第五十話 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
――王都アステリア 商業ギルド 応接室
「して、レオナール殿下とロザリア殿下がこのような、むさ苦しい場所に来られたのは、どういった用件ですかな。サトウ殿」
アルベルトの笑顔がこれでもかというほど引き攣っている。
「いえ、この度ロザリア殿下には大変お世話になりました。この機にいつもお力添えいただいているアルベルト様にもご紹介させていただきたく馳せ参じました」
俺が完璧な営業スマイルを浮かべれば、アルベルトの引き攣った顔は益々ひどくなる。
「ロザリア殿下、レオナール殿下共に直接商談の機会もいただきましたので、今後、私が持ち込む商品に関しましては、必ず私がお伺いします」
アルベルトがレオナールとロザリアへ目配せする。
レオナールは嫌そうに、ロザリアは元気よく頷いた。
アルベルトの目尻が僅かに引き攣る。
「そうはおっしゃいますが、サトウ様はお忙しいでしょう。注文が入ったからと言って、必ずこちらにいらっしゃるとも限りません。そのような場合はどういたしましょうか」
俺は机の上に通信機を置く。
「こちらは?」
「こちらは離れた場所でも会話ができる魔道具になります。連絡さえいただければ、世界のどこにいてもすぐに駆けつけましょう」
この二人の前でわざわざ話しているのだ。
もう、「お忙しそう」だから、で逃がしはしないぞ。
アルベルト。
俺は魔道具中央にある、赤い通話ボタンを押す。
すると無駄に可愛らしい鈴の音が、アルベルトの前方から鳴った。
アルベルトが恐る恐る手に取り、魔道具の今度は青いボタンを押す。
「このように、世界のどこにいても、話すことができます」
俺の声がアルベルトの魔道具から響く。
「これは、すごい。こんなものがあるとは知りませんでした」
アルベルトの腹の底に響くような笑い声が部屋中に広がる。
しかし、声音以外の全てが笑っていない。
俺は爽やかな笑い声をあげ、満面の笑みで握手を求める。
「今後ともどうぞよろしくお願いいたします。アルベルト様」
「もちろんです。よい関係を築きたいものですな」
握ったアルベルトの手は、俺の手を握り潰す勢いだった。
完全勝利といえよう。
――黒金山
広場はいつになく賑わっていた。
どうやら、地方にいたドワーフたちが帰ってきたようだ。
広場の端には、フレアと緑竜が寄り添い合って眠っている。
どうやら、緑竜はここに棲みつくつもりらしい。
これからは物流も頻繁になるだろう。
ありがたい限りである。
「おぉ!小僧!無事だったか」
ドワーフの一人が大声を張り上げた。
俺はそのドワーフの横に座り、エールを一杯ご馳走になる。
「いただきます。鉱山の採掘権が得られましたので、明日にもグラステラ公国に向かいましょう」
ドワーフの太い眉毛が持ち上げられる。
背中を力強く叩かれ、俺はエールを吐き出した。
「採掘権まだ手に入れてなかったのか!」
ドワーフたちの野太い笑い声が、黒金山に広がっていく。
その日は、疲れからか泥のように眠った。
――翌朝
グラステラ公国へ、フレアと緑竜の背に乗り訪れる。
一緒に数人のドワーフにも同行してもらった。
採掘チームはグラステラ公国に生活の拠点を作るべきだろう。
俺たちは、初めてフレアと出会った鉱山に足を下ろす。
ドワーフたちは、現場を見ながら採掘方法を相談している。
「本当に、この火山から鉱石が採れるのか。私には信じがたい……」
グラステラ王だ。
本日はここで、鉱山資源の配分割合を決めなくてはならない。
まぁ俺が買収した土地なので、基本的には俺に権利がある。
「えぇ私はここでミスリルを手に入れてます。しかし、火山の採掘は危険なことも多いため、プロに任せる方がいいでしょう」
グラステラ王は、落ち窪んだ目で俺を捉えた。
「民へ食事を用意してくれたこと、心から感謝している」
グラステラ王が深く頭を下げた。
側近がそれに続く。
やめてくれ、それは営業マンである俺の専売特許なのだ。
居心地が悪いことこの上ない。
「顔を上げてください。これから、鉱山の採掘割合や芋の栽培、それに井戸の掘削など、やるべきことは山積みです」
グラステラ王が頭を上げると、それに合わせて側近もこちらを向く。
「まずは鉱山資源の分配についてですが、こちらは私の所有物になりますので、すべて私の資産となります」
「それは、あんまりではないか?!」
騎士団長が怒鳴る。
それをグラステラ王が制した。
「かまわん。続けてくれ」
「はい。ではその鉱山資源や今後の農業や観光ビジネスの収益の3%を納税させていただきます」
側近や騎士団長の顔がみるみる赤くなり、悔しそうに拳を握っている。
「そして、復興費として20%を還元させていただきます」
その言葉にグラステラ王が弱々しい声を上げて笑う。
側近もこの話がわかったようだ。
一人困惑したまま騎士団長が首を傾げている。
「抜け目ないこと、この上ないな。その条件でいいだろう」
俺は準備していた羊皮紙の契約書を手渡す。
グラステラ王がそこへサインをした。
「今後も収入が得られた場合、税金と上納金の割合を保ってください。しばらくは国庫の充実に力を入れるべきですからね」
「つまり、其方は『戦争賠償』など、そもそもするつもりもなかったわけか」
「滅相もございません。あくまで『税金』の5%をお支払いすればいいのです。契約に一切の落ち度もありませんよ」
グラステラ王の小さいが楽しそうな笑い声が、火山灰の街に密やかに響く。
さぁここからが、『グラステラ公国』開発プロジェクトの開始といえるだろう。
「ところで、佐藤はん?」
「なんですか?専務」
「あんたさん、一年後の計画とかしとったけど、帰るんはあきらめたんかいな?」
俺の手から「契約書」がこぼれ落ちた。
「なんやその顔?!まさか忘れとったんちゃうやろうな?!」
まだ、こちらに来て十二日だ。
今ならまだ確実に俺の席は会社にあるだろう。
しかし、一年後ともなると、流石に残っている自信がない。
俺は頭を抱えて崩れ落ちた。
「佐藤はん、もう諦めてこっちで暮らしたらどうや」
白狐専務。
今まで散々言われたこの言葉をお返ししよう。
「人の心とかないんですか?」




