両親の裁判
かの「王様」や「姫冠」といった極めつけのキラキラネームを子どもにつけた親は、育児を放棄した挙句に利根川を渡る橋の上で自動車の事故を起こして逮捕された。そして、父は茨城県の、母は千葉県の留置所に収監された。彼らは全ての容疑を否認した上に留置所の職員に暴行を加えて全治三日の怪我をさせたとして再逮捕までされた。
捜査が進むと、家から姫冠を全裸にして胸や股間を触ったりする映像、強制的に性交渉をさせる映像に加えて拳銃までもが発見された。それで子どもを力で抑えつけたのか、という具合に新聞社は邪智暴虐を取り除かねばならぬ、と報じ、週刊誌もこぞって時間をかけ、幾度も報道した。
これらの一連の事件の裁判で、裁判官と裁判員は育児放棄や児童虐待、児ポ法違反の件、交通事故の件、暴行事件、銃刀法違反の件全てを別件とする取り扱いをして、懲役三十年の実刑判決を言い渡した。裁判員は無期懲役でだいたい一致していたというが、その中に法学部を卒業したサラリーマンがいて、そうすることができず、懲役三十年ない旨を伝えたという。
この判決が確定し、両親の王様や姫冠に対する親権は失われた。そして姫冠は富山県内の家庭で育てられ、特別養子縁組を組むことになった。
この裁判で姫冠は通っていた小学校の担任と校長同伴で証言台に立って、両親を糾弾した。両親がフルボッコにしようとするも、周りの裁判員が取り押さえたことも国営放送で報道された。
裁判所を出ると、姫冠は「***→富山、経由、常磐、上越新幹線、越後湯沢、上越、六日町、ほくほく線、犀潟、信越、直江津、北陸」と書いたきっぷ(***はぼかしを入れられた箇所)」を持ち、駅に向かって先生たち三人でタクシーに乗って去っていった。このときにメディア関係者が詰めかけ、やや強引に裁判のことを聞き出した。このときばかりは校長がメディア関係者を追っ払い、姫冠の顔を隠した。(裁判中も、プライバシーを守るために顔をお面で隠して証言台に立たせていた。)




