【▽】雪遊びとその後で
山に入る様になって数ヶ月が経ち、アルバイト生活と混合する常日に慣れてきた頃、それでも疲れはあるというもの。
悠夜は浴槽に張った風呂の中に浸かりながら、バテバテの体を揉みしだき、天井を見上げた。
真っ白な、それでいて風呂の灯りに照らされた橙色の淡い明るさが心を落ち着けてくれる。
(…明日は絶対遊ぼっ)
そう心に決める悠夜。
それと言うのも、この頃鍛錬や何やらとするのには慣れてきてはいるが、逆に言えばそれらしかやっておらず、何かしら娯楽や遊戯に時間を割くと言う事が出来なくなっている、と言う問題があった。
確かに、悠夜自身不知の魔法を扱っていける様になったり、何処となく体力に自信が付いたり、ある種の美ボディーが、このシックスパックが出来上がっていく過程というのは悠夜に取って嬉しい事だ。
しかし、休暇と成長は別腹。
日々の鍛錬やアルバイト、そうした肉体的、精神的疲労を解消する必要がある。
その方法が、やる事忘れて遊んじゃおう! と言う単純明快な昔ながらの解決法だった。
「レモーン、行くぞー」
「はーい! ばっちこいです!」
悠夜とレモンは片手にキャッチャーミットを装着し、お互い距離を取りあって位置につく。そうして悠夜が野球ボールをレモン目掛けて全力投球した。
「そーっれ!!」
悠夜は大きく振りかぶり、全力で肩を振り下ろして投げた球。それはそこそこ速い勢いで空中を駆け抜け、空気を割く。
球速は申し分ない。
……しかし、その球はお世辞にもコントロールがいいとは言えず、速さだけで飛んでいった球はレモンからかけ離れた場所へと飛来した。
だがそんなボールを。
「っと……ナイースクソボール!!」
「うっせぇー! ぶっ殺すぞーっ!!」
レモンは予備動作なく空高く飛び跳ねながら、ミットの中にボールを綺麗に収めた。
反射神経なのか動的神経なのか、悠夜はあの変な方向へと推進力が働いていた球を取れるレモンに感心の意を示した。
そんな、あらぬ方向へと飛んだ球を掴み、軽く空中で悠夜の事を非難するレモンが地面に着地するかと思われた瞬間の事だった。
「そいやっ」
レモンはノーモーションでサイドスロー気味に腕を振るい込んだ。
「ぁっ……」
しかし、その破壊力を多分に含んだ一撃も悠夜と同様の制球力。飛ばす以前に地面に不時着。ただ、サイドスローという事もあってか力の向きが真下ではなく平面の為その球に込められた力はまだ放出されきれていない。
「ちょ……」
いや、違う。
「ぉぃぉぃぉぃぉぃ…!」
そのボールは無慈悲に、力強く、ギュンッと孤を描きながら悠夜に向かって雪原を滑走し始めていた。
(い、いやなにそれ! 魔球やん!!)
瞬間的に身体能力の強化をしようとそれを念頭に置き、動体視力共に向上する身体機能の感覚を覚える悠夜はどんどんと迫り来る高速球に目線を固定する。
が、加速度的に勢いが増しているその球は、冷たい空気を一口吸った瞬間に目の前にまで接近していた。
球威に激しく穿たれ、弾き出される雪と土塊の大波。
「…ひぃい!?」
悠夜の視界にスローモーションで描かれる、暴威纏う雪景色。
その中で、悠夜は強化した脚力を用いてその場から急ぎ大きく飛び退くのこうとするのだが、しかし間に合わない事を悟った悠夜は腕を顔の前に組み、踏ん張る為に急ぎ腰を落とした。
「っ……」
そしてギャルルンッと直角に近いカーブを目の前で繰り広げられた上に、暴威に引き連れられて飛び込んできた雪や土塊達、それと暴風に呑み、吹き飛ばされながら悠夜は地に伏した。
「…っ"……」
吹き飛ばされたときの軽い衝撃、シャットアウトする視界急激に冷える体温。雪と土の冷たい重圧。
軽くとはいえ身体能力を強化しているがための発熱による雪の溶解、服の濡れ具合。
無慈悲に寄ってきては覆い被さった冷たい雪と硬い土の中で身を寝かす悠夜は、そんな不快感に眉を顰めると風魔法を全身に纏い、衝撃波を飛ばすように周囲へとその力を放出した。
そうして吹き飛ぶ雪塊や粉雪を視界の中に収めながら急速に明転する景色に2、3回目を瞬かせる。
「……ふぅ…」
視界が良好となったと同時に、目の前の地面が大きく抉れて茶色く凹んだ悲惨な溝になっている事に気がついた。
体が震えた。
(武者振るいかな)
まさか、湧き上がる身の震えに悠夜は嘘を吐いて、そして口の中に侵入した雪や土をペッペッと強く吐き出した。
「いやぁ…ぶっ……楽しいなレモン! ぶっ、ぷっ……」
嘘である。
悠夜自身そんな事1ミリも思ってない。
「あっはははですねぇーっ!!」
「あはははは!」
しかし呼応するしかない。
(あっやべ髪についてた雪と土が目にっ…)
「ははっ」
ふざける様な言葉の合間合間で、悠夜が髪についた土を落としたり、口や目に入った異物を吐き出していると、レモンが悠夜の近くへ歩き向かってきていた。
「はぁー……」
そうして、さっきのように声を張り上げなくて良い距離までレモンは近づくと、悠夜に不機嫌と言わんばかりにキツイ目を向けて言った。
「いや何でこんなクソ寒い時期の、それも山中でキャッチボールなんですか。なんですか、遊びのボキャブラリーないんですか」
「まず俺に謝れよ…あとな、それで文句言われても仕方ねぇんだってさっきも言っただろが。お前が誰にも見えないせいで繁華街に繰り出せねぇんだよっ」
そんな悠夜の怒声に、ジト目でレモンは言う。
「あーあー、そうやってまたすぐ人のせいにするー」
「何をどう考えてもお前のせいやんなぁ!? それにお前が自分も遊びたいってゆったからこんな事になってんの分かってないんか!?」
「えー…んもーだってー、ゲームセンターとか映画館とか行きたかったんですもん。こんなクソみたいな企画されるなんて思ってなかったんですもん」
「もんもん言ってたら可愛くなると思うなよお前、あとナチュラルに人の企画を貶すなや」
「いや、でもキャッチボールは流石にないですって」
悠夜はそんなレモンの苦言にため息を吐き、まぁ多少無理があるのは承知だったから仕方なしに考える。
二人でできる遊びといえば他に何があるのだろうか、と。
そうなるとやはり屋内施設などでの遊びが今の時期的にも良いのだけれど、都合が悪いからここにいるのも普遍的な事実なのである。
「でもなぁ、ほんと思いつくのカバディとか、鬼ごっことか、相撲とか雪合戦くらいなんだけど」
「いやカバディって……ニッチですか。何でそんな王道なものに微妙に前情報がないと内容とルールが分かりづらいモノが入り込んでるんですか。あの悠夜さんは遊んだ事あります? 人間と」
「あるわそん位! お前と違って姿が他の人にも見えるから屋内施設の利用とかで十分なんだよ、特に冬なんてな。中学高校とかになったら余計屋内遊びが主流」
そういうと、レモンは更に不機嫌になり、口を窄めると。
「……ちぇー… 娯楽不足大臣め。お金をいっぱい使って遊ぶ事しかできない寂しい人はもう少し視野を広げるべきだと思います」
「何やお前」
冷ややかな目をレモンに向けて悠夜は一考する。
「……はぁ…」
それからひとしきり考えたところで、ただ遊ぶ事で悩むくらいならいっその事レモンに全投げすれば良いかと言う考えがまとまったので、悠夜は火魔法を目の前に起こし、暖を取りながら「じゃあお前は何がしたいんだよ」とレモンに問うた。
火の塊に手のひらを翳す悠夜、その暖かさに肖ろうとレモンも近づき、火の玉に手を翳す。
「正直もう帰ってゲームか映画を…」
「外が良いって言ったん誰だよ」
「私だよっ。…でもだから言ったじゃないですか、車乗ってる途中から雲行き怪しかったですけどっ! あのですね私! 映画館とか! ゲームセンターとかで! 色々したかった!! あとここ寒い!」
「ここが屋外で山だからなっ!」
悠夜が反骨精神をバリバリに剥き出すレモンに目を向けていると、レモンは徐ろにしゃがんみこんだ。そして白い雪を摘み上げると悠夜に向かって少し雑めに投げ捨てた。
「おい」
「雪合戦しましょ、3回当てられたら負け。私が勝ったら映画とゲーセンです!」
そんなレモンの申し入れ、悠夜は少しその内容に不利さを感じたものの、もしかしたらのわんちゃんで楽しんで終わってくれるかもしれない。
と言う一縷の望みを持って「……いーよ、わかった」と頷いた。
(……このまま帰ってもせがまれ続けるんだろうし)
「じゃあバックバック、下がってー。キャッチボールの時くらいの距離で。そそ。…あ、で、ミットで雪キャッチ有り無しどうする」
「有りで」
「よっしゃ、りょーかい。後俺、身体強化有りな、お前無しで」
「んー……公平性を考えれば仕方ないですね、その代わり私の素のスペックも上げますからね」
「……公平性とは?」
そんなシンプルな疑問にレモンは言う。
「これが真の公平性です」
「いらねぇ…その公平性いらねぇー。偏ってる方が釣り合い取れるんやけどー」
「えー…じゃあなしですか…?」
「……もうなしで、スケールアップなしで」
そうしてお互い完全に距離を取り合って、見つめ合う。
開始の合図は、両者とも鳴らさない。なんとなく動き出したら始まりだ、と言うガンマンの様な試合の始まり方をしていた。
そしてーー
「ーーっ……っ…!」
初めに動いたのは横にカニステップで跳びながら雪をかき集め始めた悠夜だった。
悠夜は右手をスコップの様にして雪を掬い上げ、閉じさせた左脇の中に掬った雪を詰め込んでいく。
ヒンヤリと、と言うか寒々しさと酷い冷たさによって少しの感覚麻痺が起こってしまうが、それでも悠夜は積み込んでいく。
そんな悠夜を前にしてレモンはグッとしゃがみこみ雪の中に手を突っ込むと、手早く自身の顔位はある巨大な雪玉を作り上げた。
そして何回か雪玉を押し固めると、レモンは悠夜に向かって大きく振りかぶり、それを投げ込んだ。
「っ"……!」
悠夜はまだ雪を回収中。
だがレモンに意識は向けていた。
投げてくる姿も動きが早かったものの捉える事はできていた。
けれど、おかしい。
動きは見えていたはずなのに、球の軌道が分からない。球の位置が分からない。
いや、それも違う。
そう数秒で理解した悠夜の耳に突然ーー雪が盛大に爆ぜ、空中でパラつく音が聞こえてきた。
恐る恐る背後を窺う悠夜。徐々に露わになるのは粉雪が漂い、地面が爆散して抉れた光景。
「おま、おま殺すつーーっゎっぶ!」
しかし間髪入れずに飛んでくる雪玉、これは幸いさっきのものより急速はやや低い。だが、レモンの声はそんな破壊力に怯える悠夜の事を嘲笑うようなものだった。
「いやあーざんねーん! 外しちゃった!」
「おっちょ、シャレになんねぇのはやめろよっーー」
やはり悠夜の割と真面目に必死な声は無視されて、迫る手のひらサイズの高速の雪玉攻撃。
その玉は空気を瞬間的に割き、スパンッと音を破裂させながら悠夜の頬を掠め、雪の上に着弾し、またもや爆散する。
(ーー容赦ねぇ……っ!?)
もう一度抗議の声を上げる頃にはもう既に3球程悠夜に迫っていた。
悠夜必死に避けることだけを頭に置いて……いや、一番初めに飛んできた玉は地面を突き刺さって止まり、二発目の玉は空高く飛んでいった。
なんだ、当たんないじゃん。なんて、邪な事を考えた瞬間ーー
「…っ"!?」
ーー真っ直ぐ、豪速球で顔面に天来した雪玉。慌てた悠夜は慌ててミットを顔面に抱え、危なげながらも威力を緩和するため後方に飛びながら何とかその雪玉をキャッチした。
ただ、後方に飛び退く選択までは良かったもののあまりにもの球威に押され、ミットが反動で顔面に当たると同時に悠夜は空中で体制を崩し、雪の上を転がっていった。
「っ……」
(手加減しろや…くそが……)
悪態をつく、顔にも出てくる。
だけれど試合は今も継続中、やめることは多分できない、というか無条件降伏で俺はゲーセンと映画に連れて行かされる。
それだけは、避けなきゃいけない。
レモンが見えないのに対策がない以上。
それから悠夜達は幾度となく攻防を繰り広げた。
……実際には悠夜の防戦一方ではあるものの。
とはいえ、現状まだどちらも被弾数は0のまま。
それは良い事なのか悪い事なのか、どちらにせよ実力の拮抗故に起きている事象なのは間違いない。
それにお互い下手くそなボールの扱いな癖に球威だけはとんでも無くある。
特に悠夜は途中で分の悪さを酷く痛感し、結局身体強化を使い始めている。投げつけるボールの威力がレモンの手加減レベルに近くなるーー砲弾のような威力に近くなるーーようにだ。
もう、そこはただの戦略級兵器が飛び交う戦場だった。ただ、その内1人は全力を出していない、寧ろ手加減も良いところな模様。
「はぁ……っはぁ…はぁ……」
息も絶え絶え、悠夜は一芸を見せるかのように強く握った雪玉を高く跳び上がった地点からレモンに向かって投げつける。
「っ"……!!」
しかし。
「あーもーコントロール悪い癖に空中投球なんてかっこいい事しちゃってー!」
レモンの頭の上を飛んで、レモンの背後で爆散していた。そしてその代わりに、悠夜は空中で左肩に一発、強力なモノを喰らっていた。
悠夜はその痛みに顔を強く歪め、雪を巻き上げるように滑りながら雪上に転げ落ちる。が、ただでは転ぶまいと、悠夜は巻き上がった粉雪をカーテンにして体勢を立て直した。
そして。
(もうこの際何でも良いっ!)
「っ……!!」
悠夜は右手に巨大な掌を型だった土魔法を纏い、地面にその手をぶっ刺して、足元の雪を強く蹴り上げながら駆けた。
接近戦だ。
けれど、一筋縄で行くような話でもない。
近づく度に投げつけられる雪の球との接触率は高まるし、狙いも絞られやすくなる。
だからジグザグと、兎に角、錯乱まではいかないにしても狙いを安易に定めさせないように悠夜は動く。
身体強化をしていれば動体視力も上がる、全身の力も同様に。故にそこまで大変な運動ではない。だからあとは雪玉に注視するだけなのだが。
「ぃっ"ぁ"……」
差し迫った一つの雪球に反応出来ず、肩が外れるか、それか壊れそうな威力に体の半分ほどをのけぞらせる。
しかし減速は絶対しないと歯を食いしばり、脚に力を込めて悠夜は走り続ける。
痛みはある、けどまだ耐えられる。
(ラスト1回…!)
そう意気込みをする頃には身体強化している為、目標はほぼ目の前に居た。
より緊張感が高まる中、更に次々と迫った雪玉を悠夜はミットでキャッチしては、反動に身体が流されない様左腕を外側に振り払った。
当たらなそうなものには反応せず、レモンにだけ注意を固定した。
(いけるっ!!)
瞳孔が開く、血が蠢めく、力が膨れ上がる。いける!
(ここだぁああああ!!)
そして遂に悠夜は好位置に達し、貯めていた積雪土塊壁をレモンに向けて力強く放り投げた。
巨大な雪の壁はまるで龍の口の様で、その勢いは止まる事なくレモンを上からガブリと呑み込もうと差し迫る。
「……」
だが、レモンはそれに怖じける事なく、淡々と溜息を吐いて脚を振りかぶるとーー
「んっ…」
ーーブォンッと爆風が轟いた。
レモンは地面の雪ごと蹴り上げて、その雪崩の勢いを相殺させたのだ。
空高く共に舞い上がった雪の壁は粉雪となり、レモンの頭上だけを雪の色で染め上げた。
(そうすると思ってたっ!)
しかし、悠夜の狙いはこの壁をぶつけるという事ではない。と言うか雪玉ではないから当たっても意味はない。
だから。
(それもっ!!)
悠夜の目の前に飛んできた雪玉。
レモンの予断によって放たれた雪玉だ。だがそれも予測していた悠夜は動きに急ブレーキを掛けて軽く跳び上がり、前転しながらその攻撃を躱した。
そんな悠夜の姿を、悪寒を感じさせる視線でレモンは睨み見た。
その目線と合った時、悠夜はスッと息を吸い込むと少し口角を上げて、身体をぐっと捻りながら力強く横っ飛びをする。
(ここぉお!!!)
そうしてレモンの背面に身体を向け、隙のあるその背中へと、この雪玉を投げ込む!
が。
「あっ……」
「甘いですね」
レモンは背後を見る事もせず、ミットを掲げて悠夜の投げた力強い速球を受け止めた。
そして。
「う"っ…」
悠夜は頬を殴られた。
いや。
(…風魔法かっ!)
頬を横からおもっくそどつかれた感覚に戸惑ったものの瞬時に理解した悠夜だったが、体力も全く残っておらず、ただされるがままに地面に強く叩きつけられ、雪上を勢いよく転がっている現状。
それはゲームオーバー手前のどうしようもない状況を彷彿とさせるもので、この試合の終わりを告げている様なものだった。
「………」
そして、勢いが収まり呻くだけの悠夜を前に、形成逆転だと言外に意味を孕む視線で睨みつけていた。
「ぅ…はぁ……はぁ…はぁ……はぁ」
もう動けない。
しかし、悠夜はそれでも諦め悪く、視点をぐわんぐわんと揺らしながらも立ち上がった。
そして風魔法で雪を雪玉に作り替え、数十と生成すると、悠夜は高速でレモンへと投げつけた。
「……流石に悪ノリというか、大人げなくないですか?」
そう言ったレモンは、少し冷めた表情で飛来する雪玉達を風魔法で左右に、それでいて雑に弾きながら悠夜の元へ歩いていく。
その間も必死に悠夜は抵抗する。
風魔法で複雑な風の軌道を作り、雪玉をその流れに乗せて幾方向から攻めさせたり、悠夜自身が雪玉を投げ込んだり。
しかし、まるでラスボスかの様な立ち居振る舞いで迫るレモンには一撃たりとも当たらない。
そして、レモンは悠夜の目の前に立ち。
「悠夜さんの負けですね」
手元にある雪玉をぎゅっと押しつけそう言った。
……だけじゃなかった。
「ぅぐっ…ぁっ"……」
ゼロ距離砲と言うものなのだろうか。悠夜は腹に添えられた雪玉から放たれる慮外の痛撃に、勢いよく後方へと身体が飛ばされ、雪の上を再び転がっていった。
冷たい雪を纏いながら。
「……」
「………」
その後の反応はなかった。
まるで死体の様にコテンと、悠夜は這いつくばり惚けていた。
「はぁ…大人げない悠夜さんが悪いんですからねーバーカ。…私の勝ちですから」
「ぅ"……」
レモンは悠夜の隣に座り込んでそう言った。
それから、悠夜の体力回復を待ってから悠夜達は映画館のある都市に向かって車を走らせた。外行の着替えを毎度持ってきていることが功を奏し、直通で向かうことができたのだ。
そうしてパーキングエリアで車を止めて映画館とゲーセンが併設されている巨大なビルに脚を運び、先ずは映画を見た。
レモンが見たいと言っていた映画なのだが、悠夜はレモンの分のチケットを買わない事に少し後ろめたい気持ちを感じながら渋々鑑賞した。
鑑賞の際に悠夜がレモンに買わされたポップコーンやらホットドッグやらジュースやらチュロスやらは、もれなくレモンが美味しそうに食べている。
(しかしまぁ、幸せそうに食べて飲む事で…)
暗がりで平日昼間の映画館、前後横一列に誰も居ないということもあって、そこまで警戒して食べさせなくて済んでいた。
悠夜はそんなレモンの姿を横目で眺めながら映画に目を向けるも途中で瞼が落ちてしまい、エンドロールが回り終えて映画館に光が灯った頃にレモンに悠夜は起こされた。
「悠夜さんっ、終わりましたよ」
「ぇ…? ぁ……ぁ"あ、悪い。映画は…面白かったか」
「はいそれはもう期待通りでしたね、いやぁまさかあのーー」
「ーーんじゃよし…ゲーセン行くか」
「ぁ……ぇ、言わせてくれないんですか」
「帰ったら聞かせてくれ、ゲーセンは夕方になったら混むと思うから」
映画が終わったのは15時過ぎ、するなら早い方が人混みを気にしなくて良い。
悠夜がそう言うとレモンは顔色を変えて頷いた。
「ですね分かりましたっ! 行きましょ行きましょ!!」
映画館を出る際、持っていたゴミは自動分別式のごみ収集機にまとめて放り込んだ。
それから悠夜達は下の階層に移っていく。
映画館真下の階層はコインゲームが主として設置されており、そこからもう一つ下の階層にはクレーンゲームや格闘ゲー、音ゲーなどが入った筐体の階層になっている。
そして更にもう一つ下の階にシューティングゲームやカートゲームなどと言った体感型のゲーム筐体が置かれた階となっていた。
そんなラインナップの中から悠夜がレモンに遊ばせられると考えたゲームはクレーンゲームと、カーテンなどで中が見えなくなっているシューティングゲーム。
それとコインゲームだけだった。
シューティングゲームは仕切りで見えないため考える必要はなかった。ただ、その外のやり口としては考える必要があり、しかし単純な話でもあった。
それは簡単。
悠夜自身がやってる様に見せかけて、ボタンの部分を半分程空けておく。そして、レモンは悠夜が敢えて作っている筐体との空間に入り、そこで操作をするというもの。
レモンは少しやりづらいと言ってはいたものの、事の難しさを中途に理解しているため、駄々はそうした気持ち的な部分以外言わなかった。
そうして時間とお金をバンバン使い数時間。
コインゲームはすぐに飽きていたが、クレーンゲームにはノッペリとレモンはハマっていた。
右肩上がりで上がっていく技術力と、確率機の確率を奪っていくレモンの運の良さに手に持つ景品が多くなってきたため、景品用の大袋をスタッフさんから3つほど貰って、全部まんぱんになった所で漸く終わりという話になった。
「………」
帰りの車内。
自動運転に切り替えつつも、ハンドルとブレーキには一応手足を掛けている悠夜。
しかし、そこそこ精度の高い自動運転。
広く、舗装された単調な道路の為注意を散らしていてもそこまで問題がなかった。
だから悠夜は、後部座席で中々の大きさの雪だるまのぬいぐるみを抱いて眠るレモンに目をやり、心の中でひとりごちった。
(楽しんでもらえたなら、まぁ良かったか)
予想外の出費と、自身の遊ぶぞ、という今日一日の何かしらの予定をレモンに捧げてしまったものの、そうした和やかな気持ちが溢れてか、嫌な気持ちは何一つなかった。
疲労感も強くあるが、それに勝つる満足感がそこにはあった。
悠夜は今日はいい夢が見られそうだと、バックミラー越しに眠り惚けるレモンを見つめてそう思った。
ポケットサイズのぬいぐるみを、手のひらの中で握り持って。




