【2】スキル、それと第二魔法と
「スキルと言うのは日本語にすれば技能と言う言葉になりますが、この場合は固定概念化という意味合いのものとなります。ゲームとかのポチッとすれば設定されている技が直ぐに繰り出されるアレです」
「アレ……」
「そうです、アレです」
そう言ってレモンが掌を前へ押し向けてると、その掌の先に何時ぞやの氷塊が瞬時に、そして瞬く間に急膨張して現れた。
それは、今までの魔法が顕現するのとはちょっと違った感覚。
「えらく、早いな…」
普通、と言うかいつも悠夜やレモンが扱う魔法は、先ず出現する魔法の中心部、核となる部分から現れる。
火魔法なら先ず極小の火種が現れ、段階的に燃え上がっていく。レモンが発動させている氷魔法も通常同じように、核となる中心部から段階的に膨張し、大きくなっていく。
しかし、今、目の前で出された魔法はそんな過程をすっとばしたような速度で顕現した。
レモンはそんな悠夜の感嘆に小さく頷いて言う。
「そうですね。スキルは言ってしまえば冷凍食品のような物です。提供しようによっては今のように直ぐ出せます」
「ぁー、なるほど。固定概念化って特段難しい話とかじゃなくて、あれか。ほんとに予め決めた分量通りに作られた魔法を発動するってだけのことか」
「そうですね、その通りです。普通魔法は構築するまでの工程として、意識化で魔血を循環させ、魔神経を伸ばして、意識的に放出された魔力を動かして、想像して、最後に動かすという事をする必要があります」
ーーですが。
「スキルは材料と形さえ事前にしっかりと固めてさえいれば、魔血を回して魔神経を伸ばす。後はすぐに出来上がるのでやりたいように動かすだけ、それだけで大丈夫なんです」
「ほー、だからさっきみたいに一瞬だったと」
「その通りです、至って簡単レンチン1秒で完成です。…ただもう少しイメージしやすくお教えするとしますと」
そう言ってレモンは言葉を走らせる。
「考えてから新たに生み出される魔法は線と線とが急速に結合されあって顕現する、膨張、拡張という言葉が当て嵌まるのに対し、スキルは冷凍食品なので考えるという加熱行為をするだけで既に結合され合った状態のものがその場にパッと出来上がる」
ーーつまるところ。
「保存、維持と言う言葉が当て嵌るんです」
「…なるほどね」
悠夜は大方理解し頷く。
そんな悠夜の反応を見てから、レモンは「ま、ただですね」と言葉を繋げた。
「一つ欠点と言うか優位点と言うか、なんというかと言う性質がこれにはありましてね…」
そう言うと、レモンはまたスキルで魔法を出現させる。ぷかぷかと不定形に浮かぶのは、背景を綺麗に透過させるバスケットボール大の水玉。
「このレシピを途中で改変、改竄しようとする。またはしたらですねこんな風に」
そして真上に手を挙げた瞬間、水玉は高周波の音をいきなり響かせると、間髪入れずにスパーッン! と全方向に勢いよく弾け散っていった。
「所謂暴走と言いまして、こんな風に途中改竄をしますと魔法が崩壊を起こして爆発したりするんですが、この暴走時の反応もまたパルプンテという事で」
「おー……つまり、なんだ。兎に角所定の使用方法以外での使用はダメというとか」
「いえ…あー、まぁ大体はそうなんですけど、結構こういう技って使えるので一概にダメとは言い切れないんですよね…例えばーー」
そう言うとレモンは魔法を二つ、少し構築の遅かった魔法と早かったスキルで発動したのだろう魔法を発動させる。
そして現れた、その水の槍。
「こんな風に片方ずつ同時に出して、向ける相手に見せると」
そしてレモンは後方へ振り返り、開けた平地との境目として見える森林の始まり。そこにある並みの大きさの木に狙いをつけると、レモンはその木へ向けて水の槍を高速で飛ばした。
「こんな風にーー」
すると水の槍は左右から挟むように大外から飛び回り、真っ先に辿り着いた左側の水の槍がいきなり高音域で叫んだかと思うと、シュパンッ! と遠目でも聴こえるほどの音量の破裂音が渡り響いた。
それと同時に弾けた水が散弾のように木々を貫いて、間を置かず次いで水の槍が深々と木にぶっ刺さった。
「まぁこんな感じでやりように寄っては対処に迷わせる、なんて事が出来ます。だから一概に言えないんです。じゃ、私からの説明はひとまず終わりです。こっからはいざ実践という事で」
それから悠夜はスキルと第二魔法を扱ってみる。
…のだが中々上手くいかず。
藍色の帳が落ちる手前まで鍛錬に励んだのだが、結局の所座学で学んで身に付いていない、という状態のまま今日の所は終わってしまった。
そうしてまた数時間掛けて家に帰る頃には21時を過ぎていた。
「お帰りーえらく遅かったわねぇー、レモンちゃんとどこ行ってたの? ユニバー?」
帰ってきて早々、寝転んでスマホをチラチラ見ながらテレビを見ると言う、いつものゲームスタイルの花奈が少し遠目の人に声をかけるような声の大きさでそう言った。
ポチポチと、楽しそうかと言えばそうは見えない。
けれどゲームをやってる姿なんて傍から見ればそんなもんかと思いつつ、悠夜は今日父雅俊が利用していた山に言った旨を伝えた。
すると花奈はポチポチさせていた指を、そしてテレビに向けていた目を止めて、悠夜の方向に振り返る。
「悠夜……怪我は…してないわね。良かった、お母さん回復魔法得意じゃないから、保険適用させた外部の医療機関利用魔法しか使えないから」
「まるで魔法が使えるみたいに言ってるけど絆創膏とか軟膏を塗ったり出来るだけだよね!? 確かに母さん下手だけど…」
「あら酷い。傷口を今度からはナイフでほじくって上げようかしら」
「なに、怖いそれ…」
悠夜の幼少期はわんぱくな場面で埋め尽くされており、数多の危険な行動をしては数多くの怪我をその身に刻み、その度に花奈に手当をしてもらっていた。
だが、毎回下手くそで変な所で雑な花奈の手腕に痛がっていた。その頃に今のような事を言わなくて良かったな、と悠夜は怖がりながらそう思う。
「…でも、なんで山に行っただけで怪我をしたとかに繋がるんだよ。俺そんなに登山無理そう?」
悠夜は一悶着置いて、気になった話の繋がりの部分に焦点を当てて花奈に聞いた。
花奈はそんな悠夜の言葉に少し唸って。
「まぁその様子なら動物と出会ったりしてないのよね」
「…え、あぁ……まぁ。あー、いや、見たはしたけど」
「そう。…けど対峙したとかじゃないんでしょ?」
「あー、うん。まぁ」
何というかパッとしない言葉を連続的に受けつつ、悠夜は事実に沿った相槌を打つ。そうしていると花奈が悠夜にまた山に行く予定などあるかどうかを問うた。
「一応ある」
「…よねぇ……。分かった。じゃあちょっと待ってて」
そう言って花奈は部屋を出たかと思うと直ぐに戻ってきて、開封済みの封筒を悠夜に渡した。
悠夜は目の前にあるそれに「あー」と声を発しながら。
「デジタル書面じゃないって事は結構……あ、要重要って書いてるわ…」
渡された封筒の表裏を見てから中に指を突っ込み、そこから五枚ほど合わせて同封されていた書類を取り出し、机に広げてみる。
(えーと、なになにー)
まじまじと見つめ、文を読んでいく。そこに書かれていたのはあの山について。
ある意味、事後報告という形で送られてきた書類だけあって様々な報告書。けど、目を向けるべき紙はこの一枚、最重要の赤い印の押された書類の方。
「……気性の荒い…動物……」
悠夜はその文を上から順に目を通していく。
(…ストレス性によるものか、体毛の色素が所々抜け落ちて、体毛が白化する傾向の動物が多い……)
白い体毛。
悠夜はその姿形をしっかり見たわけではないが、そう言えばあの時…と思い返せば、昼間に似たような影を見ていた事を思い出す。
(気性が荒いことに加えて身体能力面が通常の種よりも高まっており…非常に危険…。本記入日時より一年程前から兆候のあった動物は直ちに殲滅……。…安全を確保してきましたが今後も白い動物達の出現、その動向によっては再び山の閉鎖、調査を実施する……。だからその時は協力してちょ、と)
ー2044年10月28日ー
悠夜はそんな公的文書を思いっきり崩して解釈し、頷く。
「それにしても…白い…動物、ね……」
「そう。白い動物。だから心配だったの」
「あー、でもゆってまぁ魔法あるし、そんな」
すると花奈は馬鹿なモノでも見るような目と声色で言った。
「アンタ馬鹿ねー、何言ってんの。そんなこと言ってたら木の影からスッ、ガブッてやられて死ぬわよ。生き物が生きている時は死んでる時以上に怖いんだから」
「…まぁ、確かに」
生き物なんだし当たり前のことだけど、忘れがちな事。悠夜はそう頷き、さてはてこれからどうしようかと悩んでいると花奈が改めるような口調で悠夜に声をかけた。
「…悠夜。悠夜が見たって言ってた動物の色って、どんな色だった」
そんな問いに悠夜は「…白かったよ」と隠れた内容の部分を肯定するように言った。
「…やっぱり、居たのね。……じゃあ連絡しなきゃ」
すると花奈はスマホを手にし、スマホ内蔵の電話帳から【国家機関 情報課の吉積[よしずみ]さん】と書かれた人に電話をしようとした。
そんな時。
「え、え、な、なに。あちょちょ、なになになに」
スマホが勝手に浮き上がったかと思うと、スマホが一人でに消えた謎現象に花奈は困惑の色を強めつつ直ぐに理解して。
「待ってレモンちゃんっ、ストップ! スマホ取らないでっ」
「レモンやめろって。まじでっ…母さんまじでごめんな」
そう謝りを入れ、レモンからスマホを取ろうと努めるが中々離してくれない。
「ダメです、折角棚田を直す機会が手に入ったのにすぐに手放すつもりですか」
「棚田を盾にすな。お前の場合は広い土地目的だろ。てかなんにしてもそんな変な動物がうじゃうじゃ居る所じゃまともに作業できんやろ」
「出来てたじゃないですか」
「今日のところはなっ」
そう説得してみるが、レモンは食い下がるように言葉の主張を変えていった。
「…はぁ、実の所魔法を当てる的が欲しかったんです。動く敵ってのは丁度いいと思いますので」
「お前、的って……」
「兎に角花奈さんにこの旨を伝えて下さい」
レモンはそんな趣旨を明かした。
悠夜はそうしたレモンの言動をどう扱おうか悩んだ末、言葉にする事にした。
「なんかレモンが…魔法を使うのに実寸大の敵が欲しいらしくて」
「あー……。…でも…危険なモノは、危険なのよ? それもこれ、貴方達だけの話じゃ無いし」
御もっともな意見を片耳に、レモンの「じゃあ」と言う言葉を聞いて、悠夜はもう片耳でレモンの話も聞く。
そしてレモンの言葉を悠夜は通訳する。
「えーと、ここ数年で起きたような話で、特に現時点で観測されている事に対して…この報告書が届いてからの二年間、街などに白い動物の被害などが出ていない、又は目撃……されてない? がない? あぁ。ない事を鑑みるに、下手に警戒する必要はないと思います。だって」
そしてなにより私が付いて居るから大丈夫だと、伝えるようにレモンは言った。
「…だそうなんだけど…」
「……そうかもだけど…でもねぇ……」
そう難色を示す花奈。
その反応は当たり前だ。それはそうだ。と、こんな通訳をしておいて傍ら理解する悠夜は、なんとも言えない目でレモンを見ていた。
「………」
そして花奈は黙った。
んーと唸って、多分一般の人間としての対処を、正しい対処とを今、天秤に掛けて考えているのだろう。
暫くの間考えに耽っていた。
そうして、なんとなしにキッチンに立った花奈が「まぁ…」と続けて言った。
「……確かに、二年間ニュースにもあがらなかったし、目撃情報もない。何かしらの形で私に報告されて無いことも、まぁその裏付けというか、ね…まぁだから分かるには分かるのよ、その言い分。…でもねぇ……」
そう言う話じゃ無いのよね、なんて言葉が当てはまりそうな間を悠夜は感じた。
レモンはそうした、それでも微妙な反応に言葉が足らなかったのかと思ったのか「絶対に山から外には出させないので」と言う自信と責務の言葉と「破壊された棚田を直したい」という悠夜の願望を叶えたいと言う思いを、悠夜に付け足させた。
「………」
花奈は唸る。
長々と唸る。
キッチンの、何時もまな板を置く広いところに両の手を突いて考える。
「…んー…でもねぇ……んー…」
そんな風にして、花奈は言葉をつっかえさせながら、そして。
「……責任は…誰が持つと思う?」
そう言った。
その質問に悠夜は「俺……?」と返すが、花奈は微笑みながら分かってないなぁという雰囲気を醸し出して言う。
「残念お母さんでした、所有権は悠夜にもあるけど、雅君の代わりに引き継いだのは私です。だから白い動物の報告例に該当した時点で私には通告する義務と責任があるの」
「……まぁ…うん」
(そりゃまぁ、そうなるわな)
「だから……んー…レモンちゃん」
花奈は目をぎゅっと閉じて、口を噛み合わせて、堪えるように言った。
「……私が今から言う事、全部ちゃんと守れるか返事して」
「…え、母さん…まじ?」
「……ええ。正直、ダメなのは分かるけど…って、所なんだけどね……私の身体を売るつもりで貴方達に託すわ」
「いやいや、そこまでしやんでもええやろ」
「いいのよ、あの棚田をどうしたものかと前々から考えてたから丁度よかったわ」
花奈のそんな言葉にレモンは目を輝かせて、深々と頭を下げていた。握り込まれている手には余程の嬉しさからなのか少し震えているように見えた。
「じゃあ第一条目ね」
そして、花奈は交換条件の内容について話し始める。
「第一条第一項目、悠夜に酷い怪我をさせない事。第二項目レモンちゃんも危ない目に合わない事」
条件の頭に来る、つまるところ最重要項目。
「第ニ条。悠夜を殺させない事。これもまた同様にレモンちゃんも殺されない事、無理をしない事。第三条目は山から白い動物以外も含めて連れ出したりしない事。屠殺…殺した山の動物はその場で消費するか埋める事。売買は認めない」
そこを少し語調強めに言って花奈は続ける。
「第四条。人に魔法を扱ってるところを見られないよう配慮する事。…これは既に約束済みだけど、確認と言うか再度重要事項だから言っとくわ。で最後に、これは私からのお願いだから投げ出すことも可ね」
花奈は虚空に目を向けて言う。
「棚田を完成させてほしいの」
それは半年間の付き合いによる勘からなのか、凡そいるのだろうと言う方向に向けている目は、しっかりとレモンと合っていた。
「…全部、守れる?」
花奈のその一言。
レモンはそれに対し、重々しく「全部、しっかり守ります」と頷いた。
だが花奈にはどうしてもその仕草や声が見えないし聞こえない。珍しく真剣な眼差しと、しっかりとした声色が伝わらないと言うのはやはり面倒に思えた。
「全部しっかり守りますって言ってる…けど…いいん? ほんとに」
悠夜は確認するように花奈に尋ねる。
「…責任は持つわ…ちゃんと。正直な所責任は取りたくないけど、仕方なくね…」
花奈は本当に仕方なさそうな顔で相槌を打つと、その場の空気を切り上げるように声を上げた。
「あ、そうそう今日シュークリーム買ってきてるのよ、二人ともご飯食べ終わったらみんなで食べよ」
花奈はそう言って冷蔵庫を開けて、レンジで温められそうな悠夜達の夕食を温めていく。
そんな背後姿をレモンはジッと見つめてから動き、花奈の背を少しつつくと、花奈のポケットの中にスマホをそっと返した。
「花奈さん、ありがとうございます」
レモンは少し申し訳なさそうな表情を浮かばせながら、そうして感謝の言葉を述べた。
するとーー
「ーー……いいのよ、気にしないで」
そんな花奈の反応にギョッとしたのは悠夜だけじゃなく、レモンもだった。
「……ぇ」
「ぇ、母さん…レモンの声、聞こえたの」
驚きを隠せないまま悠夜は花奈に問うが、花奈は直ぐに首を横に振った。
「うんん、全然。触られたとかそう言うのは分かるけど、声はね。だから…まぁ、あれよ。さっきのは感謝されたような気が何となくした、それだけなの」
レモンはそうした花奈の微笑みと言葉に突き動かされるように目を見開かせると、背後からギュッと抱きついて口元を綻ばせた。