14 ネガティブな私は羽毛畑で毒をまく
「わはは。どうだ近づけまい!」
私は得意げに笑いながら暗殺者を攻め立てていた。
「くっ!」
私の攻撃を暗殺者は必死の表情で避けている。
まあ。私のこれを攻撃と呼べるかは疑問ではある。しかし効果は抜群のようだ。
率直に言って。
私はただ羽毛を投げつけているだけである。
羽毛畑のいたるところに生えている「鳥」を引っこ抜いて、それを暗殺者へと投げているだけだ。
この鳥。形こそは鳥であるが、いや、形だけが鳥なのだ。
肉も骨も一切ない羽毛の集合体。鳥を模った薄い膜の中にみっしりと羽毛が詰まっているだけなのである。
植物なのか動物なのかすらよく分からない実に珍妙な作物だ。
まあいくら珍妙であっても羽毛は羽毛。
投げつけられたところで痛くもかゆくもない。むしろくすぐったいだけだろう。
にもかかわらず。
私が投げる羽毛を暗殺者はかわし続けている。
「鬱陶しいわねぇ……!」
(ふふふ)
私は内心でほくそ笑む。作戦通りだ。
暗殺者はこの羽毛をとても警戒しているようだ。
まあこの畑の有り様を見てこれがただの羽毛だとはとても思えないだろう。
未知のものを恐れるのは当然だ。
「はっはっは!」
さらに私がそれを嬉々として投げつけてくるのだ。何かあると考えるのは当然のこと。
しかも私は右手では布団用に回収したあの羽毛を持ち続け、左手だけで鳥を引っこ抜きその羽毛を投げつけている。このずっと大切そうに持っている「右手の羽毛」も何か意味がありそうで気になっているはずだ。
もちろん意味はない。
元々両手で持っていたそれを片手で持てるわけもなく既にいくらか落としてしまっているし。細かい羽毛が隙あらば鼻や口に入ってきてむず痒い。さっさと捨ててしまいたいぐらいだ。
そんな無意味な存在を相手は恐れている。未知か既知かでこれほど差があるとは、情報というものの大切さが身に染みて分かる。
付け加えて言うならばこの畑の地形についても既知たる私に利があった。地形と言うほど特別な形をしているわけでもないただの畑だが、どこが畝(作物が植えてある土が盛り上がった部分)でどこが畔(畝と畝の間の凹んでいる部分)であるかを既に知っている私はそれらに躓いたりして足を取られるようなことはない。
逆に暗殺者は追うにしても逃げるにしてもいちいち足元を気にする羽目になっていた。
「はっはっはっはっは!」
私の哄笑が夜に響く。
次から次へと「鳥」が飛ぶ。
暗殺者が避けると鳥は地面にぶつかるが、その衝撃で鳥を鳥たらしめていた膜は割れて一斉に羽毛が舞っていく。大小さまざま色とりどりの羽毛たちが舞い上がって霧のように世界を覆っていく。
そこで。
暗殺者からの言葉があった。そこに逃げ惑う焦りはなく声は冷たい。
「……結局、これは単なるこけおどしみたいね」
「……なんのことですか?」
私はまた一つ鳥を投げつける。だが暗殺者は避けようともせずそれを片手で受け止めた。膜がはじけて羽毛が飛び散るも、暗殺者は顔色一つ変えない。
「やっぱり、ただの羽毛なのね。やけに自信満々に投げてくるから何か狙いでもあるのかと警戒してたけど、単なる時間稼ぎだったのかしら?」
「ふふふ。それはちょっと早とちりですよ。これは普通の羽毛ではありません」
「じゃあなんだと言うの?」
「毒ですよ」
「……」
暗殺者の言葉が止まった。私の言葉の真偽を吟味しているのだろう。
その隙に。私は「毒」を盛っていく。
「この羽毛。非常に高い毒性がありましてね。遅効性ではありますが体内に入ってしまうと高確率で死に至ります。もちろん羽毛なんて食べないでしょうけど、これだけ空気中に舞っていると呼吸と一緒に肺に入るでしょう。羽毛というのは思った以上に細かく小さくなるものですからね。この辺りはもう目に見えない細かな羽毛だらけですよ。どうですか、毒が回って息苦しくなってきたのでは?」
「はん。見え透いた嘘ね。確かにちょっとだけ息苦しいぐらいけど、それは毒うんぬんではなく単にその細かな羽のせいでしょ。暗示でもかけてるつもり? これが毒ならあなただって死んじゃうはずではなくて?」
「いえいえ。私はきちんと解毒薬を持っていますから。ついさっき摂取したばかりです」
その私の言葉に暗殺者はふっと鼻を鳴らした。あたりを舞う羽毛の霧などもう気にしていないように高らかに笑う。
「あはははは! あらそう、ついさっきなの。あたくしがあなたと会ってから今の今まで一度も、あなたが羽毛以外を手にしたのを見てないけど、いつの間にそんなお薬を飲んだのかしら? 既に抗体があるとでも言えば良かったのに、語るに落ちたわね!」
その暗殺者の言葉に今度は私が笑みを返す。
「よく観察しているのですね。さすがは暗殺者。そうです、私はずっとこの羽毛を持っていました。今こうして右手に持っている羽毛を。解毒薬である羽毛をね」
「!?」
暗殺者の顔に動揺が浮かんだ。「毒」という名の私の嘘は順調に回っているようだ。
「毒と薬は表裏一体。毒の羽毛があるなら薬の羽毛もあるのは当然。私はずっとこの羽毛も一緒に吸い込んでいたんですよ」
「そ、そんな都合のいいものがあるわけ……!」
そう否定しつつも暗殺者の言葉は煮え切らない。この羽毛畑という異様な光景が現実として目の前にある状態では、それに毒や薬効があるという異様な話にも現実味を感じてしまうのだろう。
暗殺者がまた羽毛に対して警戒するような視線を向け始めた。
私はさらに現実味を足していく。
「私が何のためにこの羽毛ちゃんを大切に守っていたと思ってるんですか? これがとても貴重な薬だからですよ。はあ、それなのに見てください。こうして毒から身を守るために仕方なく摂取したから、こんなに量が減ってしまいました」
「……!」
暗殺者がついに絶句する。
暗殺者は私の「右手の羽毛」に常に注意を向けていたはずだ。私がなぜか必死になって守ろうとしたのも、鼻や口に吸いこんでいたのも、きちんと見ていただろう。
だからこそ。私の言葉を真実として受け入れることになる。
「……その解毒薬を渡しなさい。そうすれば命だけは助けてあげるわ」
「本当ですか? じゃあこれを……この羽毛を…………どうぞ!」
「!」
私は「右手の羽毛」を左手で掴み、二つに分けた。
そしてその右手にある方を地面へと落とし、左手にある方を大切そうに両手で包んで、暗殺者に背中を向けて逃走した。
暗殺者が一瞬ためらうのが気配で感じられる。ふわふわと宙に舞う「右手の羽毛」を捕まえようとして、それから、それを無視して私のことを追いかけるのが足音から分かった。
計算通りだ。
暗殺者はこれまで私が「右手の羽毛」を吸い込んでいるだけではなく地面に落としてしまっているのも見ていたはず。その事実と今までの私の言動を合わせて考えれば暗殺者の中では「『右手の羽毛』のすべてが薬というわけではない」という答えが導き出されるはずで、それならば今この状況では「逃げたインが左手に持っている方が本物の薬」という結論になるだろう。
もちろんどっちも薬じゃないしそもそもどこにも毒なんてないのだけど。暗殺者は必死になって追ってくる。
私は逃げながら畑の「鳥」たちを蹴散らして羽毛をどんどんまき散らす。もう前もろくに見えないほど羽毛が空に溢れている。
さあ。最後の一押しだ。
あと一滴だけ「毒」を足そう。
私は逃げながらこう叫んだ。
「青き水よ騎士となれ! 水刃!」
「なっ!?」
後ろで暗殺者が怯んだのが分かる。
私が魔術を使ってくるなど思いもしなかったのだろう。
まあ当然私は魔術なんて使えない。いつぞやヨウが唱えた詠唱を真似しただけだ。
だがこの視界の悪い中。予想だにしなかった魔術詠唱が耳に届けば、さぞ焦るに違いない。
そして人間。焦ったときには安直な行動を取りがちなものだ。
たとえば。魔術には魔術で対抗しようとするとか。
「ほ、炎よ火となれ。火矢!」
その詠唱が聞こえた瞬間。私は畔に身を伏せた。
粉塵のように細かな羽毛が宙に満ちている中でそのような炎の魔術を使ったらどうなるか知っているからだ。
そして。
直後。大爆発が起きた。
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