4 ネガティブな私を暗殺者から救ったのはイカ臭い樽
私の名前はイン・マイナース。
なんだか名前からして陰気で暗いイメージなのは私の気のせいではなくきっと実際そうなのだろう。
名前だけではなく顔も性格も今後の見通しについても何もかもが暗い。それが私という人間だ。
こんな真っ暗人間に友人らしい友人がいるはずもなく、そもそもまともな人間関係を築けるとも築きたいとも思っていない。一人が一番気楽で安心する。
その点にのみ限っていえば暗殺者という孤独な生業は私に向いているのかもしれない。
この汚れた手では家族や恋人や友人や仲間を作ることは決して許されない。他者との関係はすべて殺るか殺られるか、利用するかされるかの非情なもの。
それが暗殺者という存在に課せられた業なのだから……。
と、思っていたのに。
「お主も暗殺依頼を受けたでござるか。やあやあ拙者たちと同じでござるなあ」
「ふっ。悪魔と呼ばれようと所詮は人間、この俺だけで十分さ。女子供の出番はないよ」
「女子供だからってなめないでくださいー。あたしだって殺るときは殺るんですー」
「我々暗殺者。相手強敵。共協力推奨。……貴方達、我言葉理解可?」
……ここは「最果ての島」へと向かう船の中。一人静かに死地へと運ばれる棺桶かと思いきや、なんともにぎやかで騒々しい。
そもそも島に向かう船が一人用の魔導エンジンボートではなくそのエンジンボートが何十艘も積まれている貨物船の時点でおかしいとは思っていた。
しかし他に島行きの船はなかったし多分これだろう違っていたら嬉しいなと思って乗ってみたら、この様子である。
どうやら私以外にも暗殺依頼を受けた人はたくさんいるようだ。
私が通されたこの船室には私以外にこの4人。つまり私を含めて5人。船室は他に同じ大きさのが10個ぐらいはあったから単純に考えれば50人はこの船に乗っている。多分その全員が暗殺者。少なくとも一般人が「最果ての島」に行くことはあるまい。
……これ私は別に行かなくてもいいんじゃないかな。
ターゲットが何をしでかしたかは知らないがこれだけの暗殺者に狙われるともなれば相当の大物だ。是が非でも殺したいと思われるようなろくでなしだ。
ならばこうして集まった暗殺者たちは頭数だけのぼんくらではなく一流揃いのはずだ。
しかも大物殺しとなれば報酬も名誉も大きいはず。モチベーションも高いだろう。
じゃあ私が何もしなくても彼らがターゲットを我先にと始末してくれるはず。
つまり私は何もしなくても帰れる!
「……そんなわけないよねえ」
そう私の口からうっかり洩れた声に同室の方々は首をひねったが、特に気にするでもなくフレンドリーに何かしら話しかけてくる。
しかし彼らの言葉は私の耳には届かない。
なぜなら、私は今彼らをどうやって殺せばいいか考えるのに必死だからだ。
「すみません。ちょっと船酔いしたみたいで……」
と適当な嘘で船室からさよならして私は甲板へと向かった。
風雨と荒波で水にさらされた甲板には誰もいない。しかし念のために私は置いてあった空樽の一つに身を隠す。どうやらイカを積んでいた樽のようでそれらしき足や墨が少し残っていて非常に生臭い。なぜか娼館での日々がふと思い起こされた。
「いやいや思い出にふけってる場合じゃない。今はこの危険な状況をどうにかしないと」
この船には暗殺者が50人近く乗っている。他の船室すべてが空き室だとしても私と先程の人たちだけで最低でも5人だ。
複数の暗殺者がこれほど集まるとはおかしくはないだろうか。
先程私が考えた仮説も一応の筋は通っている。クソ野郎をぶっ殺すためにたくさんの暗殺者が雇われた。それ自体はまあ自然な話だ。
だがわざわざ一つの船で仲良く向かう必要がどこにある?
敵があまりにも強いから人数をそろえたというのも考えられなくはない。だがそれよりももっと可能性の高い話がある。
それは。
「あの人たちは私を殺すためにここにいるんだ……!」
きっとマスターが送ってきた刺客に違いない。
私が暗殺依頼から逃げようとしたら即座に処分できるようにと事前に用意していたのだ。
そういえば港に来るまでの道中でもときおり何者かの視線を感じた気がする。
「どうしよう。どうしよう……」
依頼から逃げずにきちんと全うすれば済む話ではあるが私はすでに拒否の意を何度か示してしまっている。
道中で何度も「帰りたい」と口にしたりマスターの悪口を呟いたりと叛意とも取れる行動を少なからず行った。もちろんそのような意図はなかったがそれが原因で粛清の対象になったとは十分に考えられる。
そう考えると船室の彼らが自らを暗殺者と明かしたのも「お前の行動は監視していた。次はないからせいぜい気をつけろ」という最終警告に思えてくる。いやマスターが用意した暗殺者がそんな優しさを持っているはずがない。あれはきっと「もうお前の死は確定したからせいぜい足掻いて楽しませろよ」という嗜虐にまみれた挑発なのだ。
ああそうだそうに決まっている。
もう私の処分は決定事項のようだ。
ならばやはり先手を取って彼らを殺すしかない。それだけが私の生きる道だ。
不幸中の幸いにも私は人殺しの経験だけは豊富である。
暗殺という技術と責任が伴う殺しはまだ経験したことはないが普通に殺すだけなら難しい話ではない。
ただの殺人なんて自慰行為のようなものだ。気が向いたときに気軽に気持ちよく、特別な技術も道具もいらない、ただし人目をはばかる必要がある。そんな誰にでもできる簡単なこと。
「……とりあえず積んである魔導エンジンボートを燃やして爆発させてみよう」
それでこの貨物船が沈んでくれれば手っ取り早い。
全部は爆発させずに二つ三つ残しておけば脱出しようとする暗殺者同士で勝手に殺しあってくれるだろう。脱出した人はそのまま最果ての島に向かって島やヨウの様子を確かめる人柱になってくれれば一石二鳥だ。
「まあ私の計画が上手くいくとは思えないけど」
でも他に手はない。
私は周囲の様子を慎重に確認しながら樽から出た。人の気配は無い。
けれども決して油断することなく船倉へと歩を進める。魔導エンジンボートがある船倉に行くには暗殺者たちがいる船室の前を通らなければならない。一瞬のミスが命取りだ。
一つ二つと船室の前を通り過ぎる。
どうにか気づかれることなく通過していっていよいよ残るはあと一室。
その最後の船室は私にあてがわれた部屋だった。
足音に注意してゆっくりと歩く。すると室内からの声が漏れ聞こえてきた。
「船酔いと言っていたが大丈夫でござろうか?」
「ふっ。この俺特性の酔い止め薬ならばそんなものイチコロさ。俺の実家は薬屋なんだ」
「顔色悪かったしー。心配だよねー」
「……我同船酔、吐気苦痛。欲求酔止薬。……貴方達我言葉不理解? 我悲泣」
扉に遮られているのでよくは聞こえないが4人で何か話している。
私の命を奪う算段だろうか。恐ろしい。もしもこの部屋で一夜を過ごそうものなら私は朝日を拝むことはなかったのだろう。咄嗟に船酔いと嘘をついてイカ臭い樽に逃げ込んだのは正解だった。
(殺されてたまるものか)
地獄から脱するために私は船倉へと向かった。
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