17 ネガティブな私と娼館の姉様方との日々は楽しくはあったけど基本的にはトラウマ
私の名前はイン・マイナース。
暗殺者になる前は娼館で小間使いをしていた。しがない男だ。
勤めていたのは10歳前後の頃なので外見的には女の子のように見えなくもなかっただろうが、当然ながら年齢的にも性別的にも娼婦として働けるはずもなかったので毎日毎日炊事やら洗濯やらの雑用の日々だった。
雑用自体はむしろ作業としては好きだったのでその点では問題なかった。しかし毎日のように姉様方にいじめられたのが今でもトラウマになっている。
裸にむかれたり着せ替え人形にされたり。私の男たる部位を弄ばれたこともあった。
今にして思えば姉様方としてはいじめというつもりはなく単にからかったり可愛がったりしていただけだったのだろう。家事から雑学まで色々と教えてくれることも多かったので恨んではいない。むしろ感謝すらしている。ただトラウマはどうしても治らなかった。
で。
「さあ、インさん。子供を作りましょう!」
そんな私の前に今。素っ裸で迫ってくるヨウがいる。柔らかな体を惜しげもなく私に絡ませてくる。
外見だけなら。外見だけなら金髪の似合う可愛らしい少女であるためこの状況はきっと一般的には羨ましいと思われる場面かもしれない。だがトラウマ持ちの私にとっては恐怖でしかない。そもそもトラウマがなくても相手がこのヨウの時点で駄目だ。性交どころか捕食されるイメージすらわいてくる。
「と……とりあえず。とりあえず一度離れてください」
私がそう言うと。思いのほかあっさりとヨウは身を引いた。
しかし私がこのまま逃げようものならすぐに捕らえんとばかりに油断なくこちらを注視している。曲りなりにも年頃の乙女だろうにその肢体を隠そうとは全く思わないらしい。私はその辺は配慮してきちんと股間は布で隠しているというのに。
……まさかこんなところで貞操の危機に陥るとは。姉様方のトラウマがあるものだからターゲットの写真を見て女だと分かったときから少しは危惧していたけれど、いやでも私なんかに迫ってくる婦女子が本当にいるとは思わなかった。
「インさんは嫌なんですか? 子作り」
ヨウが言う。
もちろん嫌だ。
相手がヨウだから嫌だ。トラウマがあるから嫌だ。それにヨウの狂気の家族計画に私が組み込まれるのが心の底から嫌だ。
ただ下手に拒否してヨウの不興を買うのは絶対に避けたい。私がヨウの気にいる「素晴らしい人間」でないと判断されれば何をされるか分かったものではないからだ。
姉様方のトラウマについて話せば理解してもらえるだろうか。いや。その場合は「ヨウさんを気絶させてその間にことを済ませます」なんて言いそうだ。目が覚めたときには一児の父となっていそうでぞっとする。
「い、嫌ではないですけど。その。今すぐはできない理由がありまして」
「理由ですか?」
どうにか誤魔化そうと私は頭をフル回転させる。
今日は体調が優れないとでも言うか? いや問題の先延ばしにしかならない。
自分には生殖能力が無いと言うのは? 童貞ってバラしちゃってるから駄目だ。
いっそのこと自分でナニを切り落とすか? 禁呪でむりやりにでも治されそうだ。
考えろ。考えろ私。
「……実は私。邪神の呪いをかけられていまして」
「え?」
そして私は苦し紛れの嘘をつき始めた。
「その呪いのせいで。性交すると爆発して死んでしまうのです。ついでに相手も爆発して死にます。半径20kmは消し飛びます」
「……そんな呪いがあるのですか? いつ誰からそのような呪いを?」
「ええと。幼いころにどこぞの旅人からかけられたと聞いているので誰からかというのは詳しく分かりません。しかしその呪いのせいで私は疎まれてあちこちに売られたのです。娼館で働くことになったのも、自ら女性同様に過ごすことで間違っても女性に欲情しないようにするという狙いがあったのです」
おお。ちょっと力ずくだが呪いの設定と娼館勤めの過去が噛み合った。ファインプレイ私!
ヨウは納得しているのかしていないのか。じっと私の眼を見つめてくる。
「その呪い、解き方は分からないのですか?」
「残念ながら私には。それに確実に解けたという証拠がないと、いざ性交して爆発なんてなったら困りますしね」
「呪いならその力の主を殺せば、確実に解くことはできますよ」
「あー。いやでも呪いをかけたのはどこの誰か分からないので。ちょっとそれは難しいんじゃないですかねえ」
「いえいえ、そっちではなく。呪いの力の『大本』の方ですよ」
「え?」
「インさん言ったじゃないですか、邪神の呪いだって。じゃあ邪神を殺してしまえば、その呪いも解けますよ」
「まあ。それはそうかもしれませんけど」
とはいえ邪神なんて殺せるはずもないだろう。私は内心でほくそ笑む。
ヨウならそう言いだすと予測していたから邪神の呪いという設定にしたのだ。
いつぞやの邪神復活事件では邪神はすぐ再封印されたという話だが、あくまで封印であって討伐ではなかった。当然だが邪神というだけあって簡単に倒せるような相手ではないということだ。いくらヨウでも邪神相手に勝つことはできないはず。
それに封印を解くのだって簡単な話ではあるまい。何らかの方法で解けるにしても邪神なんてものを封じているのだから生半可な方法では無理なのは分かる。まさかたった数年や数十年程度で破られるような封印ではないだろうから、それだけでもかなりの時間を稼げる。
うん。これならヨウとの子作りは回避できそうだ。
ヨウが邪神に挑んで返り討ちにあってくれれば最高なのだけど。そこまで望んでは贅沢というものだ。今は貞操の危機を乗り切っただけでも十分だ。
「まあ。邪神を倒すなんて無理でしょうし。私としても残念ですがヨウさんのお手伝いをできそうにはありません」
「…………そうですか」
ヨウはいつの間にか項垂れてしまっている。
今が逃げるチャンスだと思って私はそそくさと湯から出て、さっさと服を着てテントに戻るべく歩を進めた。
その際。
湯につかったままのヨウが小さく何事かを呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
「……何日ぐらいかかるかな」
私は何も聞かなかったことにして急いでテントへ帰った。
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