3-6「スレチガイ」
□Side hearty□
「ここが……」
目の前に、木の一軒家。どうやら、ユイナちゃんの家らしい。昨日会ったあのお姉さんと同居してるんだとか。
ユイナちゃん、きっと私の顔を見たら怒るけど……そこは大丈夫! だって……。
「……お面つけてるから、バレないって?」
「ひゃっ!?」
え……ユイナちゃん!? 何でお庭に!? ユイナチャンナンデココニ!?
いや……大丈夫! ハーティだってことはまだバレて……。
「白い髪だから……ハーティだっけ?」
「ひょぉ……いやいや、だだ、誰ですかハーティって!?」
「この里に白髪の女の人いないし。普通にあったらまともに口聞かないと思って、お面してきたんでしょ?」
ギクッ……!?
「あ、ギクッて思った?」
「ギクッ!?」
「そして言ったね……変装なんかしなくても、話したければ話すよ」
「えっ……ホントですか!?」
「うん。その……昨日は悪かったよ。流石に出会って即攻撃はやりすぎた」
「大丈夫です、気にしてないですよ。よく言えました〜」
ユイナちゃんの頭を、そっと撫でようとした瞬間。
「あだっ!?」
手を払って拒否された。それも、虫をはたき落とすみたいに……。
「触って良いとは言ってない!」
「そんなぁ……」
とはいえ、とりあえずお家には入れてくれて。
「なんか飲む? 姉ちゃん出かけてるから。淹れるよ」
「大丈夫です。お構いなく」
「ん? じゃいーや」
「あっ、はい……」
こういう時、断っても何か持ってきてくれるものだから、てっきりそうかと……ホントにいらないから良いけど。
私は白いテーブルの下からイスを引き出して、そっと座った。向かい側に、ユイナちゃんも座る。
「窓開けよ……」
ユイナちゃんは呟くと、大きな黒い手__竜の手を窓まで伸ばし、座ったまま窓を開けた。
「すごい……翼とかも生えてるんですか?」
「生えてるけど、僕は飛べない。すごく小さい頃は飛べたけど……何年か前から、急に飛べなくなっちゃってさ」
ユイナちゃんは言い終えた後、イスにしっかり座り直して、私を見た。
「さてと……それで? なんか用?」
「はい! ユイナちゃん、私たちと一緒に来てください!」
「やだ」
「即答!?」
「って言いたいけど……」
ユイナちゃんはなにかを言いかけたまま、考え込んでいる。
「……とりあえず、色々教えてよ。何しに行くのかとかさ。多分行かないけど」
「あっ……そうでしたね。私たち……私とフィオさんは、旅をしてるんです」
「ふーん。でも何で僕なんか誘うのさ? 一緒に行く仲間がいる欲しいってだけなら、僕行く気ないから。他を当たりなよ」
「そうじゃなくて……"ユイナちゃんだから"、一緒に来て欲しいんです」
私がそう言うと、ユイナちゃんは驚いた顔を見せた。
「……そっか、姉ちゃんか長になんか言われたんでしょ? 『人間に心を開かせろ』だとか」
そう言って、ユイナちゃんは不審がって私を見る。
汚れたグラスに綺麗な水を差しても、底に潜む穢れがまた、透き通ったグラスを汚してしまう。その奥にあるものを見えなくしてしまう。
でも……私が見せてあげなきゃ。グラスの奥にあるものを。傷ついた心の向こう側にある、大切なものを。
「……お姉さんや長には、何も言われてませんよ。私が、ユイナちゃんと一緒に旅がしたいんです。本当です。人間は悪い人ばっかりじゃないって、知って欲しいんです。楽しいですよ、色んな人と過ごすの」
「……」
「今すぐ来てとは言いません。じっくり考えて、行きたくなったら……」
「……うるさい」
一瞬、目の前で起きたことが理解できなかった。
水滴が地面に落ちるような、すごく短い時間の後__ユイナちゃんが、黒い竜の手をテーブルに叩きつけたのだと気がついた。テーブルには強くヒビが入り、直撃を受けた部分は吹き飛んでいる。
「ユイナちゃん……?」
「うるさいんだよ! みんなして人間人間って……嫌いだって言ってるだろ!」
「ま、待って……」
「話しかけるな!!」
ユイナちゃんは叫ぶと、部屋の奥の窓を叩き割って、外へ飛び出して行った。
「……ユイナちゃん……」
静まった部屋に、微かな風が吹く。
空は太陽が陰り、鉛色に染まりかけていた。
☆Side Yuina☆
「はあ……はあ……」
道の真ん中で立ち止まり、僕は荒い呼吸を繰り返す。視界がクリアになっていくと共に、苦しかった胸が自由になってきた。
普通に呼吸出来るようになってから、僕は自分が怒り任せに走り回っていたことに気がついた。
ここは……うん、里の近くの山だ。斜面には沢山の木々が立っている。
とりあえず、ちょっと休みたいな……僕は大きな木に歩み寄って、座り込んだ。上を見上げると、そよ風に木の葉が揺れていた。
「……なんでみんな……」
なんでみんな、『人間と仲良くなれ』って言うんだろう。
みんな言う、僕のためだって。僕はそんなこと望んでないのに。みんな、自分の意見を僕に押し付けてるだけだ。僕の気持ちも知らないで。家族を殺した奴らの仲間に、自分から近づくわけあるか。
「……でも、ハーティはなんか……あったかかった」
バカで天然で弱そうで……でも、心のどこかで確かに感じてた。優しい奴なんじゃないかって。本当に僕のこと、思ってるんじゃないかって。
考えてみれば、みんなを殺したあいつらとハーティは別人だ。人間そのものを恨むこと自体、間違ってた。みんなはきっと、そのことが僕より早く分かってたんだ。
だけど、もう関係ない。
僕は突き放しちゃった。自分の手で。たとえ何か変えられたんだとしても、もう僕はそのチャンスを捨てちゃったんだ。
結局、人間より竜人の方が、ずっと弱かった。
「もういいや……帰ろう」
里の方へ歩き出そうとした、その時。
「……ちゃーん?」
どこからか、微かな声が聞こえた。僕は耳を澄まして、その声がもう一度聞こえてくるのを待った。
「……なちゃーん? ユイナちゃーん?」
ハーティの声……大声で僕を呼んでるみたいだ。僕は声のする方へ駆けていく。
「ハーティ? どこだよ!」
草をかき分けながら、僕も大声で名前を呼ぶ。
「こっちかな……?」
木々を抜けた先には、乾いた狭い平地になっていた。
「あ、ユイナちゃん! 探しましたよ」
「なんでこんなとこに……そこ崖だし、危ないよ?」
ハーティは無垢な笑顔を見せながら、崖の近くに立っていた。
「……飛び降りないよね?」
「いやいや、まさか! そんなことしませんよ。ここから見える景色が綺麗だと思って」
「なら良いけど。今何時?」
「えっと……10時半ぐらいだと思います」
「もう1時間ぐらい経ってたのか……」
「はい。だから、探しにきました」
「うん……」
言葉が出ない。なんて言ったら良いか、分からない。
「……ごめんなさい」
代わりに、ハーティが口を開いた。
「ユイナちゃんは人と会いたくないって言ってるのに、何度もしつこく誘って……怒って当たり前ですよね」
空色の透き通った瞳が、悲しげに沈んだ。
「それは……」
「良いんです。私と一緒に来てくれなくても……でも、人間は悪い人ばっかりじゃないって言うのは本当です」
ハーティはそう言って、崖の方を振り向いた。太陽が昇る方を。
「……なんで」
「え?」
「なんで、僕のためにそこまで……」
それが分かんないんだ。初対面でいきなり攻撃して、あんなに怒って……そこまでしたのに、なんでハーティは……。
「なんで……」
「……」
ハーティが、何も言わず振り返る。
両目に涙を浮かべて。




