネを抑えるお父さんを気にもかけず、カナタさんはミソラさんの方を振り返る。
『引っ越すって聞いて心配だったけど、これからも一緒にいられるみたいだね。良かった』
「そうですねー。安心しました」
ミソラさんが紙に書いた文字を読んで、私はそう答えた。
後ろを見ると、フィオさんとユイナちゃんが、膝を抱えるカナタさんのお父さんを介抱していた。ユイナちゃんは何やら変な虹色の薬を、嫌がる彼の膝に無理やり塗っている。ちょっと恐ろしいけど、でも虹色ならきっとすごい薬だろうから大丈夫かな。
(とん、とん)
「はい?」
ミソラさんに肩を叩かれて、私は振り返った。
『改めて、ありがとうございました。皆さんのお陰で、かなちゃんとまたバンドが続けられます』
「ありがとう、ハーティ。つまんないしがらみを吹っ飛ばして、前に進む勇気をくれて」
「いえいえ。ただ、お二人に仲良しに戻って欲しかっただけですから」
「それでもありがと。お陰で……ずーっと、ミソラと一緒にいられる」
「は、はいっ」
「…………うん。かなちゃん。ふふっ」
「あ、あれ……?」
「ミソラ……」
「かなちゃん」
あれ、何だか2人の頬が赤いような……何だか、腕を交わらせた2人の距離が近いような……何だか、友達以上の関係になっちゃってるような……!?
「はわ、はわわぁ……!?」
私はひたすらたじろいでいた。
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「……へぇ。見切り発車だったけど、結構上手くいったようだね。ティアム様に報告しておかないと」
そんな彼女達の様子を、金髪の天使──ラファエルが眺めていた。
「決別で終わる友情なんて、悲しみで終わる物語なんて許せない……うん。やはり君は強くて優しい心の持ち主だ、ハーティ。何がなんでも、全てを幸せにしたいんだね」
だけど。ラファエルはそう続けた。
「だけど、これから出会う"彼女"のことは、どうやって救うのかな?」
未来を見据えたような問いかけは、青空の向こうへ消えていった。




