広域スキャンと猫耳少女
一夜が明け、朝の柔らかな光が泥レンガの隙間から差し込んでいた。
分厚い土壁に守られた【1号拠点:泥レンガの砦】の中は、外の過酷な風音も硫黄の刺激臭も完全にシャットアウトされ、驚くほど快適で静まり返っていた。
「……ふぁぁぁあ。ぐっすり寝られたぞ!」
追放されて以来、初めて死の恐怖を感じずに熟睡できたレオは、格別の爽快感とともに伸びをした。
(≪おはようございます、レオ。生存状態良好。体力の完全回復を確認しました≫)
(おう、おはようクロニクル!家があるってだけで、こんなに安心して寝られるもんなんだな!)
(≪現状の安全確保は完了しました。……万能書庫レベル2の解放に伴い、新機能【広域魔導スキャン】を起動します。拠点周囲3キロ圏内の地形・物質反応・生命反応を解析します≫)
「広域スキャン……!頼むぞ!」
レオが小屋の外へ踏み出すと、脳内に青く輝く幾何学的な立体マップがぶわっと広がり、荒野の起伏や岩場、隠れた水脈がゲームのミニマップのように鮮やかに浮かび上がった。
(うおっ!?頭の中に地図が立体的に浮かび上がってきたぞ!)
(≪解析完了。注目すべき主要ポイントを3箇所特定しました。……南西1.2キロ【毒性植物群生地域】。北西1.5キロ【古代遺構】。……そして北東800メートル【瘴気漂う死の毒沼】≫)
(毒果樹園に、怪しい古代遺跡か!どっちも面白そうだな!)
(≪警告。北東の【死の毒沼】の中心にて、微弱な生命反応を検知。生体波動解析……亜人(猫獣人族)と推測されます。体内の毒素侵食率92%。放置すれば数分以内に心停止に至ります≫)
(なっ……!人が倒れてるのか!?おいクロニクル、北東の毒沼へ急ぐぞ!!)
レオは迷わず叫ぶと、泥レンガの家を飛び出し、赤いマーカーが示す北東エリアへ向かって全力で爆走を開始した!
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走り出すこと数分。見渡す限りの荒野の先、すり鉢状に凹んだ巨大な窪地が現れた。風が通らない窪地の底にはドロドロとした紫色の液体が溜まり、重苦しい瘴気が紫煙となって立ち上っている。
その窪地のフチ、岩の陰に小さな影が倒れていた。頭にはぴんと立った二つの三角耳、お尻からはしなやかな尻尾が生えている。ボロボロの革鎧を着た、小柄な猫耳の少女だった。
「いた……ッ!おい、しっかりしろ!!」
レオは迷わず、滑り落ちるように毒沼の窪地へ飛び込んだ!
バシャッ!!
靴底から紫色の毒水が跳ね上がり、重苦しい瘴気が全身を包み込む。
(≪有害瘴気および皮膚からの接触毒の侵入を感知。【魔性順応】全開駆動を開始します≫)
パキきぃぃんっ!!
レオの全身から眩い青い光が弾け飛んだ!窪地に充満していた毒素がレオの皮膚から一気に吸い込まれ、凄まじい運動エネルギーへと変換されていく!
「ぬおおおおおっ!!体が熱い……力が湧き上がってくるぞ!!」
レオは一瞬で少女のもとへたどり着くと、その華奢な身体をそっと抱き上げた。胸元に手を当て、体内の【魔性順応】を稼働させる。
「俺の身体へ……来いッ!!」
パァァァッ……!
レオの手のひらから解き放たれた青い光が少女を包み込み、体内に溜まっていた不気味な毒斑を磁石のように引き抜いて体内へ吸い上げていく!
(≪抽出完了。少女の体内から有害物質を99.8%除去。──生体波動を詳細解析。個体名:ミニア(猫獣人族)。)
(≪補足。対象は、苦しんでいる善良な人々や珍しい情報を本能的に察知し、引き寄せる極めて稀少な特異個体と判定します≫)
(引き寄せとスカウトの才能……!?この小さな女の子が、そんなすごい素質を秘めてるのか……!)
呼吸を取り戻した少女の肌に血色が戻り、危険域を脱したことを確認したレオは、彼女をそっと背中に負うと、速やかに【1号拠点:泥レンガの砦】へと引き返した。
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拠点へと戻り、柔らかい草を敷き詰めた床の上に少女を優しく寝かせた。無毒化した冷たい水で絞った手ぬぐいを額に乗せてやると、やがて少女の長いまつ毛が震え、琥珀色の大きな瞳がうっすらと開いた。
「あ……れ……?あたし……助かったのかニャ……?」
「おう、目が覚めたか!気分はどうだ?」
覗き込むレオの顔を見て、少女は「ひゃいっ!?」と可愛い悲鳴を上げて跳び起きた。頭の三角耳がピクピクと逆立ち、しなやかな尻尾が警戒で膨らむ。
「だ、だだだ誰ですかアンタ!?ここはどこニャ!?あたし毒沼で動けなくなって……って、体中の痛みが消えてるニャ!?」
「落ち着けって!俺はレオ。ここは俺の家だ。毒沼で倒れてたお前を見つけて、体の中の毒を抜いてここまで運んだんだよ」
「毒を……抜いた……!?あんな死の毒沼の毒をですかニャ!?」
琥珀色の目を丸くする少女。周囲を見回すと、分厚い泥レンガの壁に囲まれた頑丈な室内、そしてサイドに置かれた清らかな水の入った器があった。
「嘘……中は風も通らないし、温かくて硫黄の匂いも一切しないニャ……!こんな死の荒野に、こんな快適なお家があるなんて……っ」
外観の質素さと内側の圧倒的な快適さのギャップに、少女はポロポロと大きな涙をこぼした。
「あたし……商人ギルドの荷物運び中に失敗しちゃって……荒野に捨てられて……さまよい回ってるうちに毒沼に落ちて……もうダメだと思ってたニャ……っ!ありがとう……助けてくれてありがとニャ……っ!」
「おう、もう大丈夫だ!よく耐えたな」
レオがニッコリ笑って頭を撫でてやると、少女は照れたように耳を伏せ、感極まった表情で名乗った。
「あたしの名前はミニアです!亜人のスカウト兼行商人をやってました!レオ様、あたしを助けてくれて本当にありがとうございますニャ!耳と鼻の良さには自信があります!どうかここに置いてくださいニャ!」
「ああ、大歓迎だ!一緒に最高の場所を作ろう!」
力強く拳を握りしめるミニア。しかしその直後——
グゥゥゥゥゥ〜〜〜〜ッ!!
静かな室内に、盛大なお腹の虫の音が響き渡った。
「ふぁっ!?」
ミニアは顔を真っ赤にして耳を極限まで押し倒した。
「あはは!そう言えばお前、何日もまともに食べてねえんだろ?」
「うぅ……三日くらい、干し肉の切れ端しか食べてなくて……ニャ」
レオは笑いながら立ち上がった。
(クロニクル、さっきスキャンで見せた南西の【毒性植物群生地域】……あそこに極上の果物と薬草、それに大トカゲの肉があるんだったな?)
(≪肯定。ですが南西エリアには酸毒を噴出する大型魔獣【酸液大トカゲ】の反応があります。現在のミニア個体の体力では同行不可能です≫)
(分かってるさ。ミニアにはここでゆっくり休んでもらう。俺がサクッと魔獣をぶち倒して、最高の食材と防具の材料を持って帰ってきてやる!)
レオは拳を固く握りしめ、ミニアに向かってニタリと笑ってみせた。
「ミニア、お前はここで水を飲んで、ゆっくり寝ててくれ。俺がすぐ、お腹いっぱいになれる最高の『美味いメシ』を狩ってきてやるからな!」
「えっ……!レオ様、一人で外に!?危険ですよニャ!?」
「心配いらねえ、ゆっくり寝て待ってろよ!」
安全な拠点と、初めてできた最高の相棒「ミニア」。
守るべき存在ができたレオの胸には、これまでにない力強い誇りと熱意が満ちあふれていたのだった。




