シロガフルヨアケ【2】◻︎挿絵
読みやすさ、戦闘の空気感の表現を大幅加筆しました
息を呑み込み、考えがまとまらないまま俺は言う。
「やばくね、これ…」
すると、レモンは「ちょっと…ヤバいですね」と呟いた。久しぶりに聴いたレモンの敬語、事態が切迫しているからだろうか。
なんて思った矢先。
「この場合悠夜さんにどれだけ残したら…」
「っいやお前の頭がやべぇよ! 今どう考えたってんな余裕ねぇだろがっ!!」
「いえ、正直そうでも…」
「え、えぇ…」
「…まぁ……でも、そうですね。悠夜さんが死ぬ確率が少し高くなったので、ほんのちょっとばかし腰を入れましょうかね」
そうしてレモンは長い髪を吹いた一陣の冷たい風に靡かせながら一息込める。掲げていた蒼い炎も消し去って、手をパンパンと上下にはたくようにして動かし、指を組んで背伸びをする。
いっちにさんし、とそうしながら腰を捻る。
「いや早くしろよ」
「んっ……。よっしオッケー」
「はぁ…。じゃあどうするよ、もう簡単にお前と俺とで半々とか」
「いーや、普通にクソ雑魚ナメ悠夜さんが事故っちゃうの怖いから勢力は分散しない。どっちかって言うと私から離れ過ぎないないように後方で魔法援護に徹してほしい、手間をかけないでほしい」
「酷い言われようだな、俺なんかした?」
とんでもない言い草のレモンに問いかけるが、まぁ声は返ってこない。もしかしたら俺の体力を気遣ってそんな事を言ってくれてるのかもしれないが、なんて事あるわけないか。
ま、なんにしてもここで抗議しても仕方ないのも確かだ。とにかく動こう、と言う考えはレモンもあった様で目線を合わせると駆けだした。
そんなレモンを追いかける様に俺も脱力気味の脚に力を入れて走り出すのだがーー
「また…っ!」
目先の右前を走るレモンは急に身体を大きく逸らして少し左側に飛んだ。
それと共にレモンの間隣に高速で落ちてきた何か。長くて太い、根の様に枝分かれしているところを見るに大木か。
レモンは走る勢いを止めずに、大木が飛んできた方向にギッと目を向けると瞬時に水の球を顕現させて。
「っ"!」
シャピュァと高速で打ち出した。
加速し続ける水球。
飛ばされた水の球は雪上に撒かれた雪を弾き飛ばしながら直進し、その直線上にいた魔物を貫きながら森の奥へさらに突き進んだ。
木々の影が地面に倒れていく。
「避けられたっ…」
その声が聞こえた瞬間、ある地点でとても重たい爆音が響いた。レモンはそして走らせる脚を止め、顔を小刻みに、正確には何かを追う様に動かし始めた。
魔物達の盛大な足音はその待機時間が掛かる毎に大きくなってくる。
「レモンッ、どうすんだよ!」
はっきり言ってレモンには余裕があるかもしれないが、包囲されていると言う状況下に置かれている事実を知った俺には余裕がそうない。
身体強化をしてやっとまともに渡り合える存在。
やっぱり生身ではまともに戦えないのはさっきので痛い程理解した。そして俺はこんな不釣り合いな数を相手にした戦い方を知らない。
それに魔力は戻っても体力は削れたまま、万全じゃ無い。不慮の事故の確率もそれとなく高いまま。
「おいっ、なぁ!」
だからこの状況が怖くて仕方なかった。
レモンがあれば安心だ、なんて事はなかった。
ただ、早くして欲しかった。
すると、そうした抗議にやっとレモンが口を開いた。
「空から来る!」
「あちょっ…!」
再び抱えられ、少し遠い所へと着地する。
そして、突如として黒い影が空から急落した。
地面が大きく揺れる。
雪は盛大に舞い荒れて、土塊もまたその場から逃げる様に弾き飛んでいる。無風の夜、月明かりに照らされるままに佇むそれはまだ見えない。
いや。
「…っ"」
何か、本当に小さな何かが瞬きの間に通り抜けた。
その何かはレモンを射抜いていた。
しかし俺が目を向けた頃にはそこにレモンはいなくて、横に大きく飛び退いたレモンの姿が月明かりに照らされていた。
それが、そのライトアップがダメだったのか。
「レモンッ!!」
粉雪の中に隠れていた何かはその巨体をこの世界に露わにし、それと同時に目にも止まらぬ勢いでレモンを脚で踏み付けて雪の上を滑る。ズザザザッ! と豪快に土もろとも飛ばして、そうして少し突き進んだ所でそれはレモンの脚をガッと掴み、地面に何度も、何度も叩きつけた。
興奮しているのか荒い息が夜の空気に紛れる。
そしてそいつは自身の巨体をグルグルと回転させ、力付いた所でレモンの脚からその巨大な掌を放した。
とてつも無い勢いで空を行くレモンの姿。
俺はそれを見て頬と目尻がピクピクと痙攣する感覚を覚えた。
息が出来ない、嘘だろと言う感情が胃の中にいっぱい溜まった。喉に栓をした。吐きそうだった。
けど今こんな所でそんな弱い姿を見せたら終わりだと、必死に堪えて、湧き出る唾液を飲み込んで、歯を食いしばって腰を下ろす。
「っ……」
見据える先、一陣の強く冷たい風が、月明かりに映える煌びやかな純白の体毛を靡かせた。悪魔の様な様相も俺の眉間に皺を寄せさせた。
ずっしりとした肉感、ごつく巨大な体躯。
筋肉達磨のような豪傑さを有するその身体から生えている腕は、その脚は作り物なんかじゃ無い。本物の幾つもに隆起した剛腕豪脚。
少し遠くにいてもシルエットだけでもよく分かる、生物的な強さ。
レモンを助けに行こうなんて考えるも、そいつから次にと向けられた眼に、俺はレモンの方へと脚を向けられなかった。
寧ろ一歩下がってしまった。固唾と一緒に意思が喉の奥へと流された。
(何で俺らを狙って現れんだよっ…)
その不自然で理不尽な不快感だけ残して。
(……いや、今はそれよりもどうするかを考えなな。怖がるだけなら誰でもできる)
恐怖心を痩せ我慢で覆い隠して、溢れ出る冷や汗を止めることに専念する。掻き混ぜられる思考。
相手の動向を注視しながら有効打になりそうな動きから優先して考える。
けれど、何も思い浮かばない。
この山で遭遇した事のない白い魔物だからか。
と言うかこんな奴普通に動物園くらいでしか見ないし、人間が戦う姿なんて想像できない、そんな前例のない対象。だから余計に動き方の判断に渋さが出ていた。
「っ……」
知らない怖さと、理解できない怖さと、生物的な怖さと。なんかいろんな気持ちを沸き立たせるオーラを纏うその魔物は、霊長類最強と名高い生き物。
そう、筋肉の塊、ゴリラなんだ。
月明かりにフサフサと白い毛をはためかせるが、そこに居るのはゴリラなんだ。1カメ2カメ3カメの、どの角度からどう捉えたとしても、筋肉モリモリのゴリラなんだ。
顔が人間っぽくて、でもかなり遠くて、その露出している肌の色は桜色で、白と桜色の鮮やかなコントラストは、冬と春の相反する季節感を表しているようで、こう、何とも芸術度の高い色味をしている。
でもゴリラだ。
何故こんなところに居るのかよく分からないゴリラなんだ。
後でかい。四足歩行の時点で、それも遠目であってもそのでかさが分かるくらいでかい。
(……?)
そんなゴリラとの対峙、息の荒いそのゴリラはさっきとは打って変わって好戦的な素振りを見せず、攻撃をして来ない。
(…いや、違うか)
今俺はゴリラに出方を窺われてる。
その証拠に俺が右に動けばゴリラの眼はその動きについてきて、ゴリラの側面に回り込もうとすればゴリラも体を動かしてその動きについてくる。
ゴリラから離れようとすれば、その離れた距離を埋める様にゴリラがついてきて、近づけばそっと離れていく。
まるで鏡写しかのような状況。
(どうすればいいんよこれ…)
白い魔物と向かい合っている筈なのに、何故か理性的な面持ちで動きを観察してくる。何故戦況を見据える事をするのか、訳がわからない。
本当に対処の仕方が思い浮かばない。
(………はぁ…。いや、思い浮かばないじゃあ、あかんよな)
すうっと息を吸い、ふぅっと強く息を吐く。
包囲していた魔物達の近づく足音、その揺れと、それに合わせて迫られる制限時間。
(やるっきゃーー)
満タンになった魔力を瞬間的に捻り出す。
ブワッと熱波が周囲を襲う、軽く吹き飛んだ粉雪と溶け始めて見えた茶黒い土の姿。
膨れ上がる服と、ハタハタと揺れ踊る髪の毛。
熱い吐息。
(ーーねぇよなぁ!!)
全力の身体強化。
漲る力。
空気が変わったからか、ゴリラはさっきの観察姿勢から臨戦態勢へと移り変え、前傾姿勢になりながら俺を睨み見た。
両者の覇気が交わり合う。
その時。
「ーーぅぅぉぅ"ぅぁあああああぁあら"ぁあ!!!」
ピカッと光が一閃。
瞬きと同時に紫電を纏うレモンは、雄叫びを上げながら握った熊の魔物をゴリラに向かって勢い任せに叩きつけた。
「ぬ"ぁ"あ!!」
何とも形容し難い、全てが弾けるような痛快で、艶かしい、そんな音が響くと共に、肉塊と骨、臓物が爆ぜ空中で舞った。
そして叩きつけられたゴリラはただただその暴力に晒されて、身体をクルクルと激しく回転させながら吹っ飛んでいた。
その状況と同じくして光がまた輝いたかと思い振り向くと、ズドァ"ォン"ッと、レモンがさっきまでいたであろう場所に滝のような勢いの雷の雨が流し堕とされていた。
結構広範囲に繰り出された雷の滝。
そこそこ全力を出してると窺える。
レモンの全力がどれほどなのかは知らないが。
何にしても、生きていた事はもとより。
「……お、お前殴られて本気出すのか…」
その単純な驚きが俺の声となって口から出た。
するとレモンは眉間に皺を寄せたまま俺に睨み目を向けて。
「別に本気じゃない! ちょっとやり返しただけ!」
「お、おう」
「ムカついただけっ"!」
「わ、分かってるって」
「分かってねぇからんな事お前が言ったんだろクソが!」
更にキツく睨みつけてきたが、これには怖さよりも可愛さが感じられた。
(なるほど、やはりこれがギャップ萌えか…)
それから直ぐ、レモンはフゥッと強く息を吐き捨てると「…さっき雷魔法放ったところの魔物は全滅させた」と現在の状況簡潔に話した。
そしてレモンは再び腰を落として。
「だから後の魔物も私が殺すっ!」
「…ぇ、お、俺の出番は?」
「知るか! 自分で作れっ!」
「あ、はい…」
そのままレモンは体がブレて見えてしまうほど速く、そして豪快に足元の雪を蹴散らしながら、飛んでいったゴリラの方へと駆け走った。
「………」
(そうよな、人に頼ってちゃああかんよな)
少し出た安堵に乗せて言った甘い言葉。
全くもってその通りだ。
大勢を相手にする戦いが怖いと言っても痩せ我慢でなんとか出来てる今、偽物の胆力程度でなんとかなる恐怖であることもわかった。
多分、と言うかやっぱりレモンの存在が大きいんだろうが。とにかく。
俺に求められてるのは実行力。
(出来るだけ、レモンの近くで動く)
けれど、確かに魔物どもを倒せるだけの働きを。
現状を真上から見るとしたならば、円形で物事は進んでいて、今レモンは中心よりかなり上の方でゴリラと戦っている。俺は少し中心からズレた場所からレモンの元へと駆け走っている状況。
これは単純に上の魔物達との接敵の方が早いと言う話。そして今回はレモンをゴリラ討伐に集中させたい。
だから先ずは半円形に攻める形で。
(スキル…)
スキルの発動は始めこそ難航していた。
しかし、形を強く思い浮かべる他に名前をつけだすとより定着と固有感が増して、スキルとしての発動ができる様になっていった。
だから、現行のスキルには全て名前がついている。
そして今から使う技は最近創り出した広範囲系のスキル。創り出した魔法単体毎に役割を割り当てていることもありかなり扱いが難しく、上手くいかないかもしれない。
要するに半分賭けだ。
けど、魔力消費や威力などの観点から現状これが一番の最適解。
(凍流星!!)
それを頭に浮かべると共に、天井に駆ける星々の如く無数もの透き通ったつららが顕現した。
月の光に照らされて、煌めくそれは。
(墜ちろ!!)
流星郡の様に勢いよく地上へと落下した。
そして次々にと加速していき、グザッと地面や標的である走りくる魔物達の脳天や胴体を貫いていく。それと同じくして、それはバリンッと甲高い割れる音を引き連れて爆散して行った。
改竄の機能が搭載されているのだ。
木っ端微塵に弾け飛ぶ氷塊。
突き刺さった魔物の体の内部から、地面に突き刺さった氷まで。時たま飛来する事なく突き刺さったままの氷塊もあるが、大概が只管に衝撃が加わると共に爆ぜ、魔物達に外傷を負わせ続けた。
特に脚にカケラが当たった奴は盛大に雪上を滑って行っていた。
「はぁ……ふぅ…」
そうして余すことなく、輝き堕ちる氷達の姿に俺は荒い息を吐いた。ごっそりと一気に削られた魔力に体が揺らいでいた。
スキルの利点は決めた通りに速く、そして意識しなくても動くこと。
逆に不利点は決めた通りにしか動かない事。尚且つ魔力量もその場での調整ではなく、決められた分量を持続的にではなく瞬時に規定分取られる前払い制。
魔力は第二の体力で、使われると同様に疲労が溜まる。
それでも。
(次…!)
「ふぅっ…!!」
(スキル! 網流雷!)
そう詠唱して地面に足を叩きつけるのを合図に、白い稲光を起こすほんの少しの水の波がレモン達が居る場所とは間反対に向かって地面を勢いよく這っていた。
そして多量の魔物達の真下をその稲光を纏う水が通り過ぎると、魔物達の動きが突然鈍くなり、少し走った所で転ぶものやその場に突っ伏すものが散見され始めた。
「はぁ……はぁっ…」
第一魔法の水魔法と第二魔法の雷魔法の合わせ技。凍流星による落撃は今も継続中だが、ある程度魔物達を一掃できている様に見える。
だから、次は第二波を堰き止める事、その上で再度殲滅する事が必要だと思った。それを実行する為、まずは白い魔物達の動量を低下させる意味を込めてのこの魔法。
それも電気の強さをかなり強くしたスキル、加えて魔法の合わせ技と言うのもあり、さっきの凍流星よりも魔力は多く消費された。
「ふぅ…ふぅ……」
残る魔力は満タンを基準に考えて4分の1、120なら30の残量。
これで出来ることは単体が対象なら全くと言っていいほど足りて問題ないのだけれど、大規模に展開する攻撃でないといけないと言うこの状況において、この量は大分心許ないと言うかギリギリ位かそれ以下。
魔力が0になってしまうと重度の気絶下に置かれるから、程度調節しないと援護するよりも手間を増やしてしまうと言う状況になりかねない。
だから少なくとも120に対して5は残る様に。
(次は!!)
そう思い、魔力を練り上げていると突然ドン"ッ、と、腹にくる様な重低音が空気を叩き割る様に高鳴った。
「ウォ"ア"ォオオ"オオ!!!
サイレンの様な煩さと、体に響くその巨声。
それを引き起こす人物…否、化け物の姿が、振り返れば遠目ではあるものの月明かりのおかげでよく見える。
ゴリラが二足に立ち上がり、雄叫びを上げている。
離れているのだけれどひしひしと感じる恐怖感に少し心臓が痛くなる。
だが、この状況はそれだけを、その威圧感だけを披露したものではなかった。
「ぃ、いやいや……」
動きが止まっていた、鈍っている魔物達を、まだ感電していない魔物達が遠くに投げてはそれを陸地の様にして飛び進んで来たのだ。
確かに痺れて動けない魔物の方が多いのだが、それでも目の前で行われている想いもよらない事態に対する頬の引き攣りが優先して心を揺らがしてくる。
このままじゃスキルの効果が切れるよりも先に安全地帯に到達しかねない。
早い対処を。
速く潰す方法を。
広範囲の魔法を。
全てを殺す方法を!
その時、膨れ上がり始めた不安と焦りに対して、客観的に落ち着いて状況を見ろ、と言う自身の言葉が正気に戻した。
(いや…焦るな、そうだ。冷静に現状を見ろ。そんな上手い具合にできたら困ってない。それに魔法は想像力だ、今想像している形とその判断を間違えでもしたらそれこそただの浪費にしかならない)
「っ……!」
ギリギリの捻出。
人差し指から薬指の様に三方向に向かって大量の水を放出する事を考える。すると四角い水の塊を元に空気中に現れた水が連鎖的にくっついていき、その勢いが増すように大きさも増していった。
縦に3メートルか4メートル。横に16か17メートル。
これで到達するのと丁度ぐらいに限界を迎える。
消費限界も、30秒と言う制限時間もだ。
そんな見上げる程に巨大な三つの水の塊を、俺はそしてビームの様に射出した。
「っ…」
そこそこの速さで空中を泳ぐ津波。
ゴリゴリと削られていく魔力。
それでも進んでいく波の奔流。
「……っ」
魔物達の脚を止める必要があったのはこれの為。
攻撃を避けると言う考えが無くても、動きはするから狙いが定まらないし一掃するにはまとまっていないと効率が悪い。
それに魔法には速度を付ける為に魔力を注ぎ込む事が出来るが、今回はあんまり余裕がない。
それもこの規模の魔法にめいいっぱいの速さを付与すると今の倍かそれ以上の魔力消費になる。
さっきの凍流星だって、魔力消費の大半が速度だ。だから状況に合わせて良い塩梅が求められている。
まぁただ、魔法単体を動かすにあたって最低限の移動速度が魔力の追加なしで保証されている。
大きさに応じて保証速度が増すと言う性質もあるから、魔法と言う性質の使い難さは緩和されていると言えた。
今はその性質を利用して初動と、それに軽く勢いを付けさせているのだが、体感40キロの法定速度を準拠している様な速さ。
そこそこ速い。
そして、そんな大波は遂に各方面の魔物達を呑み込み始めた。それは渡り飛んで居たものも含めて。
枝分かれしているから範囲外を走る奴らに攻撃は出来ないが、欲張るのはよくない。
後ちょっとと言う怠慢が不足の事態を招く。
(凍れぇえ!!)
すると、突き進んで居た水の流れは徐々に冷気を纏い始め、そして俺が更に意識を固めると共に、射出されていた水の塊は凍結し氷塊と化した。
パチパキッと急な凍結の為か音が聞こえてくる。
「っ…はぁ……はぁ…」
だが、大分と成功した。
制限時間は後数秒。
3、4秒程度ならギリギリ魔力を注ぎ込んで延長出来るが、絶対零度域にまで達した氷の中ならこの数秒でも流石に死ぬ筈だ。
てか死んでもらわないと困る、もうはっきり言えば臨戦用の魔力しか残ってない。
「はぁ…はぁ……」
身体が熱い。魔法を扱うには魔血を回す必要があるから、その時の熱がこの真冬の山中でさえも汗を垂らさせる。白い息はより長く。
そうして、見据える先は氷漬けにされた空間では無く、そのあい間あい間にある隙間。そこを走り来る魔物達。それも感電した奴を陸地にできない戦闘を突っ走る魔物が氷柱を壁に交互に飛び跳ねながらだ。
頭が使えてる。
「……っ」
それも壁に引っ付いて離れない皮や身、場合によっては身体を引きちぎってでも飛び来ていて、身体が完全にくっついて離れないやつから達磨になったままくっついているやつまでをも踏み台の様に後続の魔物たちはこっち側に迫ってきている。
はっきり言っておかしい。
(スキルの効果が切れた事はまだ分かってない様やけど…)
思わず苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべてしまう。どうしようかと、次の手を考える。
瞬刻。
ピュァー! ッと全てを切り裂く様な甲高い音と突風が背後から吹き荒れ、俺の服と、そして俺の足元を揺るがした。髪の毛が続く突風に靡き、更に冷えた風が俺の体温を執拗に食べていく。
俺はそんな状況を呑み込もうと振り返ろうとすると、ズザザザッと白い影が滑り降りた。
そっちに目が行き、そして顔と顔が合わせられる。
「……ぉー…」
そこには純白の毛皮を纏っていた筈のゴリラが身体中血塗れにして、満身創痍と言った風貌で息を荒く俺を見つめていた。
それはまるで助けを乞うかの様な目で。
「タ、タスケテ……こ、殺されル」
「……ぇ?」
「タスケテ…」
「っ逃げてんじゃねぇぞクソがぁああ!!」
「タスーー」
今。
「え…」
思考が停滞する。
姿が消えた所まで認識できたが。
「ぇ…?」
氷塊が砕け散る豪快な爆散劇。
後を追う様に、消えた方向と轟いた爆裂音に目を向けると、俺が作った氷塊を意図も容易く砕きながら直進していた。
「……ひゃー…」
そして音が鳴り止んだかと思うと。
(でっけー…氷の山じゃん)
音もなしに煌めいた、空高く突き伸びる透き通った氷の塊。
それは山の様に高々と、それでいて針山の様を真似たかの様な棘を無数に連ねながら聳えて佇み、その表層では夥しい量の血とクリスマスツリーに飾る様な感覚で刺されている魔物たちの死体が良く見えた。
「マジでえっぐ…」
ただ只管、俺の口からは感嘆の声が溢れるだけ。何処まで行っても有り続けるのだろう力の及ばなさが、顕著に現れた瞬間だった。
そうして、静まり返った辺り一体。
一呼吸入れて、瞬きをして、連戦に次ぐ連戦によって消耗された体力を少しでも癒そうと思い雪の上に座する。
と。
ダァンッと俺の隣に衝撃が降り立った。
雪が舞い、俺の顔面にバサバサッと直撃する中、その聞き覚えのある声が再び聞こえた。
「死ぬ…タス……タスケテ…」
「……」
「タスケテ」
声のする方に顔を向ける。
そこにはやはり、見覚えのあるゴリラが居た。
そしてさっきと同様に助けを求めて俺に声をかけている。
「ゴリラが喋ってるよ」
「タス、ケテ……。ァーー」
ゴリラは空を見上げた。
それに合わせて俺も見上げた。
何かがあった。
影があった。
人型のその影は月明かりに縁取られながら堕天し、怒鳴る様に叫びながらゴリラの顔面を掌で地面に押さえつけて雪上を滑っていった。




