16 ネガティブな私はこれでも普通に異性愛者
ヤバい。逃げたい。
なんで私はこんな危険人物の誘いに乗ってほいほい温泉なんかに来てしまったんだ!
今までヨウからもらった衣食住に関するものに特に危険はなかったから温泉もまあ大丈夫だろうと思ったのに! そんなポジティブな考え方をするからこんな目にあうんだよ私の馬鹿!
……まあ。下手に断ったら何が起こるか分からないので初めから選択肢は一つだったが。
しかし。
まさかこのような事態になるとは思わなかった。
「子供を作りましょう」
なんてヨウは言う。
素っ裸のヨウが素っ裸の私の手をがっしりと握ってそんなことを言いやがるのだ。恐怖以外の何物でもない。というか相手がヨウでなくても普通にこれは怖い。
どうにか時間稼ぎをしてこの場を脱する方法を考えようと思って私がヨウにこの奇行の理由を問うと、ヨウはいつもながら目が全然笑っていない形だけの笑顔を浮かべて語り始めた。
「僕は、素晴らしい人間になりたいんです」
今この状況は素晴らしい人間には程遠いと思う。
「順に話しますね。まず、僕は人よりもはるかに多い魔力を持ってこの世に生まれました。そのせいで幼いころ、禁呪を使って、住んでいた町を滅ぼしてしまったんです」
……微妙に文章繋がってなくない? 魔力が多いことと禁呪を使うことは別問題じゃない?
「その後、孤児となった僕を拾ってくれたのが、『国を守る剣』のギルドマスターでした。彼は僕のことをギルドに迎え入れてくれたばかりではなく、まるで本当の親のように接してくれたのです。他のギルドメンバーは皆、僕の力を恐れてろくに近づきもしなかったのに、ギルドマスターだけは毎日僕を気にかけてくれました」
奇特な人もいるんだな。そのせいで私がこんな目にあっていると思うと恨みたくなる。
「そして僕は思いました。僕もギルドマスターのような素晴らしい人間になりたいな、と。だから僕は頑張りました。毎日毎日毎日毎日、彼のようになるべく彼のことを観察し続けました。彼が喜ぶようなことで僕も喜ぶようにして、彼が悲しむようなことで僕も悲しむようにしました。なかなか難しかったですが、僕はそうして学び努力を重ねました。すべては彼を理解し、彼のようになるために」
こいつ。昔からストーカー気質だったんだなあ……。
「ただ残念ながらギルドマスターはもう高齢です。僕が彼からすべてを学ぶ前に、先に亡くなられてしまうでしょう。それに僕はギルドマスターがギルドマスターになってからの姿しか知りません。彼が昔はどのような人物だったのか、その半生を見ていない、見ることができない」
……まあ。それはそうだろう。そんなことを言っても仕方がないだろうに。
「でも、僕はインさんに出会えました」
「え!?」
なんでここで私の話に!?
「インさんはギルドマスターと同じく、僕にきちんと接してくれました。僕のことを気遣ってくれる素晴らしい人です。だから僕は、同じく素晴らしい人間であるインさんのようにもなりたいのです!」
いやいやいやいや。別に私は接したくて接してるわけじゃないから。自己保身のために嫌々だから。
「あ。え。ああ。なるほど。じゃあ私のことも観察するとかそういう感じなんですか? それでギルドマスターさんからは分からなかった分を補うってことですよね多分。でも、それと子作りとは何の関係が……?」
私とその顔も知らぬギルドマスターさんが素晴らしい人間であるかどうかは置いといて。
まあつまりはその「素晴らしい人間の一生」を知るために、ある年齢ではどのような人柄でどのような行動を取るのかというのを見たいのだろう。話としては分からなくもない。
でも子作りの件は分からない。
「いくらインさんがまだ18歳という若さでも、それでは18歳以前のことはやはり分かりません。僕はきちんと0歳から『素晴らしい人間』を見たいのです」
「……いや0歳時点じゃ素晴らしいも何も」
「はい、だからそこは妥協します。素晴らしい人間であるインさんの子供を、素晴らしい人間であるインさんが育てれば、それは概ね『素晴らしい人間』であると言えると思うんです。そしてその子供がより『素晴らしい人間』に近づくように、妊娠中は僕が禁呪で調整するつもりです。インさん以外の遺伝子、この場合は僕の遺伝子を子供からはなるべく消して、ほぼインさんそのものが産まれるようにします」
そんな頭のおかしいことを、ヨウはとても穏やかな口調で言う。
ヤバい。本当に今すぐにでも逃げ出したい。
しかしヨウは今もなおがっちりと私の手を握っている。
「…………いや。それならほら。私じゃなくても。そのとっても素晴らしいギルドマスターさんのお子さんの方がもっと良いんじゃないですかね?」
「残念ながらギルドマスターに子供はいませんし、先ほど言った通り、もうだいぶ高齢です。今から彼に子供が産まれても、その子を育て上げる前に亡くなってしまうでしょう。でもその点、インさんはまだお若いから安心です」
「あ。じゃあ。ギルドマスターさんの子供を私が育てましょう。それなら問題ないですよね」
「なるほど、それも良いですね。でもサンプルは多い方が確実なので、どちらにせよインさんの子供は欲しいです。僕だって寿命はあるんですから少しでも早い方が良いですし」
「……私まだそういう行為をしたことないので。ちょっと遠慮したいかなって。性病とか怖いですし」
「大丈夫。僕も未経験ですので、性病のリスクはありませんよ」
「……この島で妊娠出産は危険じゃないですかね。暗殺者だって来ますし」
「僕がその気になれば、この島に誰も立ち入らせないようにはできますよ」
逃がさぬとばかりに真っすぐ見つめてくる視線に、私は少しでもどうにかならないかと必死に言い訳を探した。
「……ええと。女の子はもっと自分の体を大事にすべきだと私は思いますよ」
「僕はインさんのような男性にこそ、純潔を捧げたいと思っていますよ」
そう言いながら抱きついて乳房を押しつけてくるヨウに対して、私は興奮するわけもなくただただ恐怖に駆られるのみであった。
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