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刹那ファミリー

大幅に遅れて、本当に申し訳ない……(汗)

楽しんでくれれば幸いです。

 ピンポーン。


「はいはーい、ちょっと待ってくださいなー」


 チャイム音が部屋に響き、僕はキッチンに備え付けられた食洗機を稼働させ、リビングを出て玄関に向かった。


 ピンポーンピンポーンピピピピンポーン。


「あーもう、わかったから連打するな!」


 玄関の鍵を回し扉を開けると、まず最初に入ってきたのはものすごい酒の匂い。


「ん……ぁあ……」


 アパートの壁際にもたれかかる一人の女性は、酔いで顔を真っ赤にして、うつろな目でこちらを睨んだ。


「……飲んできたのか?」

「そうろぉ……悪い?」


 ろれつの回らない口調で彼女は答える。


 酒と聞いて真っ先に思い浮かぶのは硝子さんのことだろうが、目の前にいる人物は彼女ではない。

 それに、今は大分マシになったが、あの人は一人で外出したりなんてしない。


 では、この女性は一体誰なのか。


 僕は溜息を一つ吐いてから、彼女の名前を呼んだ。


「お帰り、刹那」

「たたいまぁ……ほら……早くはこびらさいよ……」

「あーはいはい、分かったよ。よっと」


 千鳥足の刹那に肩を貸して、僕は彼女をリビングまで運ぶ。


「たく、鍵持ってるんだから普通に入ってくればいいだろ?」

「鍵出すのがめんどうくさかったからよぉ……水ちょうらいよ……」

「今持ってきてやるから、ソファーで寝てろ。ほら、上着も脱げよ。皺になる」

「んっ……」


 刹那から脱がしたトレンチコートをハンガーにかけ、リビングに置かれたL字のソファーに彼女を寝かせた。

 僕はその足で台所に向かい、コップに水を注いでから、それを持ってソファーの前にあるガラステーブルの上にそっと置いた。

 

 刹那はコップには手を付けず、腕で顔を覆いながら、「うーうー」とうなり声を上げる。

 見て分かるとおり、相当なまでに飲んできたようだ。


 僕も寝転がる刹那の近くに腰を下ろし、倒れ込む彼女を見下ろす。


「えらく箍外して飲んだんだな……何かあったのか?」


 刹那がこのように泥水して帰ってくるときは、総じて何らかの失敗や、急激な不安感に襲われたときだけだ。


 こうやって酒を大量に摂取して眠り、翌朝、何事もなかったかのように気持ちをリセットさせる。

 それがいつものパターン。


 だが、今回に関しては、今まで以上に酔いが酷かった。

 そこまでに不安定になることなどあまり考え付かないが、一体何があったのだろう。


 刹那は相変わらず酔った顔を隠して、はっきりしない口調で、吐露した。


「……ゆかと一緒にのんらのよ」

「……それでか」


 久しぶりに聞くその名前に、僕はどこかやりきれない気持ちに襲われてしまう。


 全て決着が付いたというのに。

 全てはもう終わったというのに。

 僕と刹那はもう……結婚したというのに。


 刹那は急に身体を起こすと、近くにいた僕にもたれかかかってきた。

 その時見えた刹那の顔には……つり上げた目の端々から涙をこぼしていた。

 

「どうして……どうして私なんて選んだのよ……っ! あんたが私なんて助けなければ、こんなことにはならなかったっていうのにっ!!」

「刹那、落ち着けよ……その話はもう散々しただろ」

「どうして! ……どうしてなのよ……っ! ……どうして……っ」


 これまでに散々議論して結果の出た話を持ち出すなんて、潔い刹那らしくもない。

 それほどまでに、今日は悪酔いが酷いのだ。

 でもそれも、仕方のないことだろう。


 結香と、彼女と会ってしまったのなら、刹那は思い出してしまうから。

 大切な親友を裏切ってしまった自分を、どうしても許せないのだから。


「なんで……なんで私なのよ……七芽ぇ……っ」

「……放っておけなかったんだよ。一人になったお前を」


 これで言うのは何度目だろうか。

 確か刹那に告白をしたときも、この話をして、そして言い合いになった。






 僕が刹那を選んだ理由。

 それは彼女が、どこまでも孤独だったからだ。


 いや、そう言ったら語弊がある。

 刹那に関する諸問題に関しては、高校時代にあらかた解決した。


 綺羅星刹那最大の問題でもあった、両親との問題。

 特に仲の悪かった母親である綺羅星星羅さんとも和解することができ、今ではあの綺羅星邸ではなく、アパートを借りて二人で暮らしている。


 今思い出しただけでも、あの時は本当に大変だった……。


 刹那を追って結香と一緒に海外まで行くハメになったし、そのあげく刹那と一緒に夜逃げして駆け落ちまがいのことまでして……うん、あの時の僕は本当にどうかしてた。


 だが、そんな苦労の甲斐あってか、お互いに干渉し合わなかった刹那と星羅さんは少しずつではあるが仲を回復させていき、今までの溝を埋めていく形に収まった。


 そんな刹那にとって大きな転換点となる問題が解決した時、ふと思った。


 刹那にとってはもう、僕なんて必要ないのではないのかと。

 

 だから、軽い世間話のつもりで、それに近しいことを言ってみたのだ。

 そしたら――、


『一人にしないで……』


 咄嗟の事だった。

 そんな弱々しい言葉と共に、刹那は僕の服の端をつまんできた。


 その時は結局、刹那が直ぐに誤魔化して有耶無耶となってしまったためハッキリとはしなかったが、それからだと思う。


 僕が刹那を、本格的に意識し始めたのは。


 結局のところ、僕は刹那を放ってはおけなかったんだ。


 家族との仲も修復した。

 友達だって、親友さえいる。


 それでも僕は、刹那の側にいてやりたいと思った。

 寂しく空いた彼女の隣を、埋めてあげたい――そう思ったんだ。


 だがそれは同時に、裏切りにも直結した。


 その理由は、他でもない結香だ。

 僕が刹那と付き合うことになれば、結果的に、結香を傷つけることになってしまった。


 僕は、好意を寄せてきてくれた女の子を。

 刹那は、固い友情で結ばれた親友を。


 裏切り、そして傷つけた。

 その罪を、僕らは背負った──はずだった。


「だけど刹那、そう言ってやるなよ。そんなこと言ったら、僕らが結婚することを誰よりも喜んでくれた結香が報われないよ」

「うっ……そう……だけど……」


 そう。

 僕と刹那は、結香を裏切った。


 どれだけ恨まれてもおかしくないことをしてしまったのに、そんな僕らの幸せを願ったのは、他でもない彼女だったのだ。



◇◇◇



 あれは刹那との結婚式での出来事だ。


 刹那はスピーチを読み上げていくと、熱を帯び、そして感極まってつい大勢のまで言ってしまったのだ。


 親友である結香から、僕を奪ってしまったことを。

 まるで懺悔するかのように、泣きながら口に出してしまったのだ。


『ごめん……ごめんなさい結香っ……本当は私が……っ! 私が二人を祝うはずだったのに……っ! 貴方の大切な人を奪って……本当にごめんなさい…っ』 


 刹那の告白により、会場の空気は一気に重くなったのが分かった。誰もが口をつぐむ中、一人、マイク越しに笑い声が響いた。


 それは紛れも無い、結香の声だった。


『あははっ! 駄目だよ、刹那ちゃん。せっかくのお祝いの席なのに、そんな暗い話しちゃ』

『でも本当は……貴方がここにいるはずだった……っ! それで私は……そんな幸せそうな貴方たちを見て、おめでとう、て言うはずだった……そうなるはずだったのにっ! なのに私……あなたを裏切った……』

『それは違うよ、刹那ちゃん。私は今、すごく幸せな気持ちだよ?』

『え……?』


 優しく微笑んだ結香に、刹那の顔には驚きと困惑が混じった。


『確かに私は七芽くんが好きだよ。今でも愛してるし、本当なら結婚もしたかったって思ってる』

『そう……よね……』

『でもね、私は七芽くんと同じくらい、刹那ちゃんのことも大好きで大切な存在なんだよ』

「っ!」


 刹那の言葉は響かなかった。

 手で顔を覆って、マイクを取り落としてしまったから。


『私の大好きな友達二人が、大切な親友二人が一緒になって幸せになるなんて……こんな嬉しいこと他にないよ? だから改めて言うね、刹那ちゃん、七芽くん。今日は本当に結婚おめでとう。あなたたち二人が幸福な人生を送れることを心から願ってる。私にとって二人は、何物にも代えがたい大切な人だからっ!』

「ゆ……かっ」

『だから言って、刹那ちゃん。今のあなたが思ってるもう一つの気持ちを、私に教えて』


 結香の言葉の真意を読み取ったのか、刹那は息を飲むと、次の瞬間、マイクもなく叫んだ。


「私は……私は今がものすごく、すっごく幸せよっ!」

『本当に? 彼を手放しちゃったりしない?』

「誰が渡すもんですか! こいつは未来永劫私の物よ! 死んでも離すもんですか! 例え親友のあんたでも、譲る気なんてないっ!!」

『そっか……それならよかった』


 結香はその笑みを深くして、そして糸が切れたかのように、涙を溢れさせた。


『本当に……よかった……刹那ちゃんが幸せになってくれて、孤独にならなくて本当によかった……っ!』

『ゆ……か……っ!』


 どちらが先に動いたのかは分からない。

 二人は近づいていき、泣きながら強く抱きしめ合った。


 結香はこうして僕らが背負ったはずの罪を、何のためらいもなく許し、そして祝福してくれたんだ。



◇◇◇



 だが、そうは言っても、その罪悪感が直ぐに無くなるかと言われればそんなことはない。

 いくら結香が許してくれたからと言っても、心に残った針はそう簡単には外れないものだ。


 特に刹那にとって結香は、それこそ自分を見捨てなかった恩人でもある。

 だからこそ、そう簡単に自分を許せないのだろう。


 結婚してもう一年が経つというのに、今だにこうして刹那は思い出しては僕に泣きついていた。


 それ程までに大切だったんだ。結香のことも。

 ……そして、僕のことも。


「あんたがあの時私を見捨ててくれれば……好きになることもなかったのよ……私と……心が繋がることもなかったのに……ん~っ!」


 刹那は頭を左右に振って、僕の胸に押しつけてきた。


「はいはい、僕が悪い、僕が悪かったよ」

「……本当にそういうところなのよ、ばか……うっ!?」


 刹那は突然口を押さえてから立ち上がり、リビングから飛び出し行った。


 それから少しして、トイレの方向から何か嗚咽する声が聞こえてくる……。

 全く、だから飲みすぎるなっていつも言ってるのに。


 僕もリビングを出てトイレに行くと、扉を閉めるのも忘れて、しゃがんだ刹那がおえおえと言いながら、便器に顔を突っ込んでいた。

 いつぞやの硝子さんを思い出した。


 あの人も元気にしているだろうか。

 たまに結香が硝子さんの家に遊びに行っていき、その時の様子を教えてくれるので、なんとか生きていることは知っているが……また今度顔でも出してみるとするか。


 そんな考えを巡らせつつ、刹那に近寄って背中をさすってやる。


 数十分経ってようやく落ち着いたのか、刹那は口から涎を垂らしつつ、顔を上げた。

 ある程度戻してしまったためか、顔色は青白く染まり、グロッキーな感じになっている。


「本当に大丈夫か? 最近やけに吐き気が多過ぎないか?」

「ここのところ調子が悪いのよ……。さっき結香と飲んでた時だって、好きな物食べても全然美味しく感じないし……体もヤケに怠いし……本当最悪……っ」

「ん? おい、ちょっと待てよ。それってもしかして……」

「なによ……そうまじまじと見て」


 刹那は酔いで頭が回らないのか、その可能性に気がついてないようだ。


 僕は刹那を落ち着かせた後、すぐ近くのコンビニまで走り、ある物を買ってから急いで刹那に渡した。

 その結果、以下のことが判明した。


「私……妊娠したみたい……」



◇◇◇



 翌日、産婦人科で精密検査を受け、妊娠一ヶ月であることが分かった。


 それから刹那のお腹は次第に膨れあがっていき、月日も流れて、とうとう仕事も休み入院するようになった頃、刹那の病室に結香と彼女に付き添われた硝子さんが遊びに来てくれた。


 お見舞いの品として、小ぶりながら立派な果物の入った籠まで持ってきてくれて、とてもありがたかった。

 ちゃんと食べきれるサイズなのが、また助かる。


「おめでとう二人とも! 男の子? それとも女の子かな?」


 食いつくように聞いてきたのは、結香だ。

 刹那は元気そうな結香に笑いかけ、答える。


「今のところ、女の子よ。まだ妊娠十三週目だから、正確ではないけど」

「だ、大丈夫……? 何かしてほしい事とかある……? に、妊娠て色々と大変だって聞くけど……?」

「お見舞いに来てくれただけで充分ですよ、かふぇモカ先生。いえ、硝子さん」

「な、ならいいんだけど……あ、そうだこれ、よかったら読んで。病室にずっといるのも退屈だと思ったから」

「こ、これ! 『篭守さんは吐き出したい』の新刊じゃないですか!? 発売日まだ先のはずですよね!?」

「サンプル品として、送られてきたものを特別に持ってきたの。追加エピソードも入ってるから、読んでみて……!」

「ありがとうございます! あーありがとうございます! ありがとうございます!」


 刹那は荒ぶるようにして、硝子さんを拝み倒していた。

 落ち着け、硝子さんですらドン引きしてるぞ。


「いや、本当に色々とありがとう。二人とも。でもまあ大概のことはこいつがなんとかしてくれるから、大丈夫!」


 そう言って、窓際にいた僕を軽く叩く。

 人を便利な道具扱いするんじゃねぇよ。


「なら私が困ってたら助けてくれないわけ?」

「それは……その時だろうがよ……」

「七芽くんて、本当頼られたら弱いよね」

「良くも悪くもね……」

「「はぁ……」」


 結香と硝子さんは、何かを諦めたよう息を吐き、細目で絡んでくるように僕を見てきた。


 まだ何かを心配してるかのように。


「だ、大丈夫だっての。流石に結婚もして子持ちになるんだから他なんて構ってられないよ」

「本当かなぁ?」

「てか、僕は元から厄介ごとなんてごめんなんだよ。高校生時代の僕の方がどうかしてたんだ」

「でも、七芽くんて意外に子煩悩そうだよね」

「それこそ頼まれたらなんでもやりそうだしね」

「勝手に人の性格予想して遊ぶな」

「あははっ!」


 それから刹那は結香や硝子さんと久々に楽しく話し、面会時間が終わった後、二人に手を振って別れた。


 だが、その表情は先程とは打って変わって暗かった。


 そんな刹那を、僕は横目で見る。


「結局相談しなかったんだな」

「出来なかったのよ……産むのが怖いだなんて、あの二人を見たら言えなくなったのよ……」


 刹那は身体にかかる白い布団を握りしめて、シワを作る。


「あの二人だって、本当はアンタと一緒になりたかったはずよ……。それも、硝子さんならともかく、結香は絶対にアンタとの子供を欲しかった……っ。それなのに、産むのが怖いだなんて悩み、あの子にするなんて残酷すぎるわよ……っ!」


 泣きはしなかったものの、刹那の表情はとても苦しげで、辛そうだった。


 そんな刹那に、僕は手を回して、彼女の頭を胸の中に収める。

 胸の隙間から、刹那のきらりと光る瞳が僕を見た。


「慰めてるつもり……?」

「ストレスは身体に悪いだろが。子供のことも考えてやれよ」

「考えてるわよ……でもやっぱりどうしても不安なのよ……。本当にいい母親になれるかどうか……正しく接する事ができるのか……自信がない……っ」

「そうだな……」


 刹那の育ってきた環境は、あまりにも特殊だ。


 両親は二人とも世界を股にかける有名経営者という特別な家庭に生まれて、周りの固有関係、歩んできた道すら普通の人間とは大きくかけ離れている。


 外れているし、逸脱してる。


 それが原因で、刹那は精神的壁を作り、本来の人格を心の奥底に閉じ込めて、上部だけの反応だけで人と接してきた。

 まるで条件反射するだけの機械のような生き方を、生まれて十六年間も過ごしてきた。


 そんな愛をもらえなかった彼女が、いざ自分が子供を持つ立場になって、急に恐怖を感じた。


 自分は本当に、ちゃんと育てられるのだろうか? 

 自分は本当に、いい母親になれるのだろうか?

 自分は本当に、この子を愛せるのだろうか?


 そんな不安感が刹那を縛り、苦しめた。

 妊娠が分かってからの数週間は特に酷かった。


 ただでさえ妊娠の影響で体調が優れないというのに、そんな悩みも合わさって、あのプロ意識の塊だった刹那が、仕事もままならず早退してくる日も何度かあったくらいだ。


 いっそのこと、おろしてしたほうがいいのかな……。


 そんなことを口走った時は、かなり焦った。

 それほどまでに、刹那は追い詰められていたのだ。


 確かに刹那の悩みも分かる。

 同じ間違いを自分の子供にしてほしくないと考えるのは、当然だと思う。


 でも、それでも……僕は刹那に子供を産んでほしいと思った。


 それが彼女にとって、本当の意味で過去のトラウマを乗り越えるキッカケになると思ったから。


「言っただろ、僕がついてるって。僕が何のためにこれまで仕事をしつつ家事をこなしてきたと思ってるんだよ」

「そうだけど……」


 勿論僕も働いているが、基本的な家の家事などは僕が行なっていた。

 刹那に関しては芸能活動で忙しいだろうし、彼女に比べれば、まだ僕の方が時間的には余裕があったこともある。


 だが最大の理由は、例え子供が出来たとしても、育児もちゃんとこなせるようにするためだ。


「刹那が忙しくても、僕が必ず、その子の側にいる。それに刹那だってずっと帰ってこないわけじゃないだろ?」

「でも仕事で何日も帰れない時だってあるかもしれないのよ!? そんなことが続いてこの子が寂しい思いをしたらと思うと……不安なのよ……っ」

「大丈夫だよ。そうやってちゃんと考えられているのなら何の問題もない。その子は絶対に、人の愛に溢れた子に育つ。約束してもいい」

「……そう、ね。うん、分かった。絶対にそうなるように育てなくちゃいけないものね」


 苦しそうではあったが、刹那の表情は明るくなり、気持ちも前向きなものになったようだった。


 刹那は不安の波と戦いつつ、遂に、その日を迎えた――出産日を。


 分娩室に入った刹那は苦悶した声を上げながら力む。

 僕は頑張る彼女の手を握りながら、ひたすら励ましの言葉をおくることくらいしかできなかった。


 とても長かった。

 永遠にすら感じ時間を過ごして、とうとう僕らはその小さな声を聞くことができたんだ。


 僕と刹那の間に生まれた、小さな小さな命の産声を──。



◇◇◇



「ああ、飲んでる飲んでる! 女の子なんだよね? かわいいなぁ〜♡ 抱っこさせて〜♡」

「飲み終わったらね」


 ベッドの前でしゃがみつつ、結香は我が子に母乳を与える刹那にそうねだる。


 小さな口で刹那の乳を吸う赤ん坊の頬を、結香は指で優しく触っては、「かわわわわ!?」と変な声を上げ、刹那はそれをさぞおかしそうに笑う。


「今度は硝子さんも連れてくるね! あの人もすごく見たがってたから」

「今日はどうしたんだ? また原稿の締め切りかなんかか?」


 そう聞くと、結香はそそくさと僕の耳元に来て、小さな小声で囁いた。

 

「実は……アニメ化の会議が今日から始まるんだって」

「え? それって制作自体が始まったってことか?」

「そうゆうこと、だから今赤ちゃん抱いてる刹那ちゃんの前では言えないよ」


 小声な理由が分かった。

 下手したらパニクり兼ねないしな。


「英断だ。我が子の命を守ってくれてありがとう」

「大切な二人の子だもん! もちろんだよ!」

「ちょっと、二人して何こそこそと話してるのよ?」

「大丈夫だって、刹那ちゃんにもちゃんと後で教えてあげるからさ!」


 結香は振り向いてそう笑いかけると、再び刹那の腕の中にいる赤ん坊に顔を近づけた。

 我が子は結香の指を、ぷにぷにとしたその手で掴んだ。


「それでぇ? あなたのお名前は一体なんていうんでちゅか〜?」


 そう聞き、刹那と僕を見た。

 答えを楽しみにして、待ち望んでいる。


 僕は刹那にアイコンタクトを飛ばす。

 言うのなら、彼女の口から発表するほうがいいだろう。


 刹那は僕の意図を読み取って、結香を向いて顔を和らげた。


「この子の名前はね──!」


 刹那は愛する我が子を抱きしめつつ、眩しい笑顔でその子の名を呼んだ。

質問はまだまだ受けつていますので、皆さんのご応募お待ちしております!

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