#4-3「白射し丘」
☆Side Yuina☆
「願いと試練の交換……かあ……」
さっき出会ったあの人のことが、どうも頭から離れなかった。恋とかそういう感じの忘れられないじゃなく、トラウマとかそっち方向だ。
「そういえば、なぜか僕の名前も知ってたし……」
確か、面識はなかったはず。なのに彼女は僕を知っていた。遠い親戚で、僕の名前を知ってたりするのかもしれないけど、それでも顔と名前が一致はしないはずだ。会ったことないんだから。
もしかして、僕は何かしらの界隈で有名だったりするのでは?とも思ったけど、それ何界隈だよって話だ。あ僕っ子界隈か、僕可愛いもんね。
「……あ」
物思いにふけていた僕の意識は、紫の暖簾が視界に入るのを機に現世に戻ってきた。昨日のあの団子屋だ。"檜"……暖簾のこの文字は読めないけど、隣に"Hinoki"と書かれている。きっとヒノキってお店なんだろう。
今やってるかな……?僕は戸に近づき、手をかけて横に引く。
「あっ……」
瞬間、僕の視界は暗黒に染まるのだった。
「ごめんなさい!!ほんっとうにごめんなさい!!」
「んー……だいじょぶ……」
目の前の女の子は、薄茶色の綺麗な髪を揺らしつつ、何度も深く頭を下げる。その度に、"檜"の文字が描かれたエプロンと、花を模した首飾りが一緒に揺れている。
経緯を話すと、こう。
僕、戸を開ける。彼女、戸をモップで磨くつもりだった。戸が開いて、案の定そのまま僕の顔にモップ衝突。目の前真っ暗これはひどい。
「開店前なのに、戸の鍵開けちゃってたから……」
「いやー、開店前なのに入ろうとした僕も悪い」
まあ、起こってしまったことはしょうがない。フィオが食らってたらもっと面白かったのにとは思うけど。
それよりそれより。今まで会った人の中で僕とハーティの次ぐらいに可愛いこの子──エコ(さっきお互い自己紹介した)の特徴を語る上で欠かしてはならない要素がある。
非常に細いを超えて、言ってしまえば"異常に細い"エコの両足は、地面に付いていない。車椅子に座ってるからだ。
多分……歩けないんだろう。
特に何を言うわけでもなく、僕は顔を拭くために貰ったタオルを置き、お茶を一口すすった。
「そう言えばユイナちゃん、町の東のはずれには行きましたか?」
「行ったっていうか、東から来たよ? 僕たち」
「ホントですか!? えっと、"白射し丘"には行きました!?」
「白射し丘……? 多分行ってないけど、なんか超高い丘あったよね?」
「それが白射し丘です! 険しくて登るのはすっごく難しいんですけど、そのてっぺんに"光射す穴"っていう場所があるらしくて……そこはすっごく綺麗な花畑になってるっていうんです!」
そう伝説というか、お話があるんですよ__エコはそう続けた。
「この町の人もてっぺんに辿り着いたことはないんですけど……その昔、ひとりの女の人が唯一、頂上の景色を見れたんだとか」
「ほほう……きっと僕並みのクールビューティだ」
「ふふっ」
あ、適当に愛想笑いされた。
「本当に誰も見たことないの?この町の人は」
「辿り着けませんからねえ……私もお花大好きなので、見てみたいんですけど」
そう言って、エコは自分の足を悲しげに見た。
「言いたくなかったらいいんだけど……なんで歩けなくなっちゃったの?」
嫌なこと聞いてるのは分かってたけど、それでも聞きたくなってしまった。いつもこういうのは、言ってしまってから後悔する。
「生まれつき、右足の神経がちゃんとできてなくて……栄養は届いてるんですけど、動かせないんです」
「なんとか出来ないの……? ほら、ヒーラーの人とか__」
「そう思って、昔診てもらったんですけど……ヒーラーは切れた神経を治す人であって、もともと無い神経を作ることはまず出来ないらしいです」
「そっか……」
辿り着けない、じゃない。彼女はそもそも、挑戦することもできないんだ。
「……ねえ、人を背負って白射し丘を登り切れないかな?」
「え……なんでそんなこと」
「あー……えっとね、僕の仲間にも体が弱い子がいて。背負ってあげないと丘なんて登れないよなー、なんて」
僕は適当に嘘をつく。
「そんなの無理ですよ。白射し丘がなんで登れないって、それは険しい段差や急な坂道がたくさんあるからなんです。1人で進むのも難しいそんな道を、人を背負って歩くなんて……」
「そっかぁ……んー」
エコを連れては行けない。背負って歩くのは無理。というか、僕1人でも歩くのは難しい。
歩くのはダメ。歩くのは。
……歩かなかったら?
「……エコ、ちょっと僕用事思い出した。また後で来るよ」
「はい、是非!」
そう言った瞬間のエコの顔も確認できないスピードで、僕は店の外へと駆けた。
「うっわ、高いなあ……」
僕は空を見上げる。正確には、その隣の高い丘を。
「たしかに、歩くのは無理だなあこれ……」
そう、歩くのは無理なんだ。
でも歩かなかったら? 例えば__飛んだなら?
ただ、僕は飛べない竜人。なら諦めるしかないのか__ううん、違う。
ええと、あの人なんて呼べば来てくれるかな? 名前知らないし……えっと……。
「……め、めっちゃエロいお姉さん!」
「はーい」
「うわっ!? ビビった……」
来るの早すぎでしょ。そしてどっから来た。
「もー、ユイナちゃんうちのことそんな目で見てたんやな〜。いやーん♡」
僕が呼び出した黒髪のあのお姉さんは、そう言いながら胸元と腰を腕で隠す。うわ、エッロ。
「だって、名前知らないし……」
「あー、言っとらんかったな? うちティアム。ほなよろしくなぁ、ユイナちゃん」
「よろしく……それでさ」
僕は息を吸い、続けた。
「"願いと試練の交換っこ"をしたいんだけど」
「うんうん。そろそろ言うと思っとったで」
それを聞くと、ティアムは満足げに頷いた。まるで、こうなることが分かってたみたいに。
「その前に、しっかり説明せんとな? "願い"、これは簡単やな。ユイナちゃんの願いを叶えたる。うちにはそれが出来る。お代は要らんよ」
なんでタダでそんな__
「なんでタダでそんなことするんだって顔しとるね? 悪いけどそれはまだ言えんわ」
え? 心読まれた?
「ただ、お代は要らんけど、代わりにユイナちゃんには"試練"を与える。それをクリアできないと願いは叶わないっちゅうことやね。こっちも詳しい理由は言えへんけど、ざっくり言うとユイナちゃんに成長してもらいたいからや」
「なんか怪しいけど、本当に願いは叶うんだよね?」
「叶う叶う。叶わんかったら、うちのこと思いっきり殴ってええで」
そんなチンピラみたいなことはしない……あれ? 今回は心読まれなかった?
「なんで読まれなかったんかなあ?」
「それやめてくれる!? 会話集中できないんだけど!」
やっぱり読まれてたらしい。
「それで? 試練って何すればいいの?」
「うーん、まあ今回はユイナちゃんの願いと試練が一致してもうてるけど……」
ティアムは唇に指を当て、考えるそぶりを見せる。そして、こう続けた。
「……飛べるようになる。今日を含まず2日以内に、つまり明後日が終わるまでに。それが試練や」
やっぱりそれか。一致してるって時点で分かってたけど。
「まあ、大体察してたわな? ユイナちゃん、もともと飛べるようになりたかったんやろ? せやからユイナちゃんの願い折ってもうた感じあるけど……まあ、何か他の願いを言ってな」
他……それなら、僕の願いは一つ。
「……3日後、明々後日を、思い出を飾れるぐらい良い天気にしてほしい」
「んん、お安い御用やで♪」
……って、え、お安いの? 天候だよ? マジで何者なのこの人?
「何者やろな?」
「だから心読まないでって!」
こうして、僕の特訓が始まる。
エコ、待っててね。




