3 ネガティブな超能力者の私が暗殺をすることになった経緯
「暗殺者イン・マイナース。あなたに仕事の依頼です」
ギルドマスターからのその言葉は、私にとって死刑宣告に等しかった。
受けようにも断ろうにも私に待っているのは死なのだから。
なので承諾も拒否もせずに無言でじっとマスターを見つめていたら、マスターもまた無言で依頼書を私に手渡してきた。もとい押しつけてきた。
「……」
仕方なく私は依頼書に目を通す。
ターゲットの名は、ヨウ・プラララス。顔写真にはきらっきらの金髪と、自信と希望に満ちた笑顔が映っている。いけ好かない。
まだ私と同じ十代だとは思うが暗殺者に狙われるとはろくでもないやつなのだろう。
それでも暗殺ギルドなんかにいる私よりはきっとマシな人間なのだろうが。
「この子何をしたんですか?」
興味があるわけでもなく、仕事が始まるのを数秒でも遅らせたいので私はマスターにそう訊ねた。
「あなたは『寝て』いたから知らないでしょうが……、いえ、その情報は不要です。あなたが知るべきことはターゲットが誰かということだけです。準備ができたらすぐに発ちなさい」
「…………ターゲットがどこにいるかも教えてもらわないと準備のしようがありません」
「イン。私との契約を忘れたのですか?」
うぐ。私は言葉に詰まってしまう。
嘘をつかない。それが私とマスターが交わした契約だ。
私はその気になれば顔と名前が分かる者の現在地を知ることができる能力を持っている。これは魔術とか噂に聞く禁呪とかとは違う、生まれついて備わっていた言わば超能力だ。他にもいくつかそうした能力を持っている。
だがこんな能力を持って生まれたばっかりに親兄姉からは忌み嫌われ、村からは追い出されて人買いに売られ、売られに売られて流れに流れて、なぜだか気づけば莫大な借金が私の身には背負わされていて、いつの間にやらついには娼館勤めまでもすることになった。
当然の話だが娼館といえども私のようなものを抱きたがる物好きは現れなかった。わざわざこの貧相な尻を撫でていった男は数人いたが、彼らも他意があったわけではなく単に酔い任せの悪ふざけだろう。
さて、そのような役に立つわけでもない娼館勤めの日々は、ある日突然に終わりを迎えた。
その終止符を打ったのが今こうして目の前にいるマスターである。
どこでどのようにして知ったのかは不明だがマスターは私の超能力の存在に気づいており、それを是非とも活用したいとのことでこの暗殺ギルドに誘われた。
人を殺す仕事をするぐらいなら、というか自分にとってどうでもいい相手をわざわざ殺してそれで恨まれたり逆に殺されそうになるリスクだらけの職に就くぐらいなら男に体を委ねた方がマシなので当然私は断った。
が、このマスター、断るならこの場で私を殺すとも言ってきたのだ。
聞くところによると、私が借金を返せるはずもないと判断した債権者が、なんやかんやで私に保険金をかけたとのことである。
今この場で死ぬよりはと、私は一も二もなくマスターの誘いを受けた。
その際にマスターから示された言葉は三つ。
一つ。ギルドに加入するのであれば借金を肩代わりする。
二つ。ギルドの命令は絶対であり拒否は死をもって償わせる。
三つ。ギルドのメンバー間で嘘はご法度。さもなくば死。
この三つだけを契約事項として、私はその日暗殺ギルドの一員となった。
あれからもう数年か。
「……契約はちゃんと覚えていますマスター。ただ私の超能力なんかよりはマスターの確実な情報網の方が信頼できますしそれを教えていただけたらなと思いまして……」
実際のところ私の超能力が外れたことはないがマスターの情報もまた同様である。
現時点では的中率100%の同率といえど所詮は現時点のものだし私が今後も100%を維持できるとはとても思えない。ならばマスターからきちんと話を聞いた方が良いはず。
まあ、単にやはり少しでも仕事を先延ばしにしたいがために訊いただけなのだけれど。
そんな私の真意を知ってか知らずか、マスターは質問に答えてくれた。
「ターゲットは現在、『最果ての島』へと向かっています。到着するまでにまだ数か月はかかるでしょうが、着いてしまえばもうそこから出ることはありません。あなたも島へと向かいそこでターゲットを殺しなさい」
「さっ最果ての島ですか……?」
瘴気と毒素に溢れた島ではないか。常人ならば数日として生きられぬ地獄だ。
「……放っておけばターゲットは勝手に死ぬのでは?」
「死ぬのであればそれで良し。死なぬ場合の保険として、あなたが選ばれたのです」
「だっ誰に」
「あなたが知るべきことではありません」
そんな。あんまりだ。酷いではないか。
暗殺ギルドに入って早数年。ありがたいことに一度として私に暗殺依頼が来ることはなく、超能力を使ってターゲットの居場所をギルドメンバーに教えるという気楽で簡単なお仕事だけをしていたのに、よりにもよって初依頼がどうして「最果ての島でも死なないかもしれない危険なやつ」なんだ。
というかなぜ私が選ばれたんだ。
数年間ずっと訓練だけは欠かさずというか欠かすことをマスターから許されず強要されてきたものの実践経験は完全なるゼロなのに。
「むむむむむ無理です私にはできません」
私が暗殺に向かったところで返り討ちにあうにきまっている。
同年代と比べてはるかに貧相なこの体つきでいったい暗殺の何ができるというのか。
こんなの死刑宣告と等しいではないか。
「拒否した場合はこの場で死ぬことになりますが、それはよろしいのですか?」
「嫌です! でも無理なものは無理です!」
ついに私は泣いてしまった。必死になってマスターの脚にすがりつく。
「まったく、もっと自信を持ちなさい。あなたはこの私直々の訓練を数年間にもわたり受けたのですよ。他のギルドメンバーに引けを取らない実力を持っていると私が断言してさしあげます」
「でも経験値ゼロですもん! いくら金と力があっても童貞と処女は半人前って娼館の姉様方も言ってましたもん!」
「ならこれを機に一人前になりなさい。ああ、ついでにターゲットの死体を使ってそっちも卒業なさいな」
「死体相手にできるわけないでしょう! 変な病気が移ったらどうするんですか! ……というか死姦は卒業にカウントできるんですか?」
「知りませんよ。気になるようならターゲットに性病の有無を聞いて、生きてる間にやりなさい。それから殺せば問題ありません」
いや色々と問題が、とツッコもうとして私は口を止めた。
これ以上の問答は無駄とばかりにマスターが手にナイフを持っている。
多分あと一言でも口答えをしていれば私の額には穴が開くことになっていた。
「……このイン・マイナース。此度の暗殺依頼謹んで拝命いたします」
「結構。その慎重さと注意深さがあれば、きっと無事に帰ってこられるでしょう。五体満足のあなたと再会できることを願っていますよ」
「……」
依頼を取り消してくれれば今日にもその願いは叶いますよ、とは言えなかった。
「……よろしいのですか?」
インが去ったあと、残されたギルドマスターの横に、いつの間にかもう一つの影があった。
影の問いに、ギルドマスターは顔を向けることなく淡々と答える。
「もちろん。インにも言ったように、これは保険です。勝手に死んでくれればそれで良し。死なぬ場合には……期待しましょう」
「しかし人の姿をしているとはいえあれは『邪神の子』でしょう? 多少特別な力があるとはいえ、人の身で殺すことができるとは自分にはとても思えません」
「まあ簡単に殺せるならば私が既にやっているでしょうね。だから『最果ての島』の瘴気で死んで、もしくは弱ってくれれば助かるのですが、望みは薄いでしょう。やはり殺害の成功を祈るしかありません」
「人間離れしているとはいえ仮にも『普通』の女の子に、酷な話ですね……」
「ただの人間には、祈るしかできないのですよ」
「……」
気づけば影は消えていた。
隣にいたギルドマスターの姿も、いつの間にか消えていた。
「はあ。嫌だなあ行きたくないなあ帰りたいなあ帰ろうかなあ」
最果ての島行きの港で私はただただ溜息をついていた。
ターゲットのヨウ・プラララスは一足早く既に出港しており私はそれを確かに見送った。超能力でヨウの位置を突き止めてから、こうして港まで付かず離れずの距離で後を追ってきたわけだが「道中勝手にヨウが死にますように」という私のささやかなる願いは神には届かなかった。
「ヨウが乗った船が沈みますように。ヨウが島で死んでいますように」
改めて神に、神でも邪神でも貧乏神でもとにかく神と名のつく存在に祈りをささげる。
「……まあどうせ叶わないだろうけど」
私の人生はいつもそうだった。
願いが叶ったことなどない。不運と不幸が日常だったのが私の人生だ。
だからこうして期待したところで無駄に終わるに決まっている。
きっとヨウは無事に島にたどり着いて見事に島の環境に適応するのだろう。
私としては超能力で、ヨウが24時間全く動かず同じ場所にいると分かったらそれを死亡ということにするつもりなのだが多分きっとそれも叶わない。
だって私は運が悪いのだから。
「……はあ。もう船が出る時間だ……」
それを最後のセリフとして、私は港を後にした。
日常との別れは悲しくて、これからのことを思うと不安にしかならないけど、きっと駄目だ。
たとえ今日が人生最悪の一日だろうと、私は明日の自分がさらに不幸になると信じているのだから。
信じる者は救われる。私はこの言葉が大嫌いだ。信じようと信じまいとどうせ神は私を助けてはくれない。
ギルドマスターたちへの遺書を胸に、私はこの日旅だった。
読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
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