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#6-3「声なき少女は」

□Side Hearty□


「はい、オッケー! だいぶまとまってきたし、今日はこの辺にしよっか」


 カナタさんの一声で、力が抜けた私の指が鍵盤からするりと落ちた。


「ふぇ〜〜〜……」


「し、しんどい……」


「腕もげそー」


 昼から初めて、気づいたらもう夕方すら超えて夜になりつつある。もうやりたくない、というわけではないが、そろそろ心に体が付いてこなくなってきていた。フィオさんたちも同じらしく、ぐでっと座り込んでしまった。


「ふう……どう、カナタ? あたしたち、もう優勝狙えるんじゃないかしら?」


「おっ、自称天才が調子乗ってる」


「あははー。まあ、想定よりは高いレベルになってるかな。そうだねー、アタシが7歳の頃とおんなじくらい?」


「な……7歳と同、レベ……ぶえええぇぇぇ」


「おっ、天才が折れた」


「ふ、フィオさんっ!」


 私はべそべそし始めてしまったフィオさんを介抱して、頭を撫でた。7歳で演奏ができてしまうカナタさんが凄すぎるだけな気もする。


「ぶえぇ……」


「か、カナタさんはっ、昔からこの街で暮らしてるんですか?」


 フィオさんの気を紛らわせようと、私は話題を変えてみることにした。


「うん、生まれも育ちもここ。ミュスカでパフォーマンスしてる人は、結構現地住民が多いかな」


 語りながら、カナタさんは空き地に放り出された四角い木材の山に腰掛けた。


「みんな音楽が好きでねー。学校が終わるとみんなで街に出て、思い思いの演奏をして回って……そんな生活をずっと送って、はや14年って感じですな」


 至る所でセッションが盛り上がる街。カナタさんたちみたいに、明るくて親しみやすい人がたくさんいるのも納得だ。


「あっ、じゃあさ! さっき言われてた"ソラカナタ"って奴は? 友達と組んでるバンドとか?」


「あー…………うん。そんな感じ」


 ユイナちゃんの問いかけの後、不思議な間があった。"ソラカナタ"。"カナタ"はカナタさんのことだとして、"ソラ"は──


「あっ、それよりあれ! 見て見てっ!」


 あれ? 物思いを中断して、カナタさんの指差す先に目を向けた。あれは……大人の人が2人、何かを大切そうに抱えて運んでいる。


「弓、ですか……?」


「3日後の大会の優勝賞品。偉い職人さんが作ったやつで、"天命の弓"って名前だったかな……なんとあれ、本物のサファイアが埋め込まれてるんだって!」


「サファイア? 高いの?」


「5センチあったら小さい家が建つくらいですね、ユイナちゃん」


「家かー……家!? あれ余裕で5センチあるくない!?」


 ユイナちゃんが、途端に目を輝かせ始めた。言わない方が良かったかも。彼女の純粋 (?)だったロックハートに、金勘定の意識が混じり込んでしまったかもしれない。


「よっしゃ燃えてきたー! ほらフィオ! 落ち込んでる場合じゃないって!」


「ふえ……?」


「ははっ、じゃあ優勝目指して頑張ろっか! 4人で!」


「はいっ……えっ、4人?」


 4? 私とフィオさんとユイナちゃんと……4?


「ぐすっ……え? カナタも一緒に出るの?」


「そのつもりだったけど? ダメ?」


 私は正直、そのつもりではなかった。だって。


「でもカナタさん、"ソラカナタ"の方は良いんですか?」


「ん、大丈夫。"ソラカナタ"、もう解散したから」


「あっ……ご、ごめんなさい」


 失言だった。バンドが健在なら、今日の昼だってその人たちと演奏していたはずなのに。


「気にしないで良いよ? もう結構前のことだからさ。ほら、それより早く帰ろっ」


「ああ……はいっ」


 踵を返したカナタさんの背中を、私たちも追いかけた。


 その背中は眩しいオーラに溢れているのに、どこか寂しげだった。






「ふふん、あんパン確保ー」


 夜。すっかり機嫌の直ったフィオさんが、両手にたくさんのパンを抱えてやって来た。顔が見えなくなりそうなほど積み上がる、全部同じ種類のパン。ズボンのポケットでは、ビン牛乳が揺れている。


 昼間も賑わっていたけど、今日は夜も小さなお祭りの日らしい。辺りに屋台が並ぶ中、私たちは広場の端っこのベンチを確保して座ったのだった。


「唐揚げ買ってきたよー……え? あんパン買いすぎじゃない? 冬眠の蓄えか?」


「? 今日食べる分だけど。ウグイス餡とかね、聞いたことない味もあるの!」


「えぇ……」


「フィオさん、あんパン大好きなんです。私と初めて会った時も一つくれました」


「なんかそんな奴、絵本で見たような……ハーティのは?」


「焼きそばパンです。気になっていたんですけど、お屋敷暮らしの頃は食べさせてもらえなくて」


「は? パンにあんこ以外のもの挟むのアンタ!?」


「思想過激すぎない?」


 珍しいユイナちゃんのツッコミをお聞きできた頃、広場の真ん中のステージが何やら賑わい始めた。


「みんなー! カナタでーす! ナイトコンサートの1組目、頑張るよー!」


 わああああぁぁっ、と、ステージに現れた彼女の声に呼応するように歓声が響く。


「もぐっ……どこ行ったのかと思ってたけど、また歌うんだ。よっぽど音楽好きなのね」


「あっ、じゃあ私、カナタさんの分のごはんも買ってきますね!」


「あーい。よろしくー」


 私が立ち上がると、これ見よがしにユイナちゃんは寝っ転がって、私が座っていたスペースを独占しながら手を振った。むむむ。可愛いので良しとします。


 ともかく、私は再び屋台の方へと足を運んだ。


「──、──────!」


 カナタさんの綺麗な歌声に耳を傾けつつ、まわりの屋台を見回す。


「あれっ」


 だけど、広場の近くの屋台はもう全部売り切れていた。また出来上がるのを待つのも良いけれど、せっかくだし他のお店も見てみよう。私は広場を出て、すこし街灯の少ない路地へ歩みを進めた。


「…………?」


 その途中、ふと気になって足が止まった。


「………………」


 青いフードの女の子。顔を隠すようにマスクをして、カナタさんの方を見つめていた。


 ちょっとずつ前へ歩いては、躊躇うように引き返す。明らかに、彼女のことが気になっているようだった。よーし!


「あのっ、すみません」


「っ!?」


 女の子はビクッとして、こちらを振り返った。綺麗な顔立ちの子だ。透き通るような銀髪が、フードの隙間から見える。


「もしかして、カナタさんがお好きなんですか? 近くで見たいならご一緒にどうでしょうか? 席、取れてるんです」


「……っ」


 彼女は無言のまま、困った様子。ちょっと誘い方がいきなりすぎたかも……。


「急ですみません。でも、私の友達もみんな同じくらいの女の子ですし、大丈夫ですよ」


「…………」


 相変わらず何も言わないけれど、でも少し悩んだ後、こくりと頷いてくれた。


 それじゃあ、と私は彼女の手を引いて歩き出す。すぐにフィオさんたちの姿が見えてきた。


「────……。ふうー……ありがとうございましたー!」


 誘うのに夢中で気付かなかった。いつの間にか、カナタさんの演奏が終わってしまった。あらら、カナタさんが満足そうな顔でステージを降り……て……?


「いたたたたたっ!? ど、どうしたんですかっ!?」


「っ!!」


 突然女の子が振り返って、ものすごい勢いで走り出した。引っ張られるがまま、私も転ぶ寸前のような歪な体勢で駆ける。急にどうしたのだろう。


「…………ミソラ?」


「……!」


 その名を呼んだのは、カナタさんだった。"ミソラ"……どこかで一度聞いたような。


 同時に、私たちは足を止めていた。勿論、女の子が足を止めたから私も立ち止まったのだ。だけど彼女の止まり方は、呼びかけに応えるというよりは、全身凍りついて固まってしまったかのようで。


「ミソラ、だよね?」


 私たちの目の前まで駆け寄ってきたカナタさんが、私と手を繋いだ女の子に再びそう呼びかけた。


「……………………」


 それでも、彼女は何も答えない。


「っ」


「ま、待って、ミソラ……!」


 カナタさんがそんな不安げな声を上げるなんて、思ってもいなかった。そんな声を無視して、女の子は細い路地の向こうへ走り去っていく。


「ハーティ? カナタ? なんかあった?」


「喧嘩かー? 僕が代わるよ?」


「フィオさん、ユイナちゃん……」


 なんかあった、と聞かれても、"なんかあった"としか私には答えられない。


 事情を話せるとしたら、むしろあちらの方だ。


「あの、カナタさん……あの子は?」


 カナタさんの方だ。


「……………………わかった。話すよ……アタシの、相棒の話」


 そう言って、カナタさんはフードの紐を解き始めた。片手で器用に。


「びっくりさせたら、ごめんね」


 そう言って、右手でフードを脱ぎ捨てて。


「……!!」


 その体には、"一本"足りなくて。


 片手で紐を解く理由も、フードで体を隠してステージに出ないといけない理由も、それなのだと分かった。

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