#6-6「挑戦状」
□Side Hearty□
そして、昼過ぎまで時が進んだ。
「…………よしっ!」
大きなミスもなくキーボードを弾き切って、私は一安心して肩を落とした。本番で演奏する曲も、だいぶ形になってきている。
「んー、みんな良い感じじゃん! これなら優勝狙えるかも!」
やった!
「ククッ……今なら僕はロックという概念そのものにも成れる……!」
「そう? もうちょっと磨けるところあると思うけど……あたしたちも、カナタも」
やってない!?
「ほー。アタシに指導とは偉くなったもんだ」
冗談混じりの口調で、カナタさんがフィオさんにそう言い返した。
「そりゃね。めちゃくちゃ歌詞間違えてるし、音ズレてるし」
「え? マジで?」
本人は自覚が無いらしい。
「あー、やっぱ僕の気のせいじゃなかった? なんかヘンだったよね、ハーティ?」
「わ、私は自分のことに必死で……」
「そっか……ごめん! 気合い入れ直すねっ」
彼女はそう言うけれど、どうしてもヘンに思えてしまう。昨日までは、歌詞も歌も完璧だったから。
「やっぱり、ミソラさんのこと」
「…………ん。鋭いね、ハーティは」
小さく頷いて、カナタさんはそう答えた。
「でも大丈夫! ホントにもう、しっかり切り替えるから……どうしても、明日優勝しなきゃいけないからさ」
「どうしても?」
カナタさんは音楽に一生懸命なのは分かっていた。だけど知らなかった。明日の大会が、彼女に「どうしても」「しなきゃいけない」と言わせるほど大事なものだったとは。
「実はアタシ、来週でこの街を出ていくの。パパの仕事の都合で、結構遠くに引っ越して」
「そんな……!」
だけど、その言葉で頭の中の点と点が繋がった気がした。
「……最後の大会、なんですか?」
「そういうこと。今回が、アタシがミュスカで演奏する最後の機会。ミソラに聞いてもらえる……まあ、聞きに来るかは分かんないけど……その、最後のチャンス」
カナタさんは、空を見上げてそう語る。その視線の先に映るのは白い雲か、かつてのパートナーの顔か、小さい頃の思い出か。私に知る術はない。
「だから絶対優勝する。優勝して、『アタシはちゃんと一人前になれたよ』って……そう伝えて、ミソラがこれ以上引きずらないように、ちゃんとお別れしようって思うの。それがきっと、ミソラにとっても一番だよね」
「カナタさん……」
言っていることは分かる。カナタさんが、ギターを奪われた出来事を乗り越えて一流になれたなら、ミソラさんも自分を許せるのかもしれない。
だけど。
「って、語っといて悪いけど。ごめん、これからその引っ越しの準備があってさ、午後は練習見れないんだよね。夕飯食べたら、また見に来るから!」
「えっ……」
「大丈夫! この調子なら良い演奏出来るよ! じゃ、ごめんっ!」
こっちの返事も聞かず、カナタさんは踵を返してとてとてと走り出した。どうしても、この場から逃げたかったように見えてしまった。
「行っちゃった……」
「ハーティ、そんなに気になる? ミソラって人のこと」
フィオさんの問いかけに、私は頷きで返した。
「実は、また会ったんです。今日の早朝、出かけた時に。それで、文字を書いてもらって話しました」
「あーそうそう! 僕寝てるうちにこっそりおっぱい揉もうとしてたのに、ベッドにいなかったもん」
「何馬鹿やってんのアンタは……そう。何か聞けたの?」
「ギターの練習を一生懸命してるみたいで、すごく上手で聞き入っちゃいました。だけど、言ってました。音楽で親友を傷つけちゃった自分には、もう人前で音楽をやる資格は無いって」
「そんな……あんなの、誰のせいでもないじゃんか」
カナタさんに聞いた話を思い返しながら、私はユイナちゃんのその言葉に頷いた。神授が引き起こした不幸な事故。ミソラさんが、誰かを傷つけようとしたわけじゃないのに。
「だけど、ミソラさん言ってたんです。本当はカナタさんと、また音楽がしたい、とも。だから、"カナタさんが一流になって、お別れする"っていうのも良いことですけど……やっぱり、2人でまた音楽が出来るようになって欲しいんです。それが、一番幸せだと思うんです」
「だけど、本人がそれを拒んでるんじゃあね……『やりたくない』ならまだしも、『やっちゃいけない』って思ってるんじゃ」
その通りだ。簡単な言葉じゃ、きっとミソラさんを救えない。それで救えないなら、もうとっくにカナタさんが彼女を救ってる。
「説得より、もっと強い何かが無いとですね……ミソラさんを動かせる、何かが」
ただの言葉ではない何か。だけど、それは何?
「「「うーーーん……」」」
私たちは、昼食のサンドイッチを食べながら考えた。気晴らしに買い物に出ながら考えた。フィオさんの買おうとした服をユイナちゃんが笑って、喧嘩になってしまいながらも考えた。
「「「うーーーーーん……」
たまに練習もしながら考えた。だけど、なんだか私たちまであまり身が入らなくなってしまって、ちょっと休憩しながら考えた。夕飯のチーズハンバーグを堪能しながら、脳をチーズの濃厚さに支配されながらも、考えた。
夕飯?
「夜になっちゃってる!!!」
「うわびっくりした。何?」
「げほっ、こほっ……ど、どしたー? こほっ」
「あ、ごめんなさい」
驚いてむせてしまったらしいユイナちゃんに、私は頭を下げた。でも叫びもする。なにせ半日経って、何もかも何一つ解決していない。
そしてそれ以上にまずいことだが、練習自体まともに出来ていない。
「このままじゃ、ミソラさんどころか……私たち、優勝出来なくなっちゃいます!!」
「た、確かに……」
「ふぅ……んえ? 大丈夫じゃない?」
ようやく落ち着いたらしいユイナちゃんは、私たち2人と違って落ち着きすぎている様子だった。ハンバーグの最後の一切れを飲み込んだ後、そう言った。
「ユイナちゃん、やっぱり勇敢ですねぇ」
「まー、僕ら基礎はとりあえず出来るようになったし。あとは本番ギリギリパワーで何とかなるでしょ。吊り橋効果的な? 『やべえもうやるしかねえ! うおおおおおお!』って」
「そう、でしょうか……?」
あんまり信じきれない……けれど、あれ? 今までの旅もずっと、そんな感じで全部解決してきたような気もする。お母様ごめんなさい。思えば私、ずーっと危険な橋をヘラヘラと渡り続けています。
「焦っても時間は戻んないしさ」
「まあ、そうですよね。フィオさんは──」
「…………か」
「フィオさん?」
ふと考え事をしている様子が目に入って、私は言葉を止めた。
「ギリギリの吊り橋効果か……やるしかない状況……アリね」
「どしたん?」
「……ねえ。ちょっと、あたしに考えあるんだけど」
コソッと、フィオさんはピアニッシモな小声で言うのだった。
翌朝。ミュスカの街の中央広場は、私たちが来訪してからの数日間で一番の盛り上がりを見せていた。
「"クロノス"の皆さん、パフォーマンスありがとうございましたー! さあ皆様、"天命の弓"を賭けたミュスカ春期大演奏大会も、プログラムの半分が終了いたしました。後半戦、最初にステージに立つのは──」
実況の男性の声が、人々の喋り声を掻き消すほどのボリュームで響き渡る。その中、私たちはステージ裏で楽器の調整をしていた。どのキーも問題なく動く。ユイナちゃんのスティックも新しくしたし、フィオさんも弦を張り替えた。朝に最終リハーサルもして、バッチリ。
「ごめんみんな、お待たせ!」
「カナタさん……」
カナタさんが少し遅れて、いつもの白い上着をまとってやって来た。同時に、ちょっと怖くなってしまった。昨日フィオさんが言った、あの作戦……勢い任せなあのプランが、ちゃんとうまく行くかどうか。
ともかく、私たちはもうすぐ出番だ。
「ねえみんな、昨日の夜は何で──」
「さあ皆さん、出番ですよ」
「えっ?」
スタッフさんの案内の声に、私は頷いた。困惑するような声を上げたのは、カナタさんだけ。
「えっ、アタシたち順番最後の方だって、フィオが……」
そう、私たちはもうすぐ出番だ。
私たち、三人は。
「続きまして登場いたしますのは、旅の途中の三人娘! 今回初出場、"トリオ・ザ・ロック"の皆さんです!」
「「はーい!」」
「は、はいっ」
私たちは返事をして、楽器を抱えステージに向かう。
「んな、いきなり……とにかく、行かなきゃ」
「あーっ、とと。あなたは順番、まだのはずですよ」
「え……は?」
カナタさんの困ったような声が聞こえてくる。やっぱり、あんまり良いやり方じゃなかったかも……だけど、これしかないって私たちは思ったのだ。
ステージに立つと、百人以上の人々の視線は一気に私たちに集まった。緊張とワクワクと不安が混ざり合って、心がヘンになりそう。フィオさんもユイナちゃんも、どうどうと立っててすごいや。
「リーダーのフィオさん、何か意気込みは?」
「そうですね……」
MCの方に問いかけられて、フィオさんは少し考える素振りを見せた。本当はここで言うことは、もう決まっていたのだけれど。
「一つだけ。あたしたちは今日の大会、ある人を倒しに来ました」
「ほう? その人とは?」
「はあ、はあっ……ちょっと! どういうことなのコレ!」
ステージ裏を抜けて観客席に駆け込んできたカナタさんが、フィオさんを真っ直ぐに見据えてそんな言葉を投げかけた。だけど彼女を待っていたかのように、フィオさんは不敵に笑う。
「そこにいる……"ソラカナタ"のカナタを、ぶっ潰しに来たのよ!!」
「えっ……!?」
どっと、会場がざわめきの渦に呑まれた。




