【2】細い煙の匂いは懐かしく
レモンはそうして話を流すと、水田に行く目的ーー実際は山に行く目的の部分を言った。
「えーとですね」
それは至極単純な話で、魔法を鍛えるには場所も動きも制限され過ぎている今、これ以上の成長は見込めないと言う物だった。
確かに、現段階においてそれは死活問題として提起しても棄却されない程度には筋がある。
魔血内の魔力保有量、体内の魔力蓄積量、生成速度などの根本的な部分を増強するためには魔法を日々使う必要がある。
そして出来れば上限を超えて毎日使っていく必要もある。しかし、ある程度魔法を使いこなせるようになってきた最近でもちまちました魔法鍛錬ばかり。
そのせいで魔力を消費し切るよりも先に「予定」と言う拘束された時間の方がやってくる。
けれど、だからと言って家以外で魔法は使えないし、じゃあこの部屋で危険だけどもう少しレベルの高い魔法を扱っていこうとしたとして、下手に火力の調整をミスって大惨事にでもなってしまえば元も子もない。
そうした危険性の部分から、今以上の事が現状できないのだ。広い土地、それさえあれば。
そんな抜本的問題解決を急いでいた時にレモンは丁度いいものを見つけたのだろう。
山の所有権という公的占有地証明書。
それに基づき、レモンはこの場所の現在の状況と土地勘の確認のため態々下見までしてきたらしく、そしてだからレモンがこんな提案をしたのかと、悠夜はそこで納得した。
しかし、顔色が優れない悠夜。
うんうんと頷くには最適の案であるはずだが、声を出し渋る。
そんな悠夜にレモンは「……気が進まないのですか?」と疑問を呈した。
「危険区域警報はまだ継続中ですが、まぁ所有者は入る事ができますし、各国の研究員も2年前には撤収しているそうですよ」
「…そっか」
(………そっか…)
悠夜は俯き、半分ほど開けていた口を、ゆっくりと、力強く閉じた。とても居心地が悪い、耳の痛い話。
「……悠夜さん、やっぱり生前に、何か…その…お父様とあったん、ですか?」
しかし、レモンはプロ顔負けの186kmのジャイロボールストレートを打ち出していく。
キャッチャーである悠夜もその速度と威力に驚き、内心うっと呻き、たじろいだ。
そして、悠夜は空気を吐くように唸って、口の中で舌の位置を探し回る。時折歯軋りが起こった。
目線はレモンから視線を逸らすように動いていった。
「悠夜さん?」
「ぁっいや……そう。何かあった…って言うのは、ないゃあるっていうか、俺が勝手に問題にしてるっていうか、俺が悪いっていうか……なんというか………えぇ…と」
言葉が濁る。
とことん濁る。
言葉の構成が迷路のように交えられていく。
話の本質が伺えない。
話が下手な人のような言葉の羅列。
「えっと、悠夜さんが…悪いんですか?」
「え、いや、そうじゃなくて……ぃゃ、多分そう、と言うか、なんて言うか…」
「んー……」
あからさまに変貌する言葉の感じからするに、相当なトラウマか後悔かが考えられる。
そして少なくともその感情は一方的なものに思えたのだろう。レモンは、そうしたたどたどしいだけの言葉に意味はないと切り捨てるように「それなら」と続けた。
「悠夜さん、お父様に謝りに行きましょう」
一間の静寂。
パチパチと、瞬きをする間に3回ほど、悠夜の耳に秒針の音が聞こえてきた。
そして言う。
「……は?」
戸惑う悠夜はどういう訳か分からないと、呆然と気の抜けた声を吐いて暫く考える。そうして理解できる範囲まで思考が追いついて。
「謝るって、どうやって…? まさか、魔法で…?」
と、驚きながら声を投げかけた。
「いえ、お墓参りです」
だがしかし、思ったよりも現実的な切り返しが悠夜を襲った。蘇生魔法などと言ったものではなかったようだ、だから落胆した。
なんて事はなく、悠夜にとっては寧ろ現実的過ぎて余計に拒否感が増していた。
墓参り。
連続的に起きた悠夜自身への不幸。
閉鎖的になり、何もかもが嫌になったあの日から、悠夜は誰とも顔を合わせようとしなかった。
父雅俊が死んだその日であっても。
そのn回忌目であっても。
墓に入った後でも。
死に目に立とうとしなかった。
悠夜は一度も父の死に顔を、その骸を、文字通り見た事がなかった。
流石の花奈でも上げた大音声にも怯まず、悠夜は頑なに顔を出そうとしなかった。とんだ親不幸だ、と、悠夜自身も思っている。
でもだからと言って、かれこれ5年が……過ぎてしまっている。もう遅い、と…感じるのは、普通の感覚なのではないだろうか。
取り返しのつかない、そんな感覚。
初めも終わりもその場に立たなかったのだから、そんな人間が図々しく、こんな都合よく、墓参りをしていくなんてしてはいけないと、悠夜は考えた。
悠夜は少し息を飲み込んで、大きく息を吐く。
「墓参り…だけですよ?」
そんなレモンの純粋無垢な言葉に、悠夜は無言で返した。分かっている、そんな風に。
(分かってるんだけどな…)
いつまで経っても頭を下げにいかない自分自身がおかしいこと、自分が勝手に問題視しているだけのこと、そうして遅いからなんて理由を勝手につけて、謝りに行かない口実にしている事。
意固地になっている事。
そう。
一番性質の悪い、分かってるけどやろうとしないパターン。あいも変わらずそんな感じなのが悠夜だった。
分かっている。
分かっていた。
理解はしている。
理解はしているつもりでいる。
沼にハマっている事、このまま放置すれば何分後に沈み切るのか。体温はどこまで持つのか。この状況で浮き続ける事は出来るのか、その場合の運動量は、体力は、方法はーーけど…そこまで考えられるのだけれど。
悠夜はそこに這い上がる、と言う案を用意していないのだ。
つまり、悠夜は自身が置かれている状況に関しての把握能力は高いと言えたが、そこからの復帰、改善能力は致命的に低かった。
自分でどうにかすることを嫌っていた。
それはなぜなのか、悠夜ですら分からない。
でも何となく、無理だと一瞬でも感じたら最悪強制されない限り行動に移さない、と言う傾向があるのは確かそうに思えた。
「……悠夜さん」
…そんな時。
「ぁ………」
レモンは悠夜の隣に座り、悠夜の肩に拳を押しつけると、真面目な顔をして言葉を吐いた。
「……悪いことをしていると思っているなら、謝りに行くべきです。分かっているなら、分かっているなりの行動をして下さい」
そんな声に悠夜は小さく口を開けた。そして、その通りだ、正論だよと目線を落として、悠夜は自身の掌を見つめた。
正しく、その通りなんだ。
誰かに言われるのが情けないくらいで。
けどやはり、何処までも怖いと、後ろめたいと。
沈黙で自身を肯定する。
「物事は行動しないと始まらないですよ」
すると、レモンは押し付けていた拳を離しながらそう言って悠夜を見つめた。
「……それは…」
「……昔の事を引きずってしまうのは分かりますけどね、私もそんな時ありましたから…」
そう発言するレモンの言葉調、そこに含まれる憂いのようなものは家族に対してのものなのだろうか。変に邪推してしまう。
「…けど、悠夜さんの場合は引きずっている事以上に、変に拗らせて考え過ぎてるんだと思うんです」
「……そう…?」
「ええ、それはもう。なんなら空回ってもいると思います。だからそうやってタラタラと考え呆けてるんです。正にタラタラしてんじゃねぇよってねぇ!」
「……。…あぁ…」
「はぁ……いいですか、もう出てる答えを不完全だと思い込んでもっと良いものにしてやろうとか考えるのやめて下さい。なんかさっきからの反応見てたら分かりました、それが原因です。てかいつものです」
簡単そうに言って少し難しい顔をするレモンの顔を見て、悠夜は下唇を軽く噛んだ。
「後もう一つ。今回に限ってじゃないですが、悠夜さんってほんと毎回分かってる感だして、ちょっとでも嫌に感じたら拒絶して、そうやって自分を正当化しますよね」
「……誰が子供だ…」
「そんなこと言ってないですけど、ご自身でもそう思うのでしたらそう言う事です。…で、今回の話に戻ってきますがそんなに難しい事じゃないんですよ。悪い事をした、だからごめんなさいって言うのは。と言うかより良いものにするも何も、これでいいんですよ」
そしてレモンは続けて言った。
「悠夜さんは自身を過大評価し過ぎです。なので自分は賢いなんて二度と思わないで下さい。考えるだけダメなの、もう分かってますよね」
「……は? いや、大体過大評価とか賢いとかそんな事思ったことないって……」
「はぁ…? まぁそりゃ自分を過大評価してる人が自分を理解できるはずないですけど。…馬鹿なくせに考え過ぎとか本当マヌケですよ。救いようがないです」
そうしてレモンはまた溜息を吐いて「私は…」と言葉を紡いで言った。
「……私は悠夜さんのそう言う所がだいっ嫌いです。一年同居して余計に嫌いになりました」
「……」
「なので早く直してください、円満な生活を私に送らせてください。てか不快にさせられているので今謝って下さい」
その突然の言い分に悠夜は理不尽だ、と思ったのだけれど、不快だったのなら謝る。
それで相手の気分が緩和されるならと考えーー
「ーー……ごめん」
そう返した。
するとレモンは「ぁー……」と、想像していた返しと違ったのか微妙そうな反応をして。
「…でも、こんな程度のことで私に謝れるんでしたらお父様に頭を下げる事も容易に出来ますよね?」
と言った。
確かに最もだった。
けれど。そう。
さっきの悠夜自身の発言の方が肝だ。
(結局これも言わされて、なんだよな…)
本気で謝った部分も混じっているが、さぁそれは本心からだと言い切れるものなのか。
そんなもの、傍から見てもよくわかる事で。
こう言う所なんだろうなと、悠夜は思った。
まるで自分はプログラムされたロボットかよと、心の中で自虐する。なんならコンビニの店頭に居るレジロボットの方が賢いまである、とまで考えた。
そして、まぁつまり何を言いたいかと言うと、やはり自分は幼稚であるという、気づきたくもない事実が身近にあった事。
だから、悠夜は目を背けて別の事を考えた。
(それにしても、レモンにこうして諭されるなんてな…)
俯瞰的な悠夜が呆れ笑いを披露して、悠夜の背中を強く叩いた。
でも、子供の方が純粋だから、生真面目に正しい事を言えるというのは普通の事だ。
何らおかしな事はない。
寧ろ真っ当で真っ直ぐで。
(そうだよな…)
確かに考え過ぎていた。
行動も起こさず、勝手に状況が変化してくれるのを待っていた。
それは一年前にも花奈に言われていた話で。
(……はぁ)
激変したと言っても自分自身はなんも変われてない、状況が変わっただけで、行動の規則性を変えさせられただけで、自分は状況に強制されてただけで。
「………」
露わになった事実に、ちょっと変わってきたんじゃないかって思っていた悠夜の出鼻は、そんな形でへし折られた。
本当に、過大評価してしまっていたのだろう。と、痛む心のせいで悠夜は実感させられた。
「悠夜さん、嫌な事から目を背けるのはそんなに悪い事じゃないんです。寧ろ短期的に見れば精神ケアの一環として良い効果を発揮します。ですが、長期的にみればそれはただの先延ばしで、悪化の一途を辿る事になります。そして正に今の悠夜さんは悪性の腫瘍のように悪化中と」
「……」
「で、なんですが、これを解消するには即時行動に移す事が重要なんです。要は思い立ったが吉日、早い方がいいんです」
レモンは最もな事を簡単そうに言うのだけれど、実際そんな簡単な話ではなくて。
「でも…」
悠夜はやっぱり抵抗してーー
「ーーあっはいそれリセットォ!」
レモンがそう、突然声を上げた。
「ぇ、は?」
「はーいリセットー、その言葉も要らなーい」
「な、なに…急に」
「リセット」
「や、だから、な、なんだよそれ」
「リセットです」
「えぇ……」
レモンは言う。
「なんか話進まなそうだったので。…悠夜さんはこんな感じで急にバグられると嫌な気持ちになりません? まー私はなりませんが。兎に角、墓参りに行くぜ☆ ルートに分岐するまでリセットするつもりです」
「それはーー」
「はいリセットー」
「いや、待って」
「リッ、セッツ!」
「ちょ待って、マジで待って」
そうタンマを掛けて悠夜は考える。
(マジの目をしてやがるなこいつ)
目の据わった感触、居心地が悪い。
眉間を摘み、考える。床を見て考える。
そしてそれを面倒くさがり、また強制されて何かをするのか。そう、俯瞰的な悠夜が悠夜を馬鹿にした。
自分で言っている事なのは間違いない、のだけれどかなり癪に触った。その言葉にムカついた。
「はぁ……」
そしてなにより。
(……分かった)
あいも変わらず誰かに指示されなければ動けない自分に腹が立った。後言われっぱなしなのも。助けられっぱなしなのも。
「……ちょっと出掛けてくる」
そうして悠夜は立ち上がる。
「え、ちょ、ちょ待ってよ…リセットォ!」
「うっさい、リセットはしなくていい」
(自分の足で、自分の考えで動いてやる。ただ今日のはノーカン)
悠夜のその表情には、少しだけ吹っ切れたような所が見え隠れしていた。




