11 ネガティブな私を見ている視線はいつの間にやら目の前に
幸か不幸か。
まあ私はこうして生きているのだから結果的には「幸」なのだろうけれど。しかし先日の出来事はどうにも良し悪しを判断しづらい。
先日。一念発起してヨウに手料理を振るまったあの日。
暗殺者に危うく爆殺されかけたあの日だ。もうあれから5日は経った。
結果だけを見るならば。
ヨウが暗殺者をまた撃退し、私は無傷で事を乗り切ったという最高の結果ではあった。
……いやまあ最高の結果はヨウの殺害成功だけどそれは今は置いといて。
とにかく私はまた生き延びることができた。早々に気絶したので事の経緯は不明だが、状況から見てヨウが暗殺者を殺したことは間違いない。私の願望通りの展開だ。本来これは喜ばしい話のはずである。
しかしどうにもあの日以降。ヨウの態度が変わったというかなんというか。
やけにこちらとの会話を図ろうとするのだ。少しでも暇があると積極的に話しかけてくる。
内容としては、島に来る前は何をしていたのかとか、暗殺者になる前はとか、私の過去について聞きたがることが多い。
手料理を振るまったのはヨウと距離を縮めるためだったしその狙いが成功したとは考えられるのだが、どうにも疲れる。
というかあれだ。
どういう形にせよヨウと距離を縮めたは縮めたで気持ち悪いというかぶっちゃけ不快だ。
そういえば娼館の姉様方もちょいちょい愚痴ってたっけ。いい金づるではあるけどあの客はストーカー気質でキモいとかウザいとか。多分それに似た感情だ。
まあ自分の感情を差し置いてでも生存することが第一なのでその程度は我慢している。
なのでヨウから何を訊ねられようとも私は笑いながらきちんと答えていた。
ヨウに死んでほしいと思っていることやそれに関すること以外は概ね真実を伝えている。
たとえばいつぞやは「魔術を使えるか」とか「禁呪を使えるか」とか訊かれたが、もちろん正直にノーと答えた。下手に嘘をついても信用を失うだけで何にもなるまい。
「……」
今日もまた、視線を感じる。
その先日の一件以来毎日だ。
四六時中というほどではないがふとしたときに誰かの視線を感じることが増えた。
誰かというか犯人はヨウであるとは知っている。
ヨウは島に結界というものを張っているらしく、それで島内の音や風景を離れながらにして見聞きできるのだとか。
……本格的にストーカーっぽく思えてきたな。
先日の一件で距離を縮めすぎたのだろうか。会話の際にはこちらからも質問することでヨウの情報を得られるのだから結果的には得をしてはいるのだけど、やっぱりこれを「幸か不幸か」で考えると感情的には後者である気がしてならない。
「……はあ」
今日何度目かも分からないため息が私の口から漏れ出ていく。
視線は今も私を見ている。
「最果ての島」周辺の海域。
島とは付かず離れずの距離に、一艘の魔導エンジンボートがあった。
ボートにあるのは二つの人影。一人は男で、一人は女。
彼らはそれぞれ手に持った双眼鏡で、島にいる者たちの姿をじっと観察していた。
「……銀髪の痩せっぽちは海岸にずっと座り込んでいるわね。一昨日も昨日も、朝から夕方まではほとんどああしているわ」
「金髪のいけ好かねえやつは森の中に入ったまま出てきやせんぜ。あいつも大抵は一日中、森ん中で何かやってるようでさぁ」
二人はともに黒ずくめの衣装をに身にまとっている。
この日中では非常によく目立つが、夜闇が訪れれば一転してその姿を人目に捉えさせないだろう。それに今は日中と言えども周りには誰もおらず、さらに彼らの姿は船に積まれた荷物によって隠されている。
彼らの傍らにあるその荷物というのは、船旅をするにあたって必要な食料や燃料だ。ただその隅にはまた別の物が置いてある。それは、鋭く磨かれながらも黒い塗料で染められたナイフやワイヤーだった。
露骨なまでに、しかしだからこそ恐るべき効果を発揮する迷彩に身を包んだ彼らは、まさしく暗殺者そのものであった。
暗殺者たちは言葉を交わす。
「さて、どうしようかしらね。メインターゲットは男の方なんだけど、女も殺せば追加で報酬がもらえるわ」
「へえ、マジっすか。なら両方ぶっ殺しましょうぜ。一昨日からずっと監視ばっかりでもうウンザリっすわ。夜になったら、殺せる方からさっさと殺しましょうや」
「あたくしだってそうしたいわ。けど、面倒な条件があるのよ。女を殺すとしてもそれは絶対に『男を殺してから』ですって」
「? なんですかい、それ。別にいいじゃねえすか、どっち先に殺そうがバレやしませんよ」
「駄目よ。これでもプロなんだから、依頼者との契約は絶対よ」
「はーん、そんなものっすかねえ。で、先輩、どっちがどっちを殺りやす? こっちも二人、あっちも二人なんだから、ちょうど一人一殺で平等ですぜ!」
「別にどっちでもいいわよ。ま、そうね……、男は男同士、女は女同士にしようかしら」
「合点! ばっちりぶっ殺してみせまさあ! いやあ久々の殺しっす、楽しみだなあ」
「楽しむのはいいけど、仕事ということを忘れるんじゃないわよ。それと、今言ったのはあくまで予定よ。別に男同士女同士にこだわる必要はないわ。でも『条件』だけは絶対に忘れるんじゃないわよ、いい?」
「『女を殺すのは男を殺してから』っしょ? 了解了解。さあ、夜になるのが楽しみっすねえ……」
「インさん、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
挨拶を交わしてヨウはログハウスへと戻っていった。
今日も疲れた……。まあこうして無事に一日を終えられただけでも上出来だ。
さて、私もテントに戻るとしようか。
まあ戻ると言っても私のテントはヨウのログハウスのすぐ隣に建っている。
島に来た初めの頃はヨウに寝込みを襲われることを恐れてもっと離れた位置に建てていたが、考えてみたらあれがその気になればどこで寝ていようと変わらない。ならば野生動物や暗殺者からの襲撃リスクを抑えるためにヨウの近くにいた方が安全だと判断したのだ。
心情的に考えればヨウとは少しでも距離を置きたいが、実利的に考えればヨウの近くは何かと便利である。
テントの中に入って私は改めてそう思った。
例えば今私が使っているこの布団もヨウが用意してくれたものだ。
当初は寝袋を使っていたがどうにも寝心地が悪かった。
そのことを相談したわけでもないのだがいつの間にやらヨウは布団を用意してくれたのだ。
この島で採れる羽毛がたっぷり詰まった非常にふわふわでもこもこな布団である。こればかりは心からヨウに感謝している。あれが死んだら墓参りぐらいはしてあげようと思える程度には。
「でもちょっと潰れてきたかなこの布団」
最近は天気が悪く曇り続きであまり布団を干すことができなかった。そのせいですっかり布団のふわふわもこもこ感が失われてしまっている。
それでも寝袋とは比較にならないほどの寝心地だろうけど、極上のふわふわもこもこに慣れてしまった私にはもう妥協ができない。
というわけで。私は布団の羽毛を詰めなおすことにした。
ヨウの話によるとすぐ近くの森の中に羽毛畑を作っているらしい。羽毛畑ってなんだよとツッコみたいところだがこの島に私の常識を求めるのは間違っているのだろう。たっぷりと採れるからどうぞご自由にお使いくださいとのことなので、遠慮なく頂戴するとしよう。
で。
羽毛畑からたっぷりと羽毛を収穫してテントに戻ってきたら。
テントがめらめらと炎上していた。
ついでに言うと隣にあるヨウのログハウスも景気よく燃えていた。
さらに言うと、見知らぬ人影が炎をバックにしてそこに立っていた。
こちらに気づいた影が言う。
「てっきりあたくしたちに気づいて逃げたのだと思ってたけど、戻ってきたってことはそうじゃなかったのかしら? 運が良いのか悪いのか。ま、探しに行く手間が省けて助かったわあ」
……どうやら暗殺者のようだ。あの船に乗っていた人だろうか? いや「あたくしたち」ということは複数か。あの船に私が残した魔導エンジンボートは3つでこの島に来た暗殺者は2人。そしてあの船にあったボートはすべて一人乗りだった。ならばつまり、あの船とは別に新たに送られてきた暗殺者だろう。
私はとっさにヨウのログハウスへと視線を向けた。
これでヨウが死んでいれば良し。死んでないなら急いで私をヘルプミー!
だがヨウは姿を現さない。これは本当に死んでいるのだろうか?
口に出したわけでもないその疑問には暗殺者が答えを返してくれた。
「あんたのお仲間も家の中にはいなかったから、あたくしの後輩が探しに行ってるわぁ。だから、あなたのお相手はあたくしよん」
そう言って暗殺者はこちらにナイフを向ける。
「……どうしよう」
突然の大ピンチに、私は両手に羽毛を抱えたままそう呟くことしかできなかった。
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