シロガフルヨアケ【1】
7/29 読みやすさ追求の為加筆修正
積雪の日、吹雪が止んだのは昨晩のうちなのだろう。ただただ寒々しい空気が当たり前のように漂って、地面には木目が細かく柔らかい雪が敷かれていた。
そんな風景の中に、血に塗れたまま倒れる白い獣が一匹。長く太く、そして鋭いツノがこめかみ辺りから生えていたのだが、対を成していた片方のツノの先端は、天井ではなく脳天に向かって背を高く伸ばしていた。
加えてその獣の体は全身ズタズタで、凍て付く風に靡かれるまま、その場に沈んでいた。
「っ…!」
「‥……」
そんな異質で、朝焼け前の暮れた闇の中で。
男女二人は地に足を力強く踏みつけて筋肉を酷使していた。
一歩目も十歩目も、力一杯にダンッと雪上に足の形が象られ周りに粉雪が舞うよりも早く、渾身の拳や体術をぶつけ合う。
男の動きは常に全力だった。それもこれも相対する女に対抗する為の動きで、とにかく腰を使って力強く拳を振るい、その際に生じた方向エネルギーに身を任せて並行な踵落としを繰り出したり、その場から撤退し雪の上を蜘蛛の如き姿勢で滑ったり。
降り掛かる猛威に汗を飛び散らせながら死に物狂いで動き、時に相手の攻撃を利用して自傷に持っていったり、時に捨て身で突撃し、相手の股下にドスンッと片足を突っ込んでから全身を使った腕撃を小さなその腹にぶち込んだりした。
しかし、女ーー厳密には少女にその一撃が届く頃には男に幾数もの攻撃が直撃している。採算を取れているかどうかで言えばそうでもない。
それも男が苦手とする緩急を、少女は巧みに利用してる。身体性能は少女が男に合わせて同等ーー身長面はどうしようも無いのだーーけれど、そうした技術面での格差により男の優勢は一生に一度でも訪れそうになかった。
肉弾戦はどの攻撃手段の中でも最もその者の身体能力に依存する手段。運や力は確かに必要だが、実際なによりも必要とするのは技量だった。
それが男には欠けていた、いや正しくは少女の戦闘能力がズバ抜けて高いと言えた。
言い訳か。
…いや、事実だ。
でも、そうした格差がありながらもこうして攻防を交えるのは男が少女から技を盗み、会得しようと、何より実戦で経験を大きく補填する為であった……なんて事はない。
休むと言う正当な時間を与えてくれない非道なやり口、詰まる所ただの強制だった。
「ふぅっ…!!」
息を吐く間も無く、激しい攻防の中で二酸化炭素の濃度が高まった酸素を強く吐き出す男。しかし我慢ならず後ろに大きく、それでいて地面にほぼ接した状態で飛び退きながらスッと勢いよく多量の新鮮な酸素を肺に吹き込んだ。
そんな悠長な時間を少女は見逃すはずがなく、間髪入れずに男めがけて走り込む。
そして勢いそのまま、身長差とそこに加えられた極限まで屈められた低姿勢から織り成される、力強いしなりともう一度息をする事すら躊躇ってしまう速さを纏った高所蹴りが男の脳に衝撃的なものとして映し出される。
「…!?」
「っ"…!」
それは男にとって、ビックベンの秒針の如き大きさと長さを有しているかのように見えた。少女の脚はグッとバネのように伸びきり、勢いよくしなっている。
周囲の景色がとてもゆっくりに見えてしまうほどの危機感。
しかしらその猶予を持ってしても避けられないと悟った男は、その一撃の威力をどのようにして緩和するかに思考を注いだ。
脳が熱くなるほどに。
「ぅ"ぶぁ"っ"」
だが、その思考時間すらも削り取る勢いの鋼鉄の甲は、無慈悲にも男の右頬を強く叩き、吹き飛ばした。
頭が強く揺れた不快感、揺れた事によるものか一瞬抜けた全身の力、シュンシュンと変わる変わる回り続ける視界。
なす術のない脱力感に苛まれるまま、吹き飛ばされた勢いに乗せられて雪上に強く体を打ち付けながら滑走した。
「………」
そうして盛り上がった雪の中で、急速冷凍されたマグロのように呻くことも動くことも出来ない男は、急烈を纏う遅れてやってきた鈍重な痛みに無感傷の様な状態で突っ伏していた。
(…いや死ぬて)
そう男ーー否、俺は思った。
切実に思った。
そしてまだ余っていた魔血を回し、そうして風魔法を使って顔を覆う雪を弾き飛ばす。
これでまぁ、窒息死する事はなさそうだ。
だが、だからと言って動けると言うことでもない。死にかけも良い所、身体に力が入らない。
あと頬が痛い。中途半端に顎が外れてないからだろう。
俺は全身に纏わりつく脱力感に身を任せ、唯一できる鼻呼吸で凍てつく空気を鼻から喉、肺へと取り込んで白い鼻息を闇夜に描く。
ボーッと眺める目の先では、寒々しくも満点と輝く星々の煌めきがあった。
その数々の輝きはレモンと出会ってからよく目にするようになった。それもこれも無理くり外出させられるから、だが。
まぁ嫌な気は今の所していない。
寧ろ引きこもってた時よりも身体も精神状態も極めて健康だ。
(てかそっか……もうレモンと出会って2年経つんか)
2年前、34歳。
始まりの歳。
そしてレモンから神とダンジョンの話を聞いたあの日から日々は更に過ぎ、歳はもう36である。
いいおっさんだなと思う反面、歳なんて取りたくないなと思う今日この頃、頭に浮かべる年齢数値を掻き消しながら瞬きをする。
(…2年目にして魔物、素手で行けるようになったんだよな、俺…)
そんな感嘆と誉れを自身で思い、掲げて、鼻呼吸をする。
普通、生き物を殺すには武器を所持し、優勢的な立ち位置を確立した上で行動する必要がある。それが安全かつ安定した、原始的でありながらも定石と言える戦闘体系だからだ。
……いやというか、人間は動物界において肉体的にひ弱で、加えて自然界におけるナマの死と隣り合わせという界隈から離脱してしまっている。
その結果が今の肉体的進化どころか動物として退化していっていると言う現状である。
だから圧倒的に力に劣る人間はその部分を補填増強してくれる道具が寧ろ必須で、道具依存社会に準じる人類だからこそ、肉体が退化していくのも順当であるとも言えた。
まぁ逆説的に道具があってこそ人間の本来の力が発揮されるとも言えるが。
でも、なら余計に人間が動物に対して生身で戦う事がふざけた話であると言える。
しかし今回俺は挑み勝った。
加えて対象が厳密に言えば魔物である事がこの事の異常性に拍車をかけている。自画自賛も厭わない位に嬉しいことだ。
そもそも魔物というのは通常の動物とは違い、異常発達と正気を失っている、端的に言えばイかれた化け物。
例えば猪が木に突撃したとすると普通角が刺さったり、衝撃で木にヒビが入ったりするだけに留まる。猪自体もそれなりのダメージを負う。
しかし、猪の魔物は軽く突撃するだけで自身の何倍もの体積や高さを誇る木であっても容易く粉砕する力がある。
それも、この山の木だ、ただごとじゃあない。
そんな白い魔物の身体能力の根本には魔力が関係しているようで、魔物と言うのは身体強化を常にしているような状態らしい。
そんな白い魔物の身体全体は、筋肉的にも皮膚的にも柔軟でありながらも硬い。また、ある種のアイデンティティとも言える個体特有の異様に発達した身体機能もある。
魔物化した原生の生物だからこそ、そうした異常が見られるのだとか。
そして今回俺が対峙した鹿、耳の潰れた白い鹿の魔物は、まず通常のツノよりも太くて長い、ツノ先が鋭利に尖っていると言う特徴があった。
そんな特徴をより脅威とさせるのがその形状で、その魔物のツノはとにかく大きく、前方に、それでいて上方向に伸びており、三つ程に枝分かれして伸びていた。
ヘラジカの角と言うよりかは、ニホンジカやトナカイの角? のような感じだった気がする。
そしてもう一つ。
俺の腕くらい太い、血管が浮き出てそうなムキムキ感を持った異様に発達した尻尾があった。
その様相は外から見ていてもずっしりと重く、尻尾には確かなしなりと地面をいとも簡単に割る力があって、地味に尻尾が長いのも問題だった。
(普通に強い方の魔物だったよなぁあれ…)
思い返すだけで背筋が震える。
そんな魔物に対して同等以上の身体強化をしていない生身の状態。筋トレを日頃していて筋肉的に強くなっている事を差し引いても、その脅威の前ではカーペット程度の段差でしかなかった。
しかし俺はレモンに鍛錬と言う名目の下、生身で戦わされた。
白い鹿の魔物への攻撃が普通に効かないのは聞く所でも見る所でも歴然としていて、偶々生まれた隙を見て一度だけ殴ったてみたが硬い、と言うか音だけ聞いてもわかるこの絶対効いてない感じ。
まぁそりゃそうなのだけれど、身体強化が禁止にされている今、だから結局奇策狙いにせざるおえなかった。否、レモンにとってはそれが目的で。
レモン曰く『技術もそうだけど、正攻法以外で格上の化け物を殺して行けないと神は愚かダンジョン攻略すら無理だから』との事。
それは、如何なものだろうか。
もうじゃあ人間やめろと言う事を言いたいのだろうか。よく分からないがレモンの意図を汲む分には凡そ…その通りなのだろう。
兎に角俺は避ける事しか出来ない中で作戦を捻り出した。
案としては白い魔物の特性である高い凶暴性と、そこに付随する自我の放棄という部分を利用して、生物としての身体的疲労による行動限界を狙った。
と言うのも、白い魔物は確かに異常な生き物だが、生物の範疇に居る。
つまりは異常に偏りがあるものの、礎となっている生物性は正常であると言う事だ。
が、そもそも何故これを狙うのかと言うと、普通、生き物は行動をすると疲労が溜まり、それに準じて疲れ行動回数が減ったり、思考能力が低下したり休もうとしたりして自身の体力を管理する。
しかし事ここにおいて白い魔物には自我がない。
本能的な思考は多少残っているらしいが、疲労感や勝算、痛覚などが凶暴性という魔物が普遍的に抱える特性によって欠落し、生物としてのトリガーが外れている。
そのせいで、例え体的に無理をしていたとしてもそれを考えられない。要するに常時全力疾走。
大分イかれてる話だ。
生物的な知能以上に、本能レベルでの深層知能が皆無という状態は恐ろしい。まるで魔力にはウィルスの様な作用がある様にもみえなくもない。
本当幸いなのが体力や身体機能面では通常の生物の範囲内であった事だ。
その部分がおかしかったらもうやってらんない。
イカれてると言えば魔物は食事をする必要が無い。
いや、正確には魔力を食べる必要があり、他の魔物などが有する魔力を食うために魔物を殺し肉を食う事もあるらしいが、どうやらこの山の魔力量は異常に多いらしく、そのおかげか本当に何も食べなくても生きられてるらしい。
まぁ何にしても生物的な活動は皆無と言える。
だからもう、呼吸をし、身体を動かす以外能が無い能無しであると言えた。
そして、そうした事柄からこの行動限界作戦が生まれた訳だ。
作戦が固まればいざ実行。
魔物を素手で倒すと言うお題のもと、今回見つけたこの白い魔物を闇夜ということを利用して火魔法を灯し、 山岳部からこの平原にまで連れて来させる。
山岳部だと他の魔物とかち合うかもしれないし、土地利用においても分が悪かった。
そうして作戦に倣って、その猪突猛進ぶりを手玉に取り、無駄な動きによる体力の無駄打ちを頻繁に起こす事に目を凝らした。
だが、中々疲れないし、なんなら全ての行動が全力疾走の相手に対して体力減少による行動制限がある俺の方がガンガン体力を削られて、疲労が加速度的に蓄積される。
またそれは視覚的な面でも増長させられていて、単純な鹿の行動、例えば鹿が走る、と言う普通の行動でさえも並行してその土が簡単に抉られてるし、急な方向転換や攻撃の為に叩きつけた尻尾の跡は大穴になっている。
ずっと緊張感に苛まれている為イライラや恐怖感が身を包み、正常な判断能力を歪めてくる。だからその歪められた瞬間に生じる隙を埋める為に余計に力を使って動かなくてはならず。
ただただしんどい。
そう思った。
しかし、だからと言ってこんな所で倒れてもいられない。現状の打開も、現場の維持も全て俺にしか出来ない。俺は息急き切りながらも根性を発揮し、雪を掴み、固く握り込む。
そうしてシャープペンシルのような鋭く細い形状の氷塊に仕立て上げて、走り込んでくる鹿に目掛けて投げ込んでから大きく横に飛ぶ。
狙いは目だ、鹿の目。
目は謂わば粘膜で、幾ら固くなっているとは言え知れている。ガラスっぽい生モノからちょっと柔らかいガラス玉にランクアップしたくらいの強度だ。実際触ったことがあるからそれは知っていた。
そして少なくともこいつは目で捉えて行動している。耳が潰れていることからも正常に稼働していそうにもなかった。だから、両眼をさっさと潰してしまえばこちら側に優勢度合いが傾いてくる。
しかし、している事は走りながら障害物を避けつつ針の穴に糸を通す様な事。
器用だとかなレベルではなく、単純なつまりは運任せだ。
ある程度命中率を上げる為にギリギリまで飛び込まないようにしてはいる。実際それが効果のあることかどうかは分からない。
ただ、とにかく何度も何度も投擲し、単調ながらも精密さが求められる行動に命を賭けた。
知能が無いことが救いだった。
そして幾数度目にして氷塊の鋭利さと速さ鹿の走り込む速度が噛み合い、ズサッと突き刺さる。
しかし。
鹿は目に氷が刺さってもなんのそのと言った風貌で、さっきと同じ様に雪を巻き上げながら走りくる。
やはり痛みを感じないという異様な特性には何度も対峙してはいるものの、毎度のように驚かされる。
正直普通にストレスだ。
相手には焦燥感を煽らないし、自信に優位な立場がやってこない。これらのストレスに晒されると毎回の事だが『逃げたい』と思う。
だが逃げたりしたらもう一回やり直しといわれているのが落ちだから下手にやめたりできない。空に浮かんで様子をずっと見ているから、余計にだ。
それから再び死に物狂いで投げ込み、そうして何とかもう片方の目にもぶち刺さる。
赤い氷を目から生やす白い鹿。
そいつは途端に失った視界による空間把握の喪失によってか、グラっと身体を揺らしたかと思うと自身の足を絡ませて雪上に転び、パタパタと脚を動かし続けていた。
そこに俺は透かさず駆け寄り、目に突き刺さった氷をダンッと力一杯に踏みこむ。
さっき突き刺した氷の方だからまだ体温で溶けていないはず。だからあわよくば脳を貫いてほしい。そんな思いから踏み込んだのだが、残念ながら息の根は止まらない。
脚に伝わる不確かな肉感、鹿の抵抗。
この気持ち悪さには慣れてきているとは言え好きじゃない。グロい。
だがこれも殺し合いで、勝つにはこうするしか無い。
それに、もう二度と甘さを見せて怪我を負いたくは無い。もう一度でも四肢を失いかける様な事態に陥りたく無い。
だから、仕方ない。
殺し合いを始めたなら殺し切らないといけない。
生き物は特に死にかけが怖い。
母さんも言ってた。
レモンも言ってた。
俺の経験則がそれを裏付けている。
グロかろうがなんだろうが、殺さないと殺される。
俺は次に顔面を踏みつけながら鹿のツノの根本をギュッと握り。
「ぬ"ぁっ…!」
腕に力を込め無理やり引っ張り上げると、筋繊維が角にへばりついていてミチミチミチッと引き千切れる痛々しい音が辺りに響いた。
案外取れるもんだとこの時思った。
そして、そうやって力一杯にツノを抜き切り、俺は鋭く尖ったこのツノを鹿の身体、先ずは足の付け根を狙って勢いよく突き刺した。
魔物自身の身体の一部。
そして、怖いくらいの切れ味と大きさがあると言う事もあって角はクザッと簡単に突き刺さり、根元に行く程に太くなっていくツノによってその傷口が押し広げられていった。
次に尻尾の付け根。
ずっとバシン"バシ"ンと地面を割る勢いで叩いていて、いつこっちにその力が飛んでくるか分からない。
怖いモノから先に潰さないと、安心して殺せない。
鹿が自力で起き上がる前に、俺はそうやって次々に動作箇所を潰していき、どうやったって立つ事はできないだろう、という所までやって俺は鹿の頭の上に立ち。
「ふっ…!」
首に2回、そして脳に3回、太いツノを突き刺した。
すると鹿はビクビクッと身体を震わせて、意地でもと暴れさせていた身体の動きをゆっくりと鎮めながら生き絶えた。
「はぁ……っはぁ…はぁっ」
アドレナリンが沢山出ていたのだろう。
突然やってくる度し難い位の疲労感。
角から手を離し、額の汗を拭った所で一瞬目の前が真っ白になった。手の痺れも足の痺れもあり、息切れ具合からも相当無理をしていたのだろう事が鑑みれた。
まぁそんな感じで戦い終えたかな、と思いぜぇぜぇ息を吐きながら尻を地面に突いていると、レモンがいきなり殴り始めてきた。
それがさっきなのである。
今考えれば普通にキレても問題ないと思えた。
しかし、本当に疲れた。
「はぁ……」
ボーッとしていると何だかんだ自然治癒力が働いてから身体を動かせる様になり始めていた。
ただそれと共に強い疲労感も全身を覆い尽くしている。
「…っはぁ……」
冬の6時はまだ暗い。
青くもない、まだまだ暗くて星が見える。
そうして一息ついて寝転んでいると何か空気的な違和感を覚えた。
それは本当に何となくで、本能的なもの。
それこそ殺気のようなモノを連想させられるほどに、強い何かに当てられている気分だった。
プルプル震える腕に力を入れて上半身を無理やり起こし、レモンに声を掛ける。
「レモン…ちょっと魔力頂戴、急ぎで」
「ぅん……けど…」
「けど…?」
レモンは目を凝らす。そして空に向かって燃え盛る蒼色の炎塊を打ち上げると、唇を舐め「へぇー…」と驚く様な唸り声を上げた。
「囲まれてる…もっと言えば統率が図られてる」
「…ぇ、は?」
今いる場所は平原。かなり平坦で土地が開けていて、大体3〜4km先に境界線のような木々がこの平原を囲んでいる。
「……急になんで…」
色んな疑問点がある。
何で俺たちを狙ってるのか、何で囲い込むと言った戦術が使えるのか、考える能があるのか。そもそも何故それが今なのか。
そうした疑念を含んだ呟きに、レモンは首を横に振りながら反応した。
「分かんない。けど…この感じは統率されてるから指揮者は絶対いる。でもそれを誰がやったのかが問題。人間は……できないとして…魔物の場合で考えられるのは脳が発達したとか、だけど…」
「…脳が発達したって言っても、それだけで統率が取れるもんなの」
「それは…なんとも。でも、そんくらいの理由じゃないとこんな囲い込み出来るはずがない。今までの魔物だってそこの鹿だって連携は愚か群れもしない、適当な動きばかりだし」
「…確かに」
レモンからは、本当に驚きという感情が湧き上がっているのだなと、沸々と感じた。
「…もし異常発達の段階で脳が進化した、とするにしても…それこそゼロに近い確率を引いてきた豪運の化け物ってことになる…」
「んー? そんなに…低いのか? 脳が発達するのって」
「うん…なんなら無いって言える。確率としては禿げて生えてこないと思ってた頭に、ある日一本髪の毛が生えてくる位ない」
「例え方がなんか…分かりやすいけど哀しい話だな…」
レモンのクセの強い例え話に相槌を打ちつつ、どうすればいいかレモンと素早く作戦を立てようとした時の事だった。
「っ…」
「…ぇっ…」
俺はレモンに抱えられて瞬間的にその場から離れた、そう理解した瞬きの間。
ッドガァ"ア"ン!! と大地を揺らし、鳴らす、爆音とその衝撃波によって雪が吹き飛ぶ景色が視界を覆い、その視界が開いた頃、地面に無骨な大木が深々と突き刺さっていると言うーーあり得ないことではないが普通ない、かなりーー非現実的な事象に圧巻され、息を呑んだ。
そしてそれと同時に、遠目ではあるものの魔物特有の赤い眼達が俺ら目掛けて駆け寄り始めている光景が、この瞳にありありと映り込んだ。
「……うっわ」
見える範囲でも数多く、それこそ、この山にいる全ての魔物が集められたかの様な、そんな大群がよく見えた。




