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【▽】可愛げのない可愛いいやつ ◻︎挿絵

 悠夜は珍しく遅く起きた。時刻は13時11分。寝ぼけたまなこでボーッと時計に目をやって、しかし異様にスッキリした頭のまんま全てを理解する。


(休みよな…今日)


 本日2047年の2月14日は木曜日、定期シフトにバツ記入をしている休みの日。昨晩水曜日はしっかりと夕勤少し前から準夜勤まで働き、帰ってきて軽いトレーニング。


 それが終わってお風呂に入り、戻って来れば悠夜は笑顔満点のレモンにゲームを一緒にやろうとせがまれる。


 そして明日は休みだからまぁ良いかと渋々やり始めたら止まらない。


 2時には切り上げるつもりが5時、6時となっていき、ようやく寝れたのは朝の7時だった。

 だからその割には早い起床ではないか、とも悠夜は思う。


 悠夜は大きな欠伸を吐き、両の指を手の内側に何回か折り込んで筋肉を解す。そうして身体を捻り隣にいるであろう少女に目線を落とす…。


(…あれ、おらんやん。珍し)


 しかし、珍しくもここにはいなかった。平日は昨晩23時に寝たとしても昼のこの時間帯までは普通に寝ている子、こんな奇怪な事、考えられない。


 だから悠夜は少し焦りを覚えた。

 何かよからぬことが進んでいるのか。事態の奇妙さに悠夜は急いで下に降りるーー


「ぇっ…」


(な、何だよこれ……)


 ーー目の前に広がる景色。


 リビングに散りばめられた赤い色。

 凄惨な事態を彷彿とさせる……させる?


「ゆ…悠夜……」

「あ、起きちゃいましたか…もう少し寝てると思ってたんですが」

「お前ら…何してんだよ……」


 折り紙を輪っかにし、それらを連ねて作る飾りのやつが天井に花奈の手によって飾られていて、そしてキッチンからはめちゃくちゃに甘い匂いが漂っていた。


 恐る恐るその先を覗けば。


挿絵(By みてみん)


 レモンが金属製のボウルを片手に、髪型をポニーテールでまとめ、見覚えのある懐かしいエプロンを肩に掛けて佇んでいた。


「あー出たー、チラッてみたら普通だけどよくよくみたら顔に見えてくる俺が小学生の時に作ったごちゃごちゃしてるエプロンー」

「え、これ悠夜さんが作ったんですか? ……通りで見窄らしいものだと…」

「おいこら流石にしばくぞお前」


 エプロンを見つめながら酷評するレモンの、とっても配慮に欠ける発言に真顔で拳を握る悠夜。

 しかし、それよりも何だかんだレモンのエプロン姿が似合っていると言う現象に驚いてもいた。


「…ぇ、何ですか、変態みたいにジロジロ見て…私の事好きなんですか変態ですか」

「誰が変態だくそったれめぇ…何してんの」

「……。…今日は2月14日ですが、後もう一つ。何の日だと思いますか?」


 悠夜はレモンのそんな問いに少し考えるが何も思いつかず首を傾げる。そして次は現場の証拠から模索してみようと思い辺りに目を配る。


 今は天井が花奈の手によって飾り付されていて、レモンが台所に金属ボウルを置いた時点で、隣にはラップが敷かれた様々な形の金属カップが散乱しているだけ。


 だから2月14日のバレンタインデーという日本の風習、それに倣った企画なのでは? それ以外に何があるの? と言った雰囲気を全面に押し出して悠夜は更に首を傾げた。


 そうしているとレモンは少し呆れながら薄く笑い、悠夜を見上げてこう言った。


「誕生日おめでとうございます、悠夜さんの細胞さん」

「おい俺単体にそれを向けろよ、なんで何億もの細胞を祝っちゃってんだよ」

「え、不純物を祝う日なんてありましたっけ…?」

「集合体が不純物なら単体も不純物なのでは?」

「んー……うるさいですねー、揚げ足取らないでください祝いませんよ」

「今現在進行形で俺祝われてねぇんだわっ!」


 するとレモンはパチっと目を開閉して「わかりましたわかりました」と言うと、こほんと咳払いして言う。


「はぁ……おめでとうございます、悠夜さん」

「ざっす」

「……え、ざっすってなんですか、ざっすって。やっぱ不純物だから反応ボキャブラリーが……」

「はいはいありがとうございますます」


 悠夜はそう適当に言葉を返して、ふうっと息を吐きながら次は花奈に目を向けた。


「てか母さん、何でこんな盛大に祝おうとしてんの。飾り付けはやりすぎ、つか何でど平日に家にいんの」


 そうした指摘に、花奈は少し苦笑いしつつも小さな脚立の上に立って言う。


「いやーだって悠夜が引きこもってたせいでもう何年も祝えなかったからねー。ほんと数年ぶりにおめでとうを言えるわけだし盛大にって……あ、だから有給取ってきてるの。今日はパーティーよ」

「いやそこまでしなくても別にいいのに…ありがとう」

「いいえー、どういたまえー」

「ん? 寿司でも握るのか、そう言うフラグなのかこれ」

「…いえ、残念ですが悠夜さん」


 ヌルッと横から現れたレモンはそう言葉を置いて、ボウルの中の粘度の高い茶色いものを掻き混ぜながら言った。


「今日は手作りオンリーのオンリーオンリーです。寿司を握るって案は確かにあったんですが、何せ各種取り揃えるには値段が張りますので…スーパーでは別の材料買ってきました」

「別のもの…?」

「はい。それは、悠夜さんが好きだと言っていたものですーー」


 悠夜はレモンの発言に少し心を躍らせて、期待を胸にしながらちょっとばかしふふんと自慢げな顔をするレモンに目を向ける。


 そしてレモンは掻き混ぜる手を止めて言う。


「それは、グラタンです。それもチーズいっぱいのです」

「おぉ!! それは普通に嬉しい!」


 そう、悠夜はグラタンが好きで、特にそこに乗っているチーズが好きなのである。


 元々好きになったのは保育所で預かられていた頃、お昼に出てきたグラタンというサイドメニューを食べたことがきっかけで家で食べたいと言う話になった。


 チーズとその下の鶏肉とマカロニ、ホワイトソースとのマッチがとっても良かったらしい。


 そして家で出されるグラタンは保育所よりも美味しいことに気付き、家でグラタンをたびたびせがむようになった。


 それから歳を重ねるごとにチーズの薫りと香ばしさの良さに気づき始め、今に至る。


 なにより、花奈は資格を取れるほどに手先が器用で料理が(うま)い。グラタン好きの拍車をかけるには十分な環境だった。


「あ、悠夜。用とかないなら色々と見られたくないものとかあるし、普通に邪魔だから出かけるかなんかしてて。ご飯代後で出すから外食で終わらせといて、あでも食べ過ぎ注意」

「う、うん…」

「さぁ、分かったらとっとと出ていくのです」


 言い分は分かる分には分かる……が、言い方はもっと他になかったのだろうか。悠夜は少し微妙な感情になりながらリビングから出ていく。


 そうして自室に戻って、悠夜はスマホで高級ワイン専門店とワードを打って調べ始め、数分探した後「ま、いっか」と呟いて外行きの服に着替える。


 そして、一通り用意しなければならないものを確認し終えたところで車に乗り込み、スマホからナビに位置情報を送信する。


 悠夜が今から行くところは1時間ちょっと掛かる言い値のワイン専門店。その隣には同じ経営者が営んでいる高級ジュース店が展開されている。


 今日のお礼がてら、悠夜はそこに足を運ぶつもりだ。それにその近くに有名なトンカツ屋があるため、次いでにと言う考えでもある。


 そんなこんなでお互いに準備をしあいながら過ごし、悠夜が帰って風呂に入って、としていると、もう夜の19時になっていた。


 早い事に、だ。


 悠夜は時間の早さに驚きつつも、逆に待ち遠しかった夕食を堪能できると言う期待心と漸く感に口角を上げて、呼ばれたリビングに踊り出た。


「「誕生日おめでとー!」ございます!」


 二人は被せるように声を上げ、小さなクラッカーを鳴らして悠夜を迎え入れた。


 悠夜の周りにはカラフルな紙吹雪が舞い、そして悠夜は「ありがと」と嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で答えながら手に持つ紙袋を前に突き出した。


「…ではい、これ。お礼に買ってきたから一緒に飲も」

「あら何買ってきたの」

「ワイン、ちょっと良い値段のする奴」

「…まじ? 期待しちゃうわよ」

「あー……やっぱごめん、ほんまにちょっと良い値段のするやつだから、俺の財布的に」


 専門店と言うだけあってあそこの店は品揃え豊富で、100万レベルの物が普通に並んでいた。

 なんなら飛んで億単位の物まで言ってくれれば店の貯蔵庫から出せる、と言っていたので、そうした事からも店のレベル窺えた。


 まるでレベル制限無しのステージに好奇心任せで行ってみたら、逃げる以外の選択肢が出来ないくらいの強敵揃い感。


 雑魚敵で5万から。


 財布レベルが低いと戦えるのはそれくらいのワインだけで、悠夜はそんな雑魚敵を一匹ではあるが死にかけで狩って来ているのであった。


 その隣の店にあるジュースの方は1万ちょっとで、一升瓶サイズ。アルコールジュースなどもあったがレモン用のため普通のものをチョイス。


 物としてはかなり高いが、まぁレモンも楽しんでくれれば良いかと思い、悠夜は購入を決定していた。


 そして、あんまり期待しないでほしいと言う悠夜の物言いに、花奈自身ワインの高さも理解しているためか。


「それでも嬉しいし期待しちゃうわよ。何にしても、ご飯食べましょ、出来立てよ。グラスは私が用意するから二人とも座っておいて」


 そう言って言葉巧みに話を逸らしながら悠夜を食事話に誘導した。


 そして悠夜は誘導されるままに席に座り、目の前の真紅を基調とし、金の刺繍でアクセントづけられたランチョンマットの上を彩るグラタンとポトフ、そして緑野菜の上にクルトンがまぶされたサラダに目を奪われる。


(お、オサレェ…)


「……あ、でもパンは?」

「えー? なにー…? よっ…」

「いや、だからパンとかないんかなぁって」


 キッチン棚の上の方を脚立に登って漁る花奈に、悠夜はそうして聞くと、今日はケーキとかあるから、と言った。


「ま、足りると思うわ」

「うん、分かった。てかそっか…ケーキか」


 誕生日をしてなさすぎてか、悠夜は定例ケーキの存在を忘れていた。


 それから花奈はワイングラスを軽く洗って乾拭きし、ワインとジュース瓶のコルクを開けるとグラスに注いでいった。


 そうして全ての準備が整い、お洒落な空気感の中で食事が始まった。


 先ず、悠夜はワインを手に取る。


 ワインを回し、匂いを感じて、なんて事はした所でイマイチ分からないのは隠す必要もなく、悠夜はただちょびっと口の中に含ませるだけする。


 そうすると口の中に広がった葡萄の甘みと、その甘みを緩和させる遅効性の優しい酸味。それと同時に鼻から抜けていくアルコール。


 度数はそこまで高くないはずだが、結構身体が直ぐに暖かくなり始めた。雰囲気酔いと言うのもあるのだろうか。


 悠夜はそれからグラスを置いてスプーンを手にする。ありつこうとするのは目の前の、綺麗な焦げで色付けされた美しいグラタン。


 妙に力の入る指先、差し込むスプーンの先の方からチーズを割き、ホワイトソースに浸る感触を堪能する。そして一口分を掬いやすいようにその周りを複数回刺して、切り分けた一口分を口に近づけていく。


 そして。


「……っ」


 それらを口の中に放り込めば、広がる熱さと濃厚な旨味。


 チーズの風味と香ばしさ、ソースのまろやかさと滑らかさ。シャバシャバしていない濃厚なソースの感じが鶏肉をいい感じに絡めとり、チーズ・ソース・肉の濃厚三ジューシーとして成立させている。


 その脇役ではあるものの、プニプニのマカロニと固形から一口噛まれるだけで解れてしまうじゃがいもが味と食感のマンネリ化を低下させている。


 噛めば噛むほど美味しくて、鼻に抜ける癖のある味が美味しくて、五感をフルに活用して楽しんで、飲み込んで。


(やっべぇ、一口目で分かる)


「めっちゃ美味い…」

「…ですね…凄まじい作業の工程故ですかね、味と感触のバランスがなんとも……」


 両者絶賛、花奈自身も満足げに噛み締めている。


 それから悠夜は何度もグラタンを口に運び、ワインとサラダで口の中をリセットして、グラタンでリセットをリセットして、偶にポトフで中和して、そうやって料理を堪能し、25分。


 思ったよりも時間が掛かったのは逆に美味しすぎたためか。悠夜が結構膨れたお腹をさすっていると、グラス以外の食器が片付けられる。


 その代わりに新しい皿、それと白い箱、フォークが手前に置かれ、目の前には綺麗にコーティングされたホールケーキが置かれた。


 悠夜はまずケーキに見入る前に、手前の箱に言及する。


「この箱は?」

「チョコですね、バレンタインですので。花奈さん作です」

「おー…で、レモン作は?」

「ないですね」

「……あー、そうか」


 まぁ作っててくれれば嬉しいな、的なもので、何で作らなかったの? と言える程がめつくない。

 悠夜は特に何かしらを言うことなく、まず先に箱の蓋をゆっくりと開けてチョコを見る。


 四角の箱に二個の仕切り、そこに4つのチョコ。


 どれも円形のチョコレートだが、チョコの色はホワイトとブラックで二つずつ分けられている。

 ただ、上にかけられているソースの色合いは一つずつ違っている。ならバリエーションは全部で4つか。


 そしてひとまず、そのチョコを一つ、側面を持つ様にして眺め見る。


 厚さは1センチ位、赤ちゃんの手のひらの様なサイズ。


 手に取ったのはホワイトチョコレートの方。


 上にはルビー色のソースが、端々では見切れているものの蛇が横断したかの様な感じで掛けられていた。


 白を基調とした透き通った綺麗な赤のソースとの組み合わせ。


 見た目も斜めに彫りが入れられている部分があり、デザイン性の高さも非常に良くて食べるのが勿体無く感じる一品。


 そうして裏表を見て、びっくり要素を見逃してないか確認してから。


「それ齧る様にして食べてみて下さい」

「え? あぁ分かった。…いただきます」


 パリッと…一口。すると。


「ぉっ……」


(あぶなっ、垂れるっ)


 噛んだ瞬間、中からこれまたルビー色のソースが出てくる出てくる。ソースのとろりとした濃密な舌触りと酸味強めのラズベリー風味。


 チョコとマッチしていて、チョコ単体で食べた時の飽きがかなり減る仕様になっていた。


 端的に言えば美味いに落つる。


「え、これすっごい手間かかるだろ。うま…」


 少し惜しく感じながら悠夜は二口で食べきり、次にブラックチョコを手に取る。


 その上のソースの色は明るい緑色。味の想像ができない悠夜は透かさず、次は一口で頬張ってみる。


「ん…ぁ、ああなるほど抹茶か」

「正解ですっ」


 ちゃんと味を堪能する様に噛んで下で溶かして飲み込んで、余韻に浸りながら三つ目。


 ホワイトチョコに赤に近い青のソース。

 これは見た目から想像がつく。


「…うめぇはまじで、チョコ全部」


 ブルーベリーソースの味に舌鼓を打って、鼻に抜ける甘さ強めのブルーベリーの感じを楽しんだ。


 そして最後にブラックチョコのブラックソース掛け。


 いや、どちらかと言えばグレーに近いな、と悠夜は奇怪な物を見る様に手にし、思い切って口の中に運ぶ。


 すると鼻に抜けたのは。


「黒胡麻か…」


(良く考えつくなぁ…)


 風味と味のクセが強い黒胡麻。


 遅れてやってくる、舌の上で広がる黒胡麻とチョコレートの混ざり具合は、黒胡麻アイスと一緒でイロモノの様でイロモノじゃない。


 しっかり絶品と歌えるものに昇華されている。


「これいっちゃん美味いかも」


 悠夜はそうして最後までチョコレートを楽しんで。


「…マジでうまかった、母さんありがと」

「ぇっ? ええ。…うん?」


 そんな花奈の不思議な物を見たかの様な反応に、レモンは食いつく様にして。


「ーーチョコを食べたら次はチョコケーキですよ。今日はバレンタインデーでもありますのでチョコづくしです」


 レモンはそう言ってケーキを切り分けてよそっていく。


 悠夜達はそうして配膳されたケーキをお腹いっぱいになったお腹とは別のお腹に投下して、甘い物を幸せそうに頬張った。


 そうして全員完食し、満腹具合に浮かしていた腰を落ち着ける中で花奈は一人、顔色を変えて、少し怠そうに言う。


「……洗い物しなきゃ…」

「…あ、じゃあ俺がーー」

「「ーーそれはだめ」ですね」


 どうやら悠夜自身が誕生日だから、と言うもので、悠夜はまぁいいか、と甘んじる様にして食器を洗うと言う意思を掻き消していると、レモンが急いでポケットからぐちゃぐちゃになった紙切れを取り出し、花奈の前に広げてそっと置いた。


「……あら、レモンちゃんしてくれるの?」


 紙には『自分が食器洗います』と書いており、花奈の言葉に相槌を打つようにリアルタイムな形で紙に『はい』と言う言葉を書き足した。


「……ありがとぉ。…じゃあお言葉に甘えてゆっくりしちゃおうかなあ」


 そう言いながらも食器をそれぞれ重ねまとめ、レモンと一緒に流し台に全ての食器を置いていく。


 そして台拭きを水に濡らしてランチョンマットを剥ぎ、机を拭き、手を洗い終えると最後に「じゃあごめんだけど、レモンちゃんお願いね」と言った。


 仕事の大半をやったような物だけれど、花奈的にはどうなのだろうか。少々傍から見ていた悠夜的には微妙な感じだった。


 それから暫く、花奈と悠夜は今日の食事の感想や雑談などをし、悠夜が喉が渇いた為に冷蔵庫を開いたところ。


(なんじゃこりゃ…)


 その中で巣食う物々しい物量の赤い箱に目を奪われた。


 大概は白いリボンでラッピングされていて、まぁ高そうな感じ。ただ、扉側の棚に一つ、ラッピングされていない同じような箱があり、それを開くと全部で6つになるような仕切りが敷かれていた。


 ただ、その中には全部で4つのチョコしか入っていない。凡そこれは試食用とかだったのだろう。


 そうして悠夜は、この箱全てがチョコレートなのだと理解する。


「このいっばいのチョコはー?」


 悠夜が花奈にそう聞くと、花奈が言った。


「あ、それ明日会社の人に上げるようの奴なの、個数分しかないから食べないでね」

「あーうん…」


(良くもまぁこんなに…)


 悠夜は凄いなぁとも思う反面凄いなぁと言う呆れた気持ちの部分も持ち合わせていた。


 それから悠夜は蓋をしようと、箱に蓋を近づけているとふと思った。


「なぁ母さん、これ中身全部一緒?」


 さっき食べチョコとは毛色が違う。

 ならさっきのは俺専用で作ってくれたのだろうか、と思い悠夜はそう聞くのだが。


「えー? ああうんそー。てか今日その形と内容のものしか作ってない」

「…こん中ソース入ってる?」

「入ってないわよ、その表面のゼリーソースだけ」


 そしてそこで悠夜は気づく。

 さっきのバレンタインチョコ、レモンは花奈が作ったと言っていたけれど、本当の作製者は。


(レモンか…)


 照れ隠しかなんかだったのだろう。


 悠夜は冷蔵庫をそっと閉じて、食器を洗うレモンの頭に手を乗せて直ぐにわしゃわしゃと髪を解かし始めた。


「正直に自分が作ったって言えばええのに」


 唐突に、レモンの食器に触れる手が止まる。


「っあ、あのっ! ま、前が見えなくなるんでやめてもらっていっすかそれ」

「見た目良かったしアイデア面白かったしチョコ美味かったぞ」

「わ、わかりましたから! あーもー…とにかくもう、はいっお終りっ」

「はいはい」


 フルフルと、レモンは頭を左右に揺らして悠夜の手を退けさせると、少し尖った目つきで悠夜を睨みつけて言った。


「次やったら蹴りますからねっ…」


 耳が少しだけ赤らんでいる。

 珍しい表情をするものだと感心しながら悠夜は身を(ひるがえ)し。


「…いーよ。そんかわり来年も楽しみに待ってる」


 嬉しくてついほんのりと上がってしまっている頬の感じを悟らせないためにそう言った。

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