12 ネガティブな私は窮地に悲観してポジティブな僕は好機に期待する
これは本当にまずい。
落ちついて考えれば考えるほどに現状のまずさが理解できてしまう。
「安心しなさい、すぐには殺さないわぁ。ちゃんと『条件』通りにしないといけないしね。そのときは痛くないように殺してあげるから、感謝してねん」
なんて言いながら暗殺者はこちらに歩いてくる。
一歩、また一歩と近づいてくるたびに私も一歩ずつ下がった。
そして下がりながらどうにか会話に努める。
「ヨウをまだ殺せてないのは本当ですか?」
とにかく最初に確認したいのはそれである。
あれが死んでいるのならば何も問題はないのだ。
それなら私はここで必死に命乞いができる。自分はあれを殺すつもりで頑張ったんですよと弁解ができる。あれが死んだ時点で私の任務放棄の咎も消えると主張ができる。
だがヨウがまだ生きているのならそれは駄目だ。
なぜならヨウはこの島に視覚結界と聴覚結界を張っている。
ならば私がここで言うことはヨウにも伝わってしまうだろう。実は殺意を抱いていると知られれば今まで築いてきた信用がすべて水の泡だ。この場をしのいだとしても後でヨウに殺されてしまう。
だから何としてでも死んでいてほしい。が、先ほどの暗殺者の言葉からしてそれは無駄な期待なのだろう。
質問したのも「もしかしたら」という一縷の望みにかけただけだ。
そして暗殺者の返答はやはりというか実に無慈悲なものであった。
「さっき言ったでしょ? 私の後輩が探してるって。見つかったら連絡するように言ってあるんだけど、まだみたいねぇ」
さっさと見つけてぶっ殺してくださいよ! なんなら手伝いますよ!
……とは口が裂けても言えない。
いやまあヨウの結界さえなければ土下座してでも言ったけど。
さて。どうしよう。割と本当にこれは大ピンチだ。
結界があるから命乞いができないうえに、下手に背中を見せて逃げるのもためらわれる状況だ。
というのも。ヨウは私のことを超一流の暗殺者だと思っているみたいなのである。
いつの間にそのような話になったのか私には分からないが、どうやらそうらしい。ヨウがそういう勘違いをしていることがここ数日の会話で明らかになった。
さてその超一流の私が逃げようものなら。ヨウはどう思うだろうか。
それで事態が良い方向に転ぶとはとても思えない。
「……あれ?」
そこで、私はふとあることに気がついた。
ただ残念ながらそれはこの状況を打破する類のものではなく、それどころかさらに絶望を深めることになるものであった。
(そもそも。今ヨウはどこで何をしている?)
ちょうど暗殺者が来たタイミングで私と同じように偶然どこかに行っているのか?
視覚と聴覚を兼ね備えた結界を島中に張っているのに暗殺者が来ていることに気がつかなかったのか?
先日の異国の人のように「暗殺者かどうか」の判断がつかない場合もあるにせよ今回のこれは明らかに暗殺者だ。ログハウスも燃やされているというのにどうして戻ってこない?
「……」
ヨウだって人の形をした生物だ。何らかの事情で気づいていないのかもしれないし戻ってこれないのかもしれない。戻るにしてもある程度は時間がかかるだろうし、もう一人の暗殺者と鉢合わせていればさらに時間もかかるだろう。そういった可能性は十分に考えられる。もう少し待てば助けに来てくれるかもしれない。
だが。そんなポジティブな考え方が正解なはずはない。
私に訪れるのはいつだってネガディブな展開だ。
つまり。ヨウは私を助けに来ない。
かつ。私のことを見ている。
多分間違いないだろう。
これも私のことを知るための一環なのだろうか。あれは私が今この場でどのように行動するのかを観察するつもりなのだ。
「最悪だ」
私は誰にも聞こえないようにぼそりと呟いた。
「今回の暗殺者はインさんも狙ってるみたいだし、絶好の機会だなあ」
僕は、暗殺者さんと対峙するインさんを眺めながらそう独り言ちた。
一昨日、海の上でこの暗殺者さんたちが話しているのを聞いたときから、僕は今日という日を楽しみにしていたんだ。
今まで来た暗殺者さんたちは僕のことを狙っている人だから、インさんに迷惑をかけるわけにはいかなかったけど、今回はなんと僕とインさん両方を狙っているというのだ。なら一人ずつ平等に分け合わないとだよね。
そして今言った通り、これはインさんの実力を見ることができる絶好の機会である。
先日の異国の人の件。
異国の人自体はどうでもいいけど、インさんの脚が再生したことについては無視するわけにはいかない。
あれはどう考えても邪神の力に関するものだ。
僕が使う禁呪も邪神の力を借りたものだけど、それとははるかにレベルが違う。欠損した部位の即時再生など、僕でも到底できはしない。
もしかしたら、この島の環境が影響したのではないかとも考えられる。
この島は邪神の呪いがかかった島だ。だから禁呪の力が増幅されるのではないかと、仮説は立てられる。
が、残念ながらそれは違うようだ。
ついさっき。
僕を追ってきた暗殺者さんの体を使って試してみたけど、どうしても即時再生はできない。
少々歪になろうととにかく再生すればいいやと思って結構雑に試したけど、それでも腕一本どころか指一本生やすことはできなかった。
念のため、脚でも試してみたけどやはり失敗。
最終的にはむりやりにでも渾身の魔力をこめてみたけど、魔力爆発によって体が木っ端微塵になるだけだった。なので辺りには肉片が飛び散ってしまっている。できれば奇麗なままで保存して有効活用したかったんだけど、まあこの人の両腕をもらって義手を作れたんだし、それだけで良しとしよう。
「木っ端微塵といえば……」
僕はまた先日の異国の人を思い出した。
さっきはどうでもいいって言っちゃったけど、そういえばあの人の死体も気になるところだ。あのとき、血だけは大量にまき散らされていたけど、今僕の周りにあるような肉片なんかは一つとして見つからなかった。
よほどの力で爆発させないと、ああはならないだろう。
僕の渾身の魔力爆発でもこうして肉片は残るのだ。となるとあの三流暗殺者の三流爆弾ではとても不可能なはず。ただ僕の魔力爆発以上ともなると、それを発動する者の体の方がその力に耐えられるとは思えない。
やはり、インさんには何か秘密があるようだ。
しかしあの日以降、インさんに色々と質問してはみたけれど、禁呪どころか魔術すら使うことはできないと言われた。
一度闇討ちでもすれば何か分かるかな? とは何度か考えたけど、自分の勝手な都合でそんなことをするのは迷惑だろうと思い自重した。
でも今回は、この暗殺者さんたちの襲撃は僕の都合じゃない。
純然たるインさんの都合だ。
インさんが狙われているのならばインさんが対応する、ごくごく自然なことだ。インさんのお客に僕が勝手に対応するだなんて失礼になるものね。
「インさんがどうやってお客さんをもてなすのか、楽しみだなあ」
僕はわくわくしながら、じっと観察し続けた。
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