#6-7「イグナイト」
□Side Hearty□
カナタさんを潰す。フィオさんのその言葉で、会場はどっとざわめき始めた。
「おいおい、本気か!?」
「素人だろ? あいつら」
「いや、たまたま見かけたんだけどさ……彼女ら、カナタに指導されてレベルアップしてた」
「だったらなんで、そのカナタと敵対してんだよ!?」
驚愕と困惑と憶測が、瞬く間に円状に広がっていく。自分たちがこの場の主役に成り上がった様を見て、私は呟いた。
「……言っちゃったぁ〜」
「何よ。今更ビビってるの?」
「ビビってます……」
当然。ただでさえどうなるか分からないこの本番で、私たちはカナタさんに勝つと、そう言ってしまった。つまり、カナタさんより良い演奏を──少なくとも、今の彼女には匹敵する演奏を見せなければならなくなったのだ。
「だいじょぶだいじょぶ。僕達だぜ?」
「は、はいっ……頑張ります」
私の隣に立つ、自信満々なユイナちゃん。私たちの一歩前、センターに立つフィオさんもピックを構えた。
「これは大きく出ましたねー……ではお三方、準備が出来ましたらどうぞ!」
MCの人がそう言うと、あれだけ騒がしかった会場はすっと静寂に包まれた。
「待ってよ! アタシ、まだ何も──」
「悪いわねカナタ。アンタ、あたし達とじゃ釣り合わないから。このままじゃ優勝は貰っちゃうけど、悪く思わないでよ」
恐らくカナタさんが求める説明にはなっていない、そんなセリフを彼女に吐いて、フィオさんは再び前を見据えた。
「…………『イグナイト』」
そして、彼女は曲名を囁いた。それを待っていたかのように、ユイナちゃんのドラムが響き出す。1,2,3,4。
「──────ッ!」
正確だけど力強い、ギターのメロディーで前奏を奏でる。アップテンポで激しい、私がお屋敷暮らしだった頃には馴染みの無かった曲調。だけど、そんな曲もいつの間にか好きになっていた。
だから私もやってみせる。キーボードの高音をメロディーに添えると、激しい曲調に神秘的な雰囲気が加わった。神話の一節、あるいは聖戦。そんなイメージの綺麗な和音が、ステージで響く。ユイナちゃんの安定したドラムも、そのリズムを支えてくれている。
いける。カナタさんの教えが、確かに私達の力になっている。その力で、カナタさんを超えるんだ。
「『奪われた 僅かな希望 儚い夢
嗤う神を 憎みながらも 背を向けた』」
激しいイントロは鳴りをひそめ、ピアノを添えて歌唱が始まった。演奏はほぼ私だけのパート。失敗はできない。目を凝らして鍵盤を見つめる。決して弾き間違えないように。
「『君を傷つけたくない なんてさ
怖がりな 僕のただの言い訳だったよな』」
ドラムを叩きながら、ユイナちゃんが息を吸い込んだ。
「『(戻らない) 時計の針が
(今さら) 僕を責めてさ
(願いを) もう一度だけ掲げてもいいか?』」
ユイナちゃんが合いの手を挟みつつ、演奏は再び力強くなっていく。そして、フィオさんの呼吸と共にサビが始まる。
「『僕の心臓に イグナイトして!
この後悔も あの間違いも 全部焼き尽くせたら』」
『イグナイト』。たまたま貰ってきた譜面だけれど、すごく良い歌だ。悲劇に見舞われて後悔しながら、それでも心に火をつけて立ち上がる。"彼女"の心にもう一度火をつけたい私達にとって、これ以上なくピッタリな曲だった。
「『泣きじゃくる 君の手を取りたいな
"もういいんだよ" 笑いかけて
手を取り合って また隣で、って!』」
笑ってお別れなんて、それだけじゃ満足できない。納得いかない。また隣で、それが私達が願うこと。
「…………!」
客席に立つカナタさんと目が合った。私は何も言わずに微笑みかけた。
最後のワンフレーズへ、ピアノを走らせる。パワフルなドラムの連打の後、一発のシンバルを境に静寂が訪れた。
「『"ありがとう"って 笑い合って
あの頃みたく 2人並んで きっと』」
きっとまた、2人で。
彼女達なら。
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初めは、何かの冗談かと思った。だけど当たり前のようにイントロが始まってしまって、アタシは裏切られたのだと気付いた。あの子達に。
「……ふざけないでよ」
無意識に呟いてしまった。だって、こんなのふざけてる。アタシは今日、絶対勝たなきゃいけないのに。勝って、笑顔でミソラに会わなきゃいけないのに。これが現実だって言われても、はいそうですかって諦められるわけないよ。
「なんとか、しないと」
ぼーっとする頭で、アタシはそう思った。だけど頭が真っ白になって、何も浮かんでこない。サポートの人達を呼んでも駄目だ。合わせる時間も無ければ、彼女達に『イグナイト』を取られてしまったせいで、そもそも演奏する曲も無い。
「マジか……初心者のくせにやるじゃん!」
「むしろ、その辺の経験者より上手いんじゃ……!」
周りの囁き声がやかましい。どうにかしないといけないのに。急いで何か、手を打たなきゃいけないのに。
「…………っ」
どうしてだろう。どうしても、あのステージの上が気になってしまう。
「!」
人混みをかき分けて、どうにか最前列へ首を突っ込んで。そうして彼女達を間近で見て、思った。
楽しそうだ、って。それは、優勝の名誉や景品欲しさにステージに立つ人間の顔じゃなかった。本気で音楽を楽しんで、そして本気で何かを伝えたい人間の、一生懸命な顔だ。
「『君を傷つけたくない なんてさ
怖がりな 僕のただの言い訳だったよな』」
フィオの力強い歌声が響く。自意識過剰かもしれないけれど、その言葉はアタシにぶつけられているような気がした。
心のヒーラー。もし、ハーティの言っていたその夢が本当なら。
「『手を取り合って、また隣で、って!』」
もしあの子達が、アタシのためにアタシをステージから降ろしたのだとしたら。アタシに、この歌を聴かせたかったのだとしたら。
アタシは──
「…………」
「えっ」
急に肩を叩かれ、アタシはびっくりして物思いをかき消された。慌てて振り返ると、そこにはマスクをした少女がいた。
「……? っ……」
「ミソラ……」
不安げな表情で、ステージを指差している。
『あそこに立ってるはずじゃないの?』──そう言っているのが分かる。それが分かるぐらいに、アタシたちは相棒だった。
「………………」
どうしよう。何を言えば良いのか分からない。だけどアタシが何か言う前に、ミソラは懐から一枚の紙を取り出した。
『かなちゃんがいなくなるって、街の人から聞いた。だから最後なんだと思って、見に来た。話しかけてごめんなさい』
紙にそう書いてあるのを、アタシに見せてくれた。
「う……ううん! 全然良いの! ちゃんと話してくれて嬉しい! でも……ごめん。アタシ、騙されて1人になっちゃったっぽい」
思えば何年ぶりだろう、こうしてちゃんと顔を合わせるのは。きっとミソラは、勇気を出してここへ来てくれた。勇気を振り絞って、アタシの肩を叩いてくれた。なのに、アタシはここに立っているだけ? 何もできないの?
「『僕の心臓に イグナイトして!
この後悔も あの間違いも 全部焼き尽くせたら』」
「……!」
そんなサビのフレーズが、耳に入った。はっとして、アタシはステージの方を振り向いた。
「……っ」
ピアノを奏でるハーティと、目が合った。何をするでもなく、彼女は微笑んだ。柔らかくて優しいその笑みで、心が軽くなった気がした。『がんばれ』って言われた気がした。
全部焼き尽くせたら。全部壊して、乗り越えられたら。ふと、そんなことを思った。
「…………そうだ」
嫌だ。このまま終わるなんて。
いや、違う。そもそも、"優勝して、ミソラと笑顔でお別れする"なんてのも嫌だった。アタシは。
ミソラと、もう一度立ちたい。
「ミソラ!」
「!?」
上着から右手を出して、ミソラの手を握りしめた。
「……っ、これ……!」
細くて柔らかい手には、いくつも絆創膏が貼られていた。全て、指に。アタシは、そういう絆創膏の貼り方を知っていた。まるで、ギターの──
「……そっか」
練習、してくれてたんだ。あんなに下手だったギターを、諦めずに一生懸命練習してた。音楽を辞めたわけじゃなかったんだ。
ギターを失っても、声を張り上げて立ち上がったアタシと同じように。ミソラは声を捨てた代わりに、6本の弦を張ったんだ。
「その…………ミソラは、優しいからさ。ずっと自分のせいだって、そう、思ってくれてたんだよね。あの日のこと」
言葉が詰まりがちになる。まだ少しぼーっとしたままの頭じゃ、最適な言葉が中々出てこない。だけど、今ここで伝えないと。
「実はアタシもずっと、アタシのせいだって思ってた。アタシがあの日、ミソラのこと助けてあげられなかったから、今こんなことになってるんだって」
アタシにも、もっとできることがあったはずなんだ。アタシに力があったら、こんなことにはならなかったはずなんだ。そう思ったから、アタシは音楽を続けてきた。ミソラが『自分のせいだ』って思い続けるのが、嫌だったから。
自分のせいでミソラがそうなるのが、怖かったから。
「……!!」
途端に、ミソラが首を振った。違う、違う、って。
「違わないの。アタシもミソラも、ずっと自分のせいだって抱え込んでた。ずっと自分のせいにしてた。でもさ、それじゃなんにも終わらないよね。なんにも、変わらないよね」
だから──アタシはそう続けた。
「全部忘れよう。お互い全部、無かったことにしちゃおう。それでまた、一緒にやろうよ。バンド」
「!!」
ミソラの目に涙が滲んで……あれ、アタシもか。なんか、前が見えないや。
ミソラの手を離して、ひとつしかない手で目を擦った。クリアになった視界の先では、ミソラがぽろぽろ泣きながら紙に文字を書いていた。震える手で、書き殴るように。
『駄目 私は忘れちゃだめ私は許されないことした 私は音楽やっちゃいけないだめ だめ だ』
「そんなこと、誰も言ってない!」
「!?」
アタシはそう書かれた紙をミソラの手から奪い取って、ぐひゃぐしゃに丸めて投げ捨ててやった。
「もう抱え込まない! 気持ちを押し殺さない! 他のどんなことも関係ない!! ただアタシは、ミソラとステージに立ちたい!!」
震える声でそう言った。
「…………だから、行こうよ。ミソラ」
ああ。なんでずっと、気がつかなかったんだろう。
ただそう言うだけで、良かったのに。
「…………」
返事を待つのが怖かった。だから、安心した。
彼女がマスクをそっと外した先、その顔が微笑んでいたから。
「…………うん……!」
数年ぶりに聴いたその声が、アタシの大好きな声のままだったから。
「『"ありがとう"って 笑い合って
あの頃みたく 2人並んで きっと』」
フィオの最後のワンフレーズに耳を傾けながら、会場の受付で名簿を見た。"カナタ・エルト"──"トリオ・ザ・ロック"と同じ人の字で、いつの間にかそう書いてあった。
「…………ありがとう。みんな」
アタシは呟いて、それを"ソラカナタ"に書き換えた。




