#5-8「私の覚悟」
□Side Hearty□
目を覚ますと、無事に全部終わっていた。屋敷にいた重症患者は全員一命を取り留めて、新たな犠牲者もなし。私はというと、死んで生き返って、それからまたすこし眠って、いつの間にか屋敷のベッドに運ばれていた。黒亀はあの後、目覚めたユイナちゃんがやっつけたそうだ。流石ユイナちゃんです。
体はもう大丈夫そう。だけど、フィオさんもユイナちゃんも見当たらない。どこかの部屋にいるかな……私は戸を開けて、屋敷の真ん中に向かって歩き出した。ところどころに飾られた絵画。窓から見える庭。昔、傷を付けて怒られた壁。懐かしさでいっぱいの道を歩いていく。
その途中、少し開いたままのドアが1つ。そっと覗き込むと、奥のベッドに見慣れた人影があった。
「お母様?」
近づくと、ベッドに横たわるお母様が、こっちに顔を向けた。
「具合、良くありませんか?」
「どこかの親不孝な子のために、随分力を使ったもの」
「ご、ごめんなさい……」
「冗談よ」
冗談になっていな……なんでもないです。
「その……すみませんでした。勝手に出て行って、ずっと帰らなくて。その上、さっきも勝手に」
「それはもう良いわ。私もあなたとの向き合い方を間違えてしまったようだし。こちらこそ、心無いことを言ってごめんなさい」
ただ──と、お母様は続けた。
「あなたはいつもそうね。自分には難しいことも、出来ないことも、無理して成し遂げようとして。私がどれだけ心配してきたか、分かって欲しいものよ」
「は、はい……」
そういえば、いつもそうだった。子供の頃、膝を擦りむいた時も、風邪を引いた時も、お母様は付きっきりで私を心配してくれていた。
私は嫌われてなんていなかった。ちゃんと大事にされていたんだ。それに気付かないで、逃げ出すことでお母様を突き放したのは私の方だ。
「だけど」
だけど?
「あなたのお友達から聞いたわ。『ハーティが助けてくれた自分たちがこの街を救えば、私がハーティのことを認めると思った』と」
そっか……だから2人は、来たこともなかったこの街のためにあそこまで頑張って。私のために。
「あなたのためにそこまでしてくれる友達なんて、滅多に出会えないものよ。そんな人たちに出会えたのなら、あなたの旅にもちゃんと意味があったわね」
「は、はい。ありがとうございます」
「だからこそ、あなたもあの2人と同じように、真剣にこの先のことを考える必要があるわ」
真剣に……確かに、そうだ。今回みたいに、何かあるたびに揺らぐような覚悟じゃ駄目なんだ。
「これからも旅を続けるのでしょう? だったら答えてみなさい。その旅で何を目指すのか。あなたの言う"心のヒーラー"とやらは一体何なのか」
「それは……」
心のヒーラー。
思い返せば、それは私ではなく、フィオさんが言った言葉。私はそれを信じて、目指すようになったというだけ。
なら、私にとって心のヒーラーって何だろう。私にとって、この旅は何だろう。私がしたいことは何だろう。
フィオさんを助けて。マルトンの子供たちを助けて。ユイナちゃんを助けて。この街を守って。私がしたかったことは何だろう。
……うん。分かった。
「私は多分、悲しいことをこの世界から無くしたいんだと思います」
「と、言うと?」
「神授を授かれなかったあの日、すごく辛かったんです。自分は無能なんだと言い渡されたような気がして……だから、無能じゃないって、自分は出来る子なんだって認められたくて旅をしている……そう思っていました。だけど、それだけじゃなかったって気づきました」
いつも、そんなつまらないことを考える前に体が動いていた。そんなくだらない承認欲求を差し置いて、心はただ"この人を助けたい"って、いつも思っていた。
「私はただ、全部救いたいんです。夢が叶わないなんてことも、良い人が幸せになれないなんてことも、何の罪もない人が大切なものを奪われるなんてことも、全部全部、あって欲しくないんです」
だから助けた。守った。
「みんな幸せでいて欲しいんです。みんな救えるぐらい強くなりたいんです。ただ、それだけが私の願いで……だから、どんな人の心も救えるヒーロー……それが、心のヒーラーです。私の夢です」
全ての悲しみを取り去って、何もかも幸せにする。だって、それが一番良いに決まってるんだから。
「…………ふふっ」
わ、笑われた……!
「ごめんなさい。どんな計画を立てているかと思ったら、そんな幼子みたいな夢を話すんだもの」
「だ、駄目でしょうか」
「いいえ。それだけ言える時点で、ただ逃げ出したあの日のあなたよりも強くなっている。だからそれでいいわ。夢物語も悪くない」
「じゃあ……!」
「ええ、気が済むまで人を助けて来なさい。ただ、一つだけ約束して」
約束。そう言って、お母様は小指を差し出してきた。
「あなたはちゃんと、周りの人に愛されている。お友達にも、メルリアにも……私にも。だから、自分の命を投げ出すような真似は二度としないで。自分を大切にして、そして元気でまた帰って来るのよ」
「…………はいっ!」
小指を重ねると、あたたかな体温が伝わってきた。
顔を上げると、久しぶりに見た彼女の笑顔があった。
あっという間に日が沈む。影が濃くなって、屋敷のランプに次々火がついていく。もうすぐ夕食が出来るし、いいかげんフィオさんたちを探さないと。
「…………?」
なんだか、廊下の奥で揉めている2人が。ユイナちゃんと……屋敷のメイドさん? 聞き耳を立ててみよう。
「えっとー……あの」
「だ、か、ら……お姉ちゃんと、しませんか? 気持ち良い、コト♡」
………………え? ええええぇぇぇぇ!? メイドさんがユイナちゃんに這い寄ってる!?
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……ぐへへっ」
「ちょ……!」
ちょっとだけじゃないです!! 駄目ですユイナちゃん!! この小説は全年齢対象作品ですっ!! あっ連れて行かれる!!
お、追いかけなきゃ……!
「あっ、フィオさん!」
「おー、ハーティ……いっ!? ちょ、何で引っ張んのよ!? あたし部屋で休みたいんだけど……!?」
「来てくださいっ! このままだとこの作品、連載出来なくなってしまいますっ!」
「え、作品? 連載って何!?」
「とにかく、急がないとなんです!」
休憩したかった所をごめんなさい。でもこのままだと、規約を破ったシーンが流れて永遠に休載することになってしまうのです。
階段を降りて、廊下を駆け抜けて、お母様廊下を走ってごめんなさい、突き当たりのドアを押し開けた。
「ユイナちゃん!!」
「ふ……ふぁぁーい……♡」
……あれ、この部屋は。浴室の隣の。
「あっ、ハーティお嬢様。それにフィオ様も。ご一緒にいかがですか?」
「うぉ〜……あー、そこぉ」
マッサージ室だ。
「うぉぉ、肩こりがとれるぅ……ふぁ〜、気持ちぃー」
「ふふっ……私の神授『パーフェクトエスティシャン』があれば、どんな疲労もマッサージでスッキリですよぉ」
…………そうだ。お料理にお掃除に美容。この屋敷のメイドさんは、それぞれに役立つ神授を持っているプロの方々なんだった。
よっぽど疲れていたのか、肩揉みによってスライムのようにとろけて床に染み始めているユイナちゃん。ちゃんと人の形に戻れるのだろうか、あれ。
「そっ……そういうことでしたかぁ……」
「ハーティ、そういうことって? 結局何だったの?」
「いえ……フィオさん、私たちもやってもらいましょうか」
かくして、黒亀以上の危機が訪れたかに見えたものの、ただの私の勘違いなのであった。




