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#4-5「助けて、助けられて、奇跡の景色」

「エコ、明後日のお昼空いてるかな?2時間でいいから」


「お昼ですか?明後日は夜だけ営業の日なので、大丈夫だと思います」


「よーし。じゃ、お昼迎えに行くね」


「えーっと、どこかへ出かけるんですか?」


「それが、なななんと!



 白射し丘に行っちゃいたいと思ってます!」






 どうしてエコを助けるのかと言うと。丘のてっぺんを夢見る、歩けない少女を、僕がなぜ助けようとしているのかと言うと。


 多分、僕がバカだからである。いやギャグじゃなくて、ほんとに。


 里でハーティに救われた時、僕は思った。彼女みたいになりたいって。


 彼女はきっと、"人の心と付き合う才能"がある。人の気持ちをちゃんと分かってあげられて、だけどそれでいて、自分の気持ちもしっかり貫いていられる、強くて優しい人間。それが彼女だ。


 彼女みたいになりたいって言っても、僕にはそんな才能は多分ない。だから、とりあえず人助けをしようと思った。人がしたいと思うことを全力で手伝う。それくらいは僕にも出来ると思う。


 出来ることがあったらやる。やったらまた出来ることを探す。そうしてるうちに、きっとハーティみたいに強くなれるんだ。






「いい、エコ?絶対目開けちゃダメだからね?」


 僕はそう念を押す。竜の翼を見られたくないのだ。


「分かってます。道中に怖い顔の岩がたくさんあるんですよね?」


「そうそう、マジでトラウマになるから。僕は怖いの平気だから大丈夫だけど」


 もっともらしい、いや、もっともらしくもない適当な理由に、しかしエコは納得してくれた。白射し丘のふもと、ちょうど昨日まで飛ぶ練習をしていた場所で、僕の背中に乗るエコは両目を閉じる。首を後ろに曲げて、ギリギリそれが確認出来ると、いよいよ僕は覚悟を決める。


「それより、本当に大丈夫ですか?私のこと背負ったままで」


「ぜーんぜん。エコを2人しょったっていけるよ」


 昨日はずっと、重い岩を担いで飛ぶ練習をした。結果、丘のてっぺん__までは行ってないけど、すぐそばまでは行けた。エコはあの岩よりずっと軽いだろうから、多分大丈夫だ。


「__よいしょっ!」






「つ……つかれた……」


 やばい……10分近く垂直に飛び続けるのは流石に……!


「ユイナちゃん?大丈夫ですか……?」


「あー、うん。多分」


 エコは25キロあるか無いかの軽い体だから、背負っていることに関しては全然問題ない。ただ、昨日までの練習の疲労も重なって、ホントに翼とその周りの筋肉が……やばい。語彙力無いけどやばい。


 さて、すでにメチャクチャ高いところまで来ている。きっと、この坂をあと何十歩も歩かないうちに頂上だ。相変わらず岩と砂ばっかりの茶色い丘だけど、本当に花畑なんてあるのかな?


 少し歩き、坂の上まで行くと、いよいよ短い旅の終わりが見えた。岩製の小さな城のような天然の建築物が、そこにそびえていた。


「わ、なんか出入り口じみた穴が……エコ、目開けていいよ」


「はい……うわあ、凄い……」


 背中に乗るエコが、驚きと感動の混じったような声を漏らした。そりゃそうだ、十数分ぶりに目を開けたら目の前に城があるんだから。


 僕は一歩一歩、縦長の穴に近づく。まるで誰かが来るのを分かっていたかのように、この城は人が通れる穴を開けてくれていた。それかもしかしたら、昔ここに来たっていう旅人が穴を開けといてくれたのかもしれない。


「さてと……」


「行きましょう……!」


 僕たちは穴の中へ足を踏み入れる。幸い、エコを背負って歩いても問題ないほどの高さがあった。奥から風が強く吹き、僕の髪を、そしてエコの栗色の髪を揺らす。


 穴は奥へ20メートルぐらい続いた。僕らは何も話さず、ただこの先にあるものへの期待で胸をいっぱいにしていた。


 本当なら真っ暗なはずの道だけど、岩の合間合間から少しずつ光が漏れているお陰で周りは見渡せる。それに、理由はわからないけど、穴の先からはさらに眩しい光が差してきている。


 明かりが少しずつ近くなる。もうすぐだ。もうすぐ"何か"が見える。


「……よし!」


「ちょ……ユイナちゃん!?」


 せっかちな僕は待ちきれなくなって走り出した。後ろのエコがびっくりして、僕に思いっきりしがみつく。思いっきりしがみついてるだろうけど、全然力がかかっていないのが可愛らしかった。


 光が広がる。視界も広がる。穴を抜けた先に映るものは__






「……綺麗」


 それだけ呟いた。それが本心だった。


 白射し丘の岩の城、その頂上にして中心部。それはただ、美しかった。


 巨大な空間の内側岩は、城の外側の茶色一色が嘘のように、砂も汚れも何一つ付いていない。そしてそれは、宝石のような青い輝きを放っていた。


「……鉱石だったんだ。この丘の岩、多分全部が」


 上を見上げると、ドーム型の天井の中心に、一筋の穴が開いていた。そこから差す太陽の恵みは、青い宝石たちに反射して、青白いオーロラみたいな光を放っている。


 そして、その下__足元のすぐ先には、白い花。空から差す白い光が形になったように、いくつもの美しい花が咲き乱れていた。


 青と白の世界。さっきまで砂漠にいたのに、突然銀世界の景色が現れた、そんな気分。断言できる。きっとこの場所が、ウォーラで一番綺麗な場所だ。


 僕は思わず、空に手をかざした。一欠片でいいから、この景色を手の中に掴みたい__そんな、やけに子供じみた思いが心を揺らしたから。


 視界の端に何かが映って、僕はそれを確かめるために後ろを向いた。エコだ。彼女も同じように、手を伸ばしていた。


「……掴めたりしないよ?」


「あっ……はい、分かってます。でも、あんまり綺麗だから」


 エコはそういって頰を赤らめた。まあ、僕もおんなじことしたんだけど。


 掴み取ることは許されない。だから、僕はただ目に焼き付けることにした。この奇跡とも呼べる、小さな世界を。


「……お昼、食べよっか?」


 僕は懐からお弁当を取り出した。なんでこんなとこに綺麗に仕舞われてたのかというと、それは聞かないで?御都合主義だから。


「はい!」






「足、冷たくない?」


「大丈夫です。ありがとうございます」


 白い裸足が、地面を撫でる。エコをゆっくりと座らせた僕は、お弁当の包みを開く。


「ところで……なんでユイナちゃんは、翼が生えてるんですか?」


「んー? それはねー……」


 エコが尋ねる。会話の基本は質問と応答。仕方ない、答えてやろうじゃ……


 え?


「な……ななな、何のこと!? ツバサッテ!? ボクシラナイヨ!?」


 何で!? 何でこの子僕の翼のこと!? 目つぶってたんじゃ!?


「すみません……途中で一回くしゃみしましたよね、私? その直後に、無意識に目を開けちゃって……」


「あっ……それで、見たんだ」


「神授じゃ……ないですよね?」


「……うん」


「じゃあ、どうして……」


 慌てて正直に答えちゃったけど……神授じゃないけど翼は生えてます、って言ってるんだから、きっとエコは怖がる。いや、きっともう怖がり始めてる。だからバラしたくなかったんだ。折角仲良くなったのに、きっと台無しになっちゃうと思ったから。


 エコを助けたかったけど、竜人であることはバレたくなかった。竜人として人間と話すのが怖いって、こんな時にまた思っちゃった。そんな中途半端な気持ちで、ハーティみたいになれるわけないのに。


 結局、僕って弱いままなのかな。






『ユイナちゃん!』


 "救い"の声が、図々しく勝手に頭の中に蘇った。






「………………竜人、って知ってる?」


 ……ダメだ。そんなのダメだ。僕は強くなる。正直に自分を見せて、胸を張れるぐらい、強く。


「あっ、聞いたことあります……竜と人の間に生まれたヒトたち、ですよね……?」


「そう。僕がそれ。昔人間と色々あって、今は数が減っちゃってる」


 この行動が正しいか、僕には分からない。何か嘘でもついて誤魔化しても良かったかもしれない。


 でも、そんな奴がハーティみたいになれるわけない。それだけはわかるから、僕は絶対にそうしない。


 人間は怖い。でも、怖いからこそ真っ直ぐに向き合うんだ。


「私にそのことを知られたくなかったから……だから、目をつぶって、なんて言ったんですか?」


「うん……でも、聞いて。エコをここに連れて行ってあげたかったのは本当だし、それに僕は人間じゃないけど──」


「人間ですよ。ユイナちゃんは」


 温かい。エコの手が、僕の手に触れていた。


「翼があるけど、人間です。いいえ……翼がある人間って、羨ましいですよ。カッコいいじゃないですか」


「でも、竜人は──」


「種族で考えちゃダメです。ユイナちゃんはユイナちゃん、優しくて面白くてカッコいいひとです。私はそう思います」


 そう言って、エコは無邪気な笑みを見せる。


「……おかしいな。エコのこと助けるつもりだったのに、なんか助けられちゃった」


「そんなことないですよ。私も、白射し丘に来れて良かったです。今まで家の外にもあんまり出れなかったのに、いきなりこんなところまで来ちゃって……なんていうか、なんでも出来るような気がしてます」


 ユイナちゃんのおかげなんですけどね──彼女はそう付け足した。


「なんでも出来るよ。エコだって、こんなに強くて優しいんだから」


「はい。ユイナちゃんもそうですよ」


「うん。もう、人間を怖がるのやめる。僕も強くなる」


 結局僕は、また人に救われた。借金ばっかり貯まってくみたいな気分だ。


 でも、いつか僕も誰かを救いたい。ちょっとした人助けも良いけど、誰かの人生を変えるぐらいの、大きな"救い"になりたい。


 白い髪の、のほほんとした彼女みたいな。


「さ!お弁当食べましょう、ユイナちゃん」


「うん──ん?」


 そう言ったエコの後ろに、人影が見えた。


 黒い髪を風に揺らしながら、おつかれさん、と呟いているように見えた。

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