#6-4「不幸な祝福」
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夏の日差しがうざったいあの日、6歳だったアタシはミソラと出会った。
あの頃はミュスカの街も、まだあまり発展していない小さな集落だった。20人ぐらいしかいなかった街の子どもは、みんな音楽が好きで、歳に関係なくみんな仲良し。
「ぐすっ……返してよぉ」
「うるせぇー! バーカ」
だけど、どんくさくて音痴なアタシは違った。学校終わりに、こうしてよく歳上の子達にちょっかいを出されて、その度校庭の芝を涙で濡らして。
そんな日々の中、彼女は現れた。
「こらー! やめなさーい!」
「げっ、ミソラ……おい、行くぞ!」
「もう……」
不満げな顔で、彼女はアイツらが放り投げたアタシのカバンを拾って、座り込んで泣いていたアタシのところへ持ってきた。
「大丈夫? 困ったら、すぐ助けを呼んで良いんだよ。そのためにみんなで一緒に暮らしてるんだから」
後で聞いたけれど、彼女が助けに来た理由は、たまたま通りかかったから。そして、アタシの2学年上のお姉ちゃんだったから。それだけだった。そして、それだけの理由で動けるほど、あの頃の彼女は勇敢で明るくて優しかった。
「…………うん」
アタシにはそれが嬉しくて、また泣き出して。
そして、アタシたちは友達になった。
「────、──……」
その日から、ミソラは街はずれの公園でアタシに歌を教えてくれた。学校の音楽の授業は全学年一緒だったから、下手なアタシを前から気にかけてくれていたらしい。正直、彼女の綺麗な歌声を聴けるだけでも、アタシは十分だったけど。
「……うん、上手になったね。力、入れないで歌えるようになってる」
「ほんと!? ありがとー!」
1年もした頃、アタシはそこそこのシンガーになれたのだった。
「ね、ミソラも困ってることない? アタシ手伝うよ!」
「え? えっと……大丈夫。カナちゃんの困り事と比べたら、全然大したことないから」
「良いよ、言ってみて! アタシお礼したいからさっ」
「う、うん。実は……ギターを弾きたいんだけど、ちょっと不器用だから上手くいかなくて」
ギター。ギター? ギター!
「あっ! ギターならアタシ得意だよ! お父さんとちっちゃい頃から弾いてるから!」
アレが子供用にオーダーメイドしてくれた小型ギターだったと知るのは、もう少し先の話。ともかく、そこはアタシの得意分野であった。
「でもどうしてギター? 授業でやるっけ?」
「学校でやるんじゃなくて……バンド、やってみたいの。だから、弾きながら歌えるようになりたいなって」
「そっかー。よーし、じゃあいっぱい教えちゃう!」
そうして指導を始めてから、はや3年。アタシが10歳の時。
「うーん……」
「ご、ごめんね……」
ミソラは一向に、ほんっっっっとうに、上手くならなかった。"ちょっと不器用"という表現はかなり誇張気味。その指は指じゃなくて触手なのか? と思うほど歪な挙動をして、摩訶不思議な音色を奏でる。歌声は女神様でも降りてきそうなほど綺麗なのに。
「よーし、分かった! ミソラ、アタシと組もうよ! アタシがギターやる!」
だから、アタシはダメ元で言ってみた。天才歌姫と、ちょっとギターが得意なだけのどんくさい子供が組む。そんな身の程知らずな提案を。
「………………」
「あー……い、嫌だよね」
「え? あ、ううん! ごめんね、今バンド名考えてた」
「気早っ!?」
普通、返答の前にやることじゃない。とはいえ、暗に肯定を意味するその言葉が嬉しかったのだけど。
「……そうだ。ミソラとカナタで」
そうして生まれた。"ソラカナタ"が。
それから、晴れの日も雨の日も練習して。上級生に対決を挑んで、負けて、また練習して、また負けて。
のど自慢大会に出て。たまに入賞したら大はしゃぎして。周りの友達が音楽に飽きてからも、アタシたちはずっと弾き続けて。いつの間にか、アタシは13歳に。
「……っ……!」
アタシのギターは更に上達した。自分で言うけど、もう神業だ。あれでまだ13歳? 嘘だろ? って、アタシの妄想の中の観客がよく言っていた。刻む音には一寸の狂いも無いから、後は自分の気持ちのままに抑揚を付けて、たまにカッコつける。
「──、──────! Ah──!」
そして余裕があったら、天使の歌声に耳を傾ける。決して誇張でも相棒自慢でもなく、まさに天使そのものだ。強く響くのに心地良くて、1人の歌声なのに和音のように深く心に透き通る。何より、可愛くて美しいその声が、アタシもみんなも大好きだった。
「…………あっ!」
「わっ、カナちゃんどうかした?」
練習の最中、アタシはふと手を止めた。
「あー、ごめんね止めちゃって……ミソラ、おととい15歳の誕生日だったよね? 神授、授かれた?」
それは全ての15歳の子供にとって、大切な行事。小さな集落だったミュスカも例外ではなかった。1人にただ一つの神秘の異能、"神授"。神様がアタシたちにくれる祝福であり、未来を拓くための力。
「ううん。一応儀式はやったんだけど、特に何も起きなかったの。あんまり才能無いのかも」
端正なその顔が、ちょっと沈んだ表情になってしまった。
「そっかー……」
「でも、私はカナちゃんと歌えればそれで良いから。それより、そろそろみんな待ちくたびれちゃうよ」
「へ? みんな?」
そう言われて、よく分からずに辺りを見回した。街の人たちが1、2、10、15。みんな暇なのか、ただの練習を見物に来ていた。
「えー? みんな、今日公開練習じゃないんだけどー?」
「ははっ、まあそう言わないでくれよ!」
「そうそう!」
みんな離れる気配は無い。ふっふっふ、なら見せてやろう。
「ミソラ、やろっか!」
「うん!」
今日もいつも通り、天使と凡人のセッションで沸かせてやる。
「行くよ! "Black Break"!」
掛け声と共に、ギターでイントロを奏でる。他楽器のサポーターさん達は不在だから、アタシの演奏がこのセッションの要だ。クールでハイテンポなイントロを、一つの狂いもなく響かせる。
「『何がしたいんだい? まだ終わりたくない?
風が吹きつける 僕の背中押して』」
「……わっ」
ギターを弾きながら、そんな声がうっかり漏れてしまった。
風。歌詞に、ミソラの歌に呼応するように、背中からそよ風がほんの少し吹いたから。
「『奴らの失態・重罪 そう許しはしない
怒れる叫びは 地を轟かす Ah──!』」
天使の歌声から一転した、激しい感情を乗せたシャウト。だけど、いつものようにそれに感動している場合ではなかった。
「うおっ!?」
「あぁ? どうしたゲンさん」
「あー、悪い悪い。ったく、いつの間に小せえ地割れが……」
足元を見て不思議がりながら、観客の1人がそう言っていた。
まさか。まさかそんな。
「『世界を──』」
「み……ミソラっ! 待って!」
でも、駄目。もし、万が一、億が一にもそうだとしたら!
「『喰らって! 焼き尽くして!』」
だけど声は届かず、ミソラは歌った。
まともな常識は食い尽くされて、世界が燃え上がる。
「うわああああぁぁぁ!?」
それは、いつものような歓声の叫びではなかった。
「あっ……!」
突然、赤い何かが爆発した。真紅がアタシたちの周りを取り囲む。怯え上がって悲鳴を上げながら、観客が逃げ出していく。明らかな異常事態。超常現象。そして、今ここにその原因があるとするなら。
「風……地を轟かす……焼き尽く……まさか……ミソラ! 歌っちゃ駄目!!」
アタシがそんなことを言うなんて、言わされるなんて、思わなかった。
「『壊せ! 壊し尽くして全部!
君と僕と歪んだ未来と』」
「ミソラ! ミソラ、駄目!!」
駄目。歌っちゃ駄目。どうして? なんで止まってくれないの? まるで、そこにいるのがミソラではないみたい。
「きゃあっ!?」
足が挫けそうになる感覚がして、反射的に下を見た。氷がヒビ割れるみたいに、地面に亀裂が走り始めていた。
駄目だ。こんなのおかしい。だって、彼女の歌は人を救う歌のはずだ。こんなの、止めないと。
「ミソラ! ミソラ!!」
「『悲劇も絶望も 全て飲み込む 都合いい力よ!』」
ああ、駄目だ。神様のお力の前じゃ、アタシの声なんて歯が立たないらしい。
目の前の景色が歪む。公園の草木や木の遊具がバラバラになって、そこに現れた巨大な黒い渦巻きに吸い込まれていく。"触ったら多分死ぬ"。見知らぬ"それ"について分かることはそれだけだった。
「『────』」
「ミソラ……!」
ミソラの体からは力が抜けて、魂のない人形のようになっていた。それでもぼーっとしながら歌詞をその口で紡いで、紡ぎながらその黒い何かに飲まれそうになって。
「駄目っ!!」
急いで走り出せば、逃げ切れたかもしれないのに。アタシにはそんなことできなくて、彼女を引っ張って遠くへ突き飛ばした。
「…………あっ」
それで、時間切れになった。
「がっ……!?」
そして襲ってきた、想像を絶する痛み。なんせ片腕抉り取られるなんて、想像したことすらない。アタシの意識は、それに耐えられず一瞬で闇に落ちた。
その刹那の瞬間、アタシは思った。
こんなものが、神からの祝福なものか──と。




