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#5-7「真意は」

*Side Fio*


「……ハーティ……?」


 火傷だらけになって倒れた少女が、その呼びかけに応えることは無かった。力無く倒れた彼女は、そのまま動かなくなった。


「ウソ……でしょ」


 違う。ウソだ。あたしたちは、3人でアイツに勝って笑うんだ。そんなこと。よりによって彼女がそうなるなんて、あっちゃいけないのに。


「ウォォォォォォ」


 しまった。アイツの攻撃はまだ終わってない。


 光線が来る。次であたしも死ぬ。だけど恐怖は無かった。ただ「ごめん」と、そう心の中で唱えていた。


「っ……あれ?」


 激しい光と高熱が体を包もうとしたその瞬間、それは一瞬で弾け飛んだ。光線はあたしまで届かなかった。


 真っ黒な腕が、目の前であたしを庇った。


「大丈夫。もう、終わらせるから」


 振り返った少女は、よく知る顔で全く知らない姿だった。


 黒い翼。黒い角。両頬に現れた、爪痕のような紋章。


 何より、その生き物の"格"が、あたしのよく知る友達の彼女とは全く違った。だけどそこに、黒亀のような威圧も恐怖もない。ただ「君を守る」という思念だけが伝わってきた。あたしなんて一捻りで殺せるような恐れるべき生き物なのに、彼女にこの身を委ねてしまいたくなった。崇拝したいとさえ思えた。


「僕の前で」


 彼女がそう呟いて、


「っ!?」


 そして、嵐のような風を巻き起こして上空へ飛び立った。気付けば彼女は黒亀の真上。数十メートル先のあんなところまで、いつの間に。


「僕の前で……これ以上奪わせるかぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 音速の急降下で、空が歪んだ。


 そしてその拳が、歪んだ空を貫いた。


「"黒竜牙"ぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 太陽が降ってきたような衝撃。森を吹き飛ばしても不思議ではない威力のその一撃は、だけど黒亀だけを背中から粉々にした。


「ヴォォォォォォォォォォォ…………」


 断末魔を上げながら、その巨大が一瞬にして砕け散った。真っ黒なガラスに似た粒子が、空に散らばっては溶けて消えていく。そうして、そこには彼女だけが残った。


「ゆ……ユイナ! 凄いじゃな──」


 違う。彼女だ。彼女を診てやらないと。


「ハーティ!」


 駆け寄って、うつ伏せたその体をすぐに上向きに返した。


「…………そんな」


 直視したくもない、言葉にしたくもない惨状がそこにあった。骨まで灼かれたような火傷を全身に負ったその身を見て、無意識に思ってしまった。「駄目だ」と。


「そんなわけない。そんなわけない……そんなわけ」


 もう決まってしまった運命に抗うように、彼女の胸に手を当てた。口に手を当てた。そのどちらにも、人が生きているという証は無かった。


「違う……だって、3人で……あたしたちは……」


 違う。違う。機械のように呟きながら、あたしは彼女の胸に手を押し当て続けた。心拍が戻ってくるまで、ずっと、ずっと。ずっと。ずっと。ずっと。


「…………ごめん」


 あたしが欲しがっていた心音ではなく、そんな言葉が先に耳に入った。


「僕が、もっと早く起きてたら」


「……何言ってんのよ。なに諦めてんの!? 死んでるわけない! だって……」


「役立たずだ、僕…………アイツを倒せても、守れなかったら意味無いのに…………」


 違う。言わないで。そんな風に泣かないで。信じたくない。


「僕のせいだ……僕のせいで、ハーティが死んだ……!!」


 違う。違う。違う。


「あんたの、せいじゃない」


 ……違わない。


「言ってたでしょ、どうなるか分からないって」


 彼女は行ってしまった。あたしたちが無力だったから。


「……っ……ああああああああっ……!!」


 悔しくて、悔しくて泣いた。自分が憎かった。自分がパーティの代わりに死ねるんだとしたら、きっと喜んで自分の首を絞めた。だけど、そうはならないから泣くことしかできなかった。


「ハーティ……ハーティ!!」


 ユイナ……違う。誰の声?


「そんな……一体何が……!!」


 大人の声。どこかで聞いた声。


「…………心拍が……そんな……」


 そうだ、目の前のこの人は。ハーティの隣に座り込んで、消えた心音に青ざめているこの人は。


 ハーティの、お母さんだ。


「何を……ここで何をしていたの!?」


「黒亀を……倒して……でも、ハーティが……」


 会話をする気力なんて無かったけれど、真っ白な頭で可能な限り言葉を絞り出した。


「………………神よ、どうか救いをお与えください……!!」


 そう唱える彼女の手元に、緑の光が集まりだした。屋敷で見たあの術と同じ。


「死んだ人も、治せるの……?」


「分からないわ……成功したことは無い。だけど、やってみせる」


 負傷した体の時を戻して、傷を治す力。それなら確かに、死んだ直後の人間なら蘇生できるかもしれない。逆に、それぐらいしかもう方法が無い。あたしたちに手伝えることは、もう無い。


「フィオ……」


「信じよう。絶対成功するわ」


 そう言いかけることしか出来なかった。


「どうして……どうしてあなたは、いつも無茶ばっかりするの……!」


 しわがれた涙声で、彼女は娘に呼びかけた。


「何の力も無いんだから、私やお姉さんの後ろに隠れていれば良いのに……普通の暮らしをしてくれれば、それで十分だったのに……どうして、そんなに人のために頑張ろうとするの……力も無しに人を助けるなんて、こうなるに決まってるのに……!!」


「…………もしかして、あなたがハーティを追い出したのって」


 頭が冷静になって、思考が回復し始めていた。その頭である推測が立って、あたしは彼女に尋ねた。


「この子はヒールの神授を授かれないと、最初から分かっていたの。15歳……神授を授かる歳になる前から、私たちの家の人間は皆、ヒールの能力が断片的に覚醒する。それがこの子には全く無かった……そして、やはり神授を授かれなかった」


 涙声でぼそぼそと、彼女は語る。


「だから、人を治癒する家系であるコロコ家から追い出した。冷たく当たって、私のことを、コロコ家のことを嫌いにさせようとしたの」


「じゃああんた、本当はハーティのこと愛して……」


「かけがえのない娘だもの……この子はきっと、ヒールの神授が無くてもヒーラーになろうとするだろうと思った。だけど、それで救える人間には限界がある。神授無しには救えない重症患者を前にした時、その人を死なせてしまった時……この子がどんな顔をするか、考えたくなかった。だから、追い出してでも家業と関わりの無い生き方を探させようとしたのよ」


 そんな。


「そして、その行いがこの結果を招いたの」


 それじゃあ、この人だけが悪いわけじゃないのか。


 誰も悪くないのに、誰もが優しい思いで行動したのに、彼女は死んだのか。


「…………あたしが、この子を連れ出したから……戻ってお母さんとちゃんと話せって言ってたら、今頃この子は…………」


「あなたのせいじゃないわ。全ては私が、娘との付き合い方を間違えたせい……だけど、私のせいでこの子が死ぬなんてことは許さない…………ぐふっ」


「血が……!」


「ちょっと、あんた!」


 咳き込むと同時に、彼女は血を吐いた。


「私の神授は強力な分、負担が大きいのよ。だからいつも人ではなく、怪我した部位一つ一つを対象に使っている。人そのものに干渉して治そうとすると、対象が大きすぎてこんな風にすぐに限界が来るの……だけど、例え私が死ぬことになるとしても……」


「そんな……それじゃ意味無いよ!」


 ユイナが泣き顔でそう言った。そうだ。結局この人が死ぬんじゃ変わらないじゃない。誰かが死ななきゃ誰も救われないなんて、そんなの。


「そんなの……そんなの、絶対許さない!!」


「フィオ……」


 あたしはすぐさま、ハーティの元へ駆けた。座り込んで、彼女の胸元の緑の光に手を当てる。


「お願い……"エレメントワーク"ッ!!」


 っ……眩しっ……光が、より大きくなった。こんな時だって言うのに、花畑に差す日差しのようなその光に安心してしまいそうになる。


「この神授は……負荷が、軽くなって……?」


「触れたものを"強く"する能力よ! これでどうなるかはあたしにも分かんないけど……でも、アンタもハーティも絶対死なせないんだから!!」


「ハーティ!」


 ユイナも横からやってきて、黒い手でハーティの手を握りしめた。


「お願い……帰ってきて……!!」


 そうよ。帰ってきてよ。あんた、友達の頼みを無視するような奴じゃないでしょ……!


「…………っ……」


「ねえ、今ちょっと息してた!」


「お母さん! あとちょっと!」


「ええ……!」


 ユイナの呼びかけに応えて、ハーティのお母さんは汗を垂らしながらも両手に力を込め続けた。いつのまにか、火傷もマシになっている。出血も止まっている。やれる。


「起きろ……起きろ、ハーティ!」


 強く、その名を呼んだ。


「…………………はい」


 そう、返事をした気がした。






 目を覚ました時。


「……お母様?」


「ハーティ……………おかえり………………ごめん、なさい………………」


 あたしとユイナより先に、彼女がハーティを抱きしめた。


「はい。ただいま、です」


 いつものふんわりとした声で、眠そうにそう言いやがるのだった。あの子は。

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